7-1 これから先も災厄の魔女
ナタリアの呪いを父の骨ごとぶち壊すため、私は魔力の塊を練る。
「合図したら引いてください」
「わかった!」
飛び出したラスカに向かって、黒い刃が放たれる。それを軽く一閃し、ラスカは速度を増す。
黒い霧は鋭利なカマを数十と生みだし、次々にラスカへと放った。ラスカの剣と霧のカマが激突し、火花が散る。
「この剣で核を斬ったらどうなる!」
ラスカの声が飛んでくる。
彼の剣は魔法を斬れる。滲む優しさに、私はこんなときだというのに笑ってしまいそうになった。
「お父さんの骨に辿り着く前に、その霧で串刺しにされますよ」
「もしも」
「万が一にも無理でしょう。試すには少々リスクが大きすぎます」
たしかに気持ちはひどく重い。それでもこれは私がやらなければいけないことだ。
神経を研ぎ澄ませて練った魔力の塊は、一見すると小さな赤い球体に見えるが、私の渾身の力を注ぎ込んだ魔力塊だ。凄まじいエネルギーを内包している。
しかしまだ足りない。
失敗したら次を作ることは難しい。これで決めないといけない。
もっと、力を込めないと。
「あと少し、お願いします!」
「おう!」
私の魔力の高まりを感知したのか、黒い霧は攻撃対象を私へと切り替えたようだ。
黒いカマが凄まじい勢いで迫る。
「おおっと!」
しかし私が慌てる必要はなかった。私の命を狙う攻撃よりも早く、ラスカが立ち塞がったからだ。
「見境なしか」
「これにナタリアの意思は存在していませんから」
「……術者が死んでも魔法だけが生き延びているってのは、よくわからん仕組みだな」
「そうですか? 結界水晶と同じですよ。魔力の供給があれば常時発動するように術式をシステム化するんです。単純な命令であればあるほど簡単に作れます。まあ、これだけの年月も続くかというと、そこはナタリアが天才だったからとしか言えませんが……」
私には無理だ。五百年も長く続く呪いの魔法を、自身の死後も発動するようにシステム化するのは。
ナタリアは天才だった。たった一人で獣人を滅ぼしに来たのだから、肝も据わっている。
「でも壊せないわけじゃありませんから」
「頼もしいな」
「ナタリアのように何でも魔法でこなせたわけじゃありませんでしたが、攻撃魔法だけは……」
力任せに放つことだけは、呆れられながらも褒め言葉を貰っていた。
「勢い任せのゴリ押しは、私の得意とするところですから!」
「あれはまあ、確かにな……」
初対面時で私に吹き飛ばされたことを思い出してか、ラスカの剣の振りがやや重く見える。
「期待している、シシュ」
「ええ。お任せを」
私の魔力を詰め込んだ赤い球体はいまにもはち切れんばかりに肥え太った。
完成だ。ラスカに合図を出す。
「ラスカ!」
「わかった!」
黒い霧の猛追を受けていたラスカは剣でそれらを弾くと、すぐさま私のほうへと駆ける。
そして私は大量の魔力を圧縮して固めた赤い球体を、ラスカと入れ違うように黒い霧へと投げた。
ラスカが私を抱え、洞穴の入り口へと走る。
「もう終わって。ナタリア」
私の放った魔力塊を黒い霧は霧散させようとするが、術式も何もないただの魔力の塊だ。それもかなり無理矢理に圧縮して濃密な。
それを解体なんてできようはずもなく、赤い球体は私の放った通りに父ドレンの遺骨へと向かう。
赤い球体は黒い霧の妨害を押し退けて、呪いの核へと触れた。
濃密な魔力の塊によるエネルギーの奔流を受けて、ドレンの遺骨は圧され、崩壊し、消滅した。
目の渇きを感じながらも、私はそれを見届けた。
「出るぞ」
「……ええ」
赤い球体が解放したエネルギーは遺骨を消滅させるだけに終わらず、洞穴全体へと破壊の衝撃をもたらす。
獣人を呪う術式の核となっていた遺骨が消滅したことで、呪いであった黒い霧も消滅していた。洞穴は、そこで起きた全てを覆い隠すように崩落していく。
涙はもう出なかった。
「……薄情でしょうか」
「……いいや。まだ心が追いついていないだけだ」
私を下ろしたラスカが、目の下を乱暴に拭う。
「痛いです」
「ああ」
「……痛い、ですよ」
色んなことが頭を巡っている。
ナタリアの言う通りに人間の国へと行っていたなら、ドレンや獣人たちが呪い殺されることはなかったのかな、とか。
魔法を使える私が獣人の側にいたせいで、獣人の脅威性を人間たちに誤解させてしまったのかも、とか。
それとも、私がもっと魔法をうまく使えていたら、ナタリアの精神支配にだってすぐに気づけて、獣人たちを守ることができていたのに、とか。
どうしようもない五百年前のことを、どうにかできなかったのかなと意味もないことをつらつらと考えては、でも結局はこんな現実しか待ち受けていないじゃないかって自分を怒鳴りたくなる。
たらればをいくら考えたって、私の命を守るためにドレンとナタリアがやったことは変わらなくて、それでもたらされた災禍はこれまで呪いで死んできた獣人の数が証明している。
「どうしてって思っていたことを知れたのに、知りたくなかったって思うんです、いま。頭を掻き毟って叫び出したい。おかしくなってしまいたい。お父さんに恨まれてたんじゃなかったって心底嬉しいのに、でも私のせいでお父さんは獣人すべてを切り捨てる決断をしてしまったんです!」
「……」
「それが……っ! すごく、すごく! 苦しい!!」
「自分の種族を切り捨ててまで、おまえのことを愛していたんだろう」
「わかってます、そんなこと!」
「俺は娘がいないからわからないが、安易に考えて出した結論じゃないはずだ」
「でも私は!」
「そこまでしてもらえるような存在じゃないと言いたいんなら、胸を張ってそう主張できるよう生きてみろ」
ラスカは私の頬に手を添えて、顔を上げさせる。
「手始めにそうだな……。おまえの父の判断は決して間違っていなかったと俺に思わせてみろ。俺の次はトールかエンフィか……」
「……え、あの」
「どうした変な顔をして」
「私、この先も生きていていいんですか」
「なにバカなことを」
「だって、私が呪っていたわけじゃないにしろ、元々は私のせいで獣人は呪われるようになったわけですし」
「だからおまえを殺すとでも? あのな、あれを見せられてシシュにすべての責があると思うわけないだろ。それに、人間たちが獣人を脅威と思い刺客を送ってきたのはシシュがいようがいまいが、きっといつかは起きていたことだ。戦争で一人残らず殺されるよりは、言いたくないがまだマシな状況だな」
「でも」
「だってだの、でもだの、うるさい。俺はそう考えて判断した。それがすべてだ」
「そんなの、他の獣人たちが納得するわけない!」
大切な人たちを呪いで理不尽に奪われ続けて、原因がやはり私にあったと知られたらその怒りや恨みを簡単に飲み込めるわけがない。
ラスカは大きく息を吐いて、私の額を弾く。
「いたっ!」
「トールとエンフィにはすべて話すが、他の者には真実は語らない。リーリーもだ」
「な、なぜ……」
「おまえがさっき言った通りだ。悪意を抱く者がいないとは限らない。それは余計な混乱を招く、だから真実は伝えない。真実そのままじゃなくて、変えて伝えるつもりだ。たとえば、呪いは魔物の仕業であったとか」
「魔物?」
「ああ。聖なる乙女の仕業だったなんてことも隠すしかないからな。人間に恨みが向くようなことも避けなきゃいけない。大事なのは無用な争いを避けることだ。かといってシシュの疑いをそのまま残しておくわけにいかないだろ。それなら無理にでも納得させるようなストーリーを作っておかないとな」
そしてラスカは気の抜けた笑顔を見せながら、私の頭を撫でた。
「ああそうだ、先に言っておくべきだった」




