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それからも私は皆に避けられ続けた。
ドレンは毎日の食事を用意してくれていたが、口数はどんどん減っていき、私のほうがそれに耐えられなくて一緒にいる時間はめっきり減ってしまった。挨拶だけは続けていたが、声が届いているのかいないのか、返ってくることは稀だ。
「私が魔法でもっと活躍したら、きっと見直してくれるかもしれないです」
食料調達のための魔物狩りや、魔法薬の素材となる薬草類の栽培。魔法薬の調合だって何でもやった。
繊細な魔力操作だってできるようになっていったし、自分が思った通りに魔法を操れるようにもなった。
何でも力任せで大雑把だった魔法は洗練され、誰かを傷つけるようなことだってなかった。
「……でも、まだ足りないのかも」
だからもっと頑張った。
怖かったけれど自分の腕を少し切って、回復魔法の練習をした。手早く、痛みを和らげ、皮膚を繋ぎ合わせる。何度も自分を練習台にして、繰り返し何度も励んだ。
そうしていくうちに魔法の腕前はさらに伸びて、ナタリアに追いつくのも可能なんじゃないかって自信にもなった。
これならきっと皆も私を見直してくれる。そう思って、大型の魔物狩りを終えて街に帰ってきたドレンにさっそく成長を見せたくて、私は街の入り口まで駆けた。
ちょうど皆が帰還したところで、それぞれが少しずつ怪我を負っている。
ドレンも額を魔物の爪で切ったようで、巻きつけた布が赤く滲んでいた。
ナタリアはまだいない。私はチャンスだと思って、自然と足取りが軽くなった。
「おかえりなさい! お父さん、傷は私が治しま——」
バチン! と、電流が走ったかのような衝撃だった。
ドレンへ伸ばした手が、あらぬ方向へ弾かれている。目の前ではドレンが呆気にとられたような顔をしていて、ああこれは父にとっても予想外のことだったんだなと心の隅っこで、現実逃避のように考えている自分がいた。
ドレンの爪が当たったのか、少し皮膚が裂けている。それほど痛いと思わなかったのに、自覚するとじくじくと主張し始めて、なんだか鬱陶しかった。これくらいの傷なら回復魔法の練習でいくらだってしてきたのに。
場がシンッと静かなのも気まずかった。誰もが私の動向を気にしているようで、もっと各々好きに話し続けていてほしいのに。
「傷を——傷を、治そうと思ったんです」
自分でも驚くほど小さな声だった。普通に喋ったつもりだったのに。
私は息苦しくなってきて、胸や肺の辺りの服をぐしゃりと握って、視線をずっと下に向ける。
「回復魔法、とっても上達したので。お父さん、皆も……怪我してるみたいだったから」
「……っ、シシュ」
「でも! でも、きっとまだ足りないんだと思います。もっともっと頑張ります」
「違う、すまないシシュ。俺は」
「お父さんたちの邪魔しません」
ドレンの顔を見たくなくて……見られなくて、私は走った。走って走って、まずは家に帰り着いた。でもドレンが帰ってきたら鉢合わせるかと思って、いまそれはちょっと避けたくて、でも街中に隠れられるような場所なんてない。
結局また行く先は花畑で、私はそこで声を殺して泣いた。
暫く泣いて涙が枯れた頃、いつの間にかナタリアが隣に座っていた。
「泣くときはいつもここって決まってるの?」
「……いえ、そんなことないです。いまは家に帰りたくないだけ」
「意地悪な言い方しちゃったわね。ごめんなさい」
ナタリアは魔法で蝶の形をした水を生み出すと、周囲にそれをフワフワと飛ばした。
私はそれを慰めに見ながら、ぽつりと呟く。
「私も獣人だったらよかったのに」
それならこうして傷つくことはなかったはずだ。
父と何もかも違ういまじゃなくて、同じだったら仲間としてきちんと受け入れてもらえていたのに。
「あいにくと、獣人になれる魔法はないわね」
「言ってみただけです」
「でも冗談でも言ってみたいほど、あなたは縋ってしまいたくなったんでしょ」
「……」
「ほら、手を見せて。治してあげる」
もう血は固まって、カピカピに皮膚に貼りついていた。ナタリアは魔法の水でそれを流して、回復魔法を掛ける。
穏やかな光に包まれると、患部は痕を残さずに治っていた。
「ありがとうございます、ナタリア」
「答えは出た?」
「……」
心はかなり傾いている。
でもそれは逃げているようでもあって、私はなかなか頷けずにいた。
ナタリアのため息が聞こえる。
「強情ねえ……」
「強情ですか」
「ええ。いい機会だと思って、親離れしてもいいんじゃないかしら。あなたが獣人に拾われて命を繋いだにしても、もう十分に恩は返しているでしょう?」
「そんなことありません。私の魔法は微々たるもので、知識だって……ナタリアが教えてくれなければ、魔法薬だって満足に作れなかったです」
「すでに彼らはある程度の生活水準を維持しているし、贅沢を望まなければ現状のままでも暮らしていけるでしょう。これ以上の魔法の支援は不要だわ。魔法はあるだけで抑止になるんだから、それは人間のための力であるべきよ」
「抑止……?」
「人間は獣人に勝てない。どれほど鍛えようと、獣人の戦士の前には赤子と変わらない。でも魔法なら獣人と対等、いえそれ以上の力を持っている。だから人間は、この先もっとたくさんの地域で魔法を身近なものとしていくでしょう。獣人も魔物も、脅威ではなくなっていくんだから」
「獣人は人間の脅威ではありません! ただこの土地で健やかに生きていきたいだけですから」
ナタリアの言っていることは理解できそうで、しかし難しかった。
ドレンたちは人間を脅かそうとなんて思っていない。最初から脅威なんてものじゃないんだ。
「客観的に見て、人間はそう思っていないのよ」
「え……」
「獣人は力が強くて、牙も爪もあって恐ろしい。いきなり襲われたって人間は抵抗できないまま殺されてしまう。そういう印象が強く根付いてしまっている。いくらいまを生きている獣人たちが、自分たちは無害だと叫んでも意味ないの。私たち人間にとって大事なのは個人の主張ではなく、過去に起こったことの確かな記録。そこにはハッキリ書かれているわ、獣人と人間との間にある血塗れの歴史をね」
「……で、でも、お父さんたちが人間を傷つけたことはないです。それだって、確かな記録のはずです」
「そうね。それでも、人間全員がそれを馬鹿正直に信じられるわけじゃない。だから、王都に獣人は住めないし、扉が開かれることもない」
獣人の街を訪れるのは、そこに商売の利を見た一部の商人たちだけ。それも、何か危険な目に遭ったとしてもすべては自己責任として行動するよう国から突きつけられているらしい。
「あなたが接する人間は極めて一部なのだと思いなさいね。ほとんどの人間は獣人を恐ろしく思っている」
「……一緒に住んでみたら、そんなこと絶対に思わないのに」
「それは酷な要求ね。あなたは、絶対に襲われないからと言われて魔物と一緒に寝泊まりできる?」
暗に、人間から見た獣人とは魔物と大差ないのだと言われ、しかし言い返せずに俯いた。
魔物と暮らすなんてできるはずがない。うっかり寝ようものなら翌朝を迎える前に、魔物の胃の中で消化されていることだろう。
「それでも人間が、恐ろしいから獣人を根絶やしにしろなんて言わないのは魔法があるから。自分たちには対抗手段があるという安心感が、心に余裕を持たせてくれる。わかる?」
「はい……」
悔しいが、納得してしまった。
ナタリアの言うように、魔法がなかったら私は獣人の中でどう育ってきただろう。身体能力の差に、何も思わずにいられた?
魔法があるからこそ私は恩を返そうと前向きに生きてきている。それがなかったら、私は何も返せるものがないと落ちこんだ日々だけを送っていたんじゃないか?
そうならないで済んだのが、魔法という存在のおかげ。心に圧迫感を与えずに済んでいたこれが、魔法がもたらす心の余裕というもの。
多くの人間がそれを求めている。獣人は怖いものだから。




