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7-2

「ありがとう、シシュ。おまえのおかげで呪いは消えた」


 私は数秒何を言われたのかわからなくて、ようやく意味を理解したときには頬がブワッと赤くなり熱を帯びた。


「な、なななななにを!」

「おまえがいなかったら呪いをどうにかすることはできなかった。そしておまえに理不尽な疑いを掛けてしまったこと、本当に申し訳ない。獣人を代表して感謝と、謝罪を伝えたい」


 ラスカの頭が下がる。

 私は少し迷ってから、その頭に生える獣耳に触れた。


「これで勘弁してやります」


 少しだけ強く引っ張って、パッと手を離す。

 ラスカはその耳をぴこぴこと揺らし、次いで破顔した。


「寛大だな、魔女殿」

「あなたも。獣人さん」


▼ ▼ ▼


 集落へ戻ると、トールが一人で私たちを待っていた。

 勢いよく顔を上げると、くしゃくしゃに表情を歪ませて、その場に膝から崩れ落ちる。


「ずっとここで待ってたのか?」

「はー……よかったです。お二人とも無事でよかった」


 当たり前のように私まで含まれていて、そして安堵までされてしまっては少々気恥ずかしい。


「それで……」

「ああ。まあ話は落ち着いてからにしよう。リーリーの様子を確認したい」


 リーリーの身体は魔法で時間の流れから隔離している。私とラスカが解決に走っている間に呪いが進行してしまわないようにした処置だが、呪いが消え去ったいま、解除してリーリーの状態が回復しているか確認しないと。

 トールは私たちを連れてラスカの家まで戻る。

 リーリーはベッドに寝ていて、すぐ隣でエンフィが青白い顔で見守っていた。

 部屋に入ってきた私と視線が合って、私が頷くと安心したように肩の力を抜く。


「おかえりなさい、ラスカ様、シシュ様」

「……はい」


 私は眠っているリーリーの手を取って、掛けた魔法を解除する。

 呪いの力はもう感じない。もう、大丈夫なはずだ。

 それなのに私は胸の不穏が収まらなくて、縋るようにリーリーの手を握る。

 目を覚まさない限りは完全には安心できない。


「リーリー……」


 リーリーの耳が一瞬動いて、閉じられている瞼がふるりと震える。

 ゆっくりと瞼が押し上げられて、宙をボーっと眺めたあと、その瞳は私の姿を映した。


「シシュさま……?」


 私はたまらなくなって、リーリーの身体に抱きつく。

 心音は正常。身体も温かい。死の気配はリーリーからとっくに消え去っている。


「ふ、へへ。シシュ様、くすぐったい」

「……ごめんなさい、ごめんなさいリーリー」

「どうしてシシュ様が謝るの?」


 私はリーリーに何も影響が残っていないかよく確認して、もう本当に大丈夫であるとわかるとようやく心から安心できた。

 ラスカはリーリーの頭を撫でて「よく頑張ったな」と声を掛け、もうしばらく休んでいるよう告げる。

 私たちはリーリーの部屋を出て、四人でこれからのことを話すことになった。


 五百年前に起きたことを伝えると、トールはボロボロと涙を流して、エンフィは瞼をそっと伏せた。

 えぐえぐと泣き続けているトールは何か私に伝えたいのか、口を開いては閉じてを繰り返し、意味のなさない言葉を発する。


「落ち着いてから喋ろ、おまえは……」


 ラスカが呆れてトールに言うと、トールは何度か深呼吸をする。


「……っ、ふう……。シシュ様!」

「は、はい」

「ありがとうございます!」

「え……」

「リーリーを救ってくださってありがとうございます!」

「私からも感謝を、シシュ様」

「エンフィ……」

「そして謝罪も」


 エンフィは跪くと、頭をぐっと下げた。

 私が戸惑っていると、エンフィが口を開く。


「私はあなたを殺そうとしました」


 リーリーが倒れたときのことだ。しかしあれは仕方なかったことだと私は思っている。

 しかしエンフィは首を振って、違うのだと続ける。


「ラスカ様があなたに信を置くのならば、私の役目は真逆のことです。何かあったときに、私だけは躊躇いなくあなたを排除できるよう常に狙っておりました。笑顔を装いながら、私はあなたの首に爪と牙を添えていたのです」

「……」

「ラスカ様の制止が遅ければ、私はあなたの首を掻き切っていたことでしょう。そしてそれは、私たち獣人が呪いから解放される唯一の術を失うことでもあった。私がしようとしていたことは取り返しのつかないことでした。シシュ様、どうか私の首一つで、許していただけないでしょうか」


 どうしよう。思ったよりも重い話をされている。

 エンフィは冗談で言っているわけじゃない。それはわかっている。でも私からすると、ここまで思い詰められるほうが負担というか困るというか……。

 まず、私はあのときのエンフィの行動は当たり前であったと思っているし、私に対して本心を隠して近づくのも当然のことであったと思っている。だって災厄の魔女として伝わってきていたわけであるし、私自身も好意的に見てもらえる言動をしていたわけじゃない。

 だからひとまず顔を上げてほしいし、立ち上がってほしいし、首一つとかどうとか怖いことを言わないでほしい。


「あー、エンフィ。とりあえずおまえも落ち着け」


 私の困惑を感じ取って、ラスカが助け舟を出してくれた。


「おまえの首を貰ったってシシュは喜ばないだろ」

「もっと他に言い方あったでしょう!?」


 駄目だ。こいつに任せるのもよくない気がする。


「ええっと、ラスカの言い方は乱暴なので聞き流しておいてほしいのですが……。でも、私はあなたの命を欲しいなんて思わないですし、何か償いをしてほしいとも思っていません」

「ですが……」

「私という異分子に対して、エンフィあなたが選んだ行動は最適であったと私は思います。だから悔いないでください。それがあなたの役目であったのなら、役目を全うしようとしたことは褒められるべきです」


 それに、信頼を築き合おうとしていなかったのは私のほうなのだから。


「だからエンフィ、立ってください。何か私に罰してほしいと求めるのなら、私はあなたに立つことを望みます。顔を上げて、立ってください」

「シシュ様」

「それで終わりです。ね?」

「はい」


 エンフィは立ち上がって、強張っていた表情を柔らかくさせた。

 首を差し出されるよりもこっちのほうがずっといい。


「これからは偽りなく、あなた様の命を守らせていただきます」

「ありがとうございます。エンフィ」


 それを見ていたトールの涙腺がまた緩み、ブワッと涙を流した。


「うぅ……! 僕は愚かにもシシュ様を恐れてしまって……!」

「まだ泣くのか……」

「そのことで、私からトールに言いたいことがあります」

「はいっ! 何でも言ってください!」

「あの……。ラスカが私の封印を解除したとき、私はあなたを魔法で傷つけようとしました。死んでしまっていたかもしれません。本当にごめんなさい。だからあなたが私のことを恐れるのは当然でしたし、あなたが悔いることではありません」

「シシュ様……!」

「あなたこそ、私に何か求めることがあるのなら遠慮なく言ってほしいです」

「そんな……! だって五百年前のことを思えばシシュ様の行動こそ当然でした! 謝らないでください!」

「でも……」


 ラスカがトールの背を強く叩く。

 トールは咳きこんで、ラスカを強く睨んだ。


「何するんですかあ」

「誰が悪いとか悪くないとか、言い出したらキリがない。俺たちがシシュを、災厄の魔女のことを鵜呑みにしていたのは事実だが、シシュだって自分じゃないってことを黙っていたままだった。それは互いに話し合いと理解が足りなかったせいだ。だから、この話はもうこれで終わり! 謝罪し合って、受け入れて、じゃあ次は何だ?」


 ラスカは口角をグッと上げて、腰に手を当てる。


「未来の話をしよう」

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