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6-1 災厄の魔女と父の愛

 気づいたきっかけは何だったか。

 目を逸らされるようになった。近寄ると、そそくさと立ち去られるようになった。


「最初は——そう、人間たちでした。街を訪れる人たちは仕事で来る人たちがほとんどで、顔触れもあまり変わらなかったので知り合い程度にはなっていたんですが、徐々に……避けられていると、感じました。会話ができても早く切り上げたいような様子で、笑い声とかもあまり聞かなくなっていって……。私が何かしてしまったのかと思ったんですが、心当たりがなくて……」


 それは人間だけに留まらず、次第に獣人たちも私を避けていくようになった。


▼ ▼ ▼


 泣いている私の背を、ナタリアが優しく撫でる。

 街の隅にある花畑だった。いまの季節は花が散った後で、訪れる者はほとんどいない。一人になるにはちょうどよくて、私は皆からの冷たい視線から逃げるようにここまで走ってきた。


「そんなに目を擦ると痛めてしまうわ」

「……どうしてここにいるってバレたんですか?」

「あら。魔力感知を忘れたの?」

「わからないように妨害魔法使ってたはずなのに……」

「私はあなたの先生よ。まだまだね」

「うぅ……っ」


 力量差に、今度は悔しいと涙が出てくる。

 ナタリアは黙って隣に座って、私の背を撫で続けた。

 落ち着いた頃にまた、涼やかな声が鳴る。


「こんなに真っ赤にして、可愛い顔が台無しだわ」

「ナタリア、私また何か余計なことをしたんでしょうか」

「どうして?」

「皆、私を避けるんです。最初は気のせいかなって思ったんです。でも、おかしいです。ずっと、ずっとそうなんだもん。だから私、また魔法で余計なことをしちゃったのかと思って……。私が気づいてないだけで、皆に嫌な思いさせちゃったのかなって」


 でも、たくさんどれだけ考えたって答えは出なかった。

 だから挽回しようと思って、皆に何か手伝えることはないかと声を掛けて回ってみたけれど、結果はこの通り。


「わかんない、わかんないです……。どうして皆、私を嫌うんだろう……」

「嫌いってハッキリ言われたの?」

「……ううん。でも、聞けないです。面と向かってそんなこと言われたら怖い……」


 近頃は、ドレンも何だか様子がおかしい。

 街の皆ほどじゃないにしろ、私との時間が減っている。顔を背けられているような気がする。

 同じ家に住んでいるのに、真正面から顔を見ることが減った。以前は、寝る前に少し会話があって……どれだけ忙しくても、私の話を聞きたがったから。

 それなのに最近は、夕食が終わるとすぐ自室に入って行く。調子が悪いのか声を掛けても曖昧な返事があるだけ。


「お父さん、私のこと嫌になっちゃったのかなあ……」


 本当の娘じゃない。それどころか、同じ種族ですらない。

 魔法で役に立つと思っても、いまこの街にはナタリアがいる。私の魔法よりもナタリアの魔法のほうが正確だし、多種多様で、獣人だけでなく街の人間たちからも頼られている。

 対して私は最近になってようやくナタリアの足元辺りまで成長したかなといったところで、回復魔法だってナタリアほど手早くない。薬草の知識だってナタリアからの受け売りだし、魔法薬の調合だってすべてナタリアから教わったものだ。


「私がナタリアみたいだったら、お父さんも皆も、たくさん頼ってくれたと思うんです。せっかく魔法が使えるのに私はお荷物で、だからお父さんたちもガッカリしてるんだ……」

「ねえ、シシュ」


 ナタリアの手が私の頭に置かれる。髪を梳きながら優しく撫でられると、涙腺が再び緩み始めた。

 ナタリアはいつだって私の目標だ。彼女のようになりたい。そうしたらきっと、誰からも好かれて、役に立てて、仲間として、家族として、愛してもらえる。

 そこに、捨てられるかもしれないなんて恐怖は微塵も存在しない。


「前にした話を覚えている?」

「どの話ですか?」

「私やシシュのように魔法を使える人たちが必要とされる場所の話」

「人間がたくさんいる国の話ですね!」

「ええ、そうよ。そこを治める王様は、シシュのように優秀な魔術師を求めている。あなたは両親に疎まれたと泣いていたけれど、そんなことは間違いなの。魔法は非力な人間が手に入れたたった一つの武器よ。危険で凶悪な魔物に対抗できる素晴らしい力。それに魔物に限らず……獣人相手にも」

「……?」

「獣人と共に育ったあなたには難しいかしら。でもよく考えてみて。あなたは彼らと同じように魔物を狩れる?」

「無理です。それは絶対にできないですよ」

「どうして?」


 なぜ当たり前のことを聞いてくるんだろう。

 私は疑問に思いながらも、ナタリアの問いに答えた。


「だって、私の足は魔物を翻弄するほど速くないし、蹴飛ばしたって吹き飛ぶのは私のほうです。力だって敵わないので、剣や弓を使っても私一人では小さな魔物一匹だって倒せません。あ、もちろん魔法を使っていいなら別ですが! 炎の攻撃魔法だけならかなり練習しましたし、もう皆に当ててしまうようなことにはなりませんよ!」

「ふふ、そうね。あなたの成長には目を見張るものがあるわ」

「そうでしょう!! この前だって、魔物の群れを私の炎蛇は一掃しましたから! ナタリアのように静かにとはいきませんが、勢い任せでいいなら私だって大きな魔法を使えるのです。コントロールだってバッチリですし、誰も怪我させませんでしたよ」

「魔力量も、もしかしたら私より多いかもしれないわね」

「本当ですか?」

「ええ。でもちゃんと調べるには、ここだと設備が足りないの」


 ナタリアは周囲に誰もいないことを確認すると、魔法で膜を作って、私たちと周囲を隔離した。

 これで近くに獣人がいたとしても、二人の会話を聞かれることはない。


「魔法はたくさんの可能性を秘めている。私はあなたにそれを教えたいし、もっと広い世界を見てほしい。そして……叶うなら、生きてほしいと思っている」

「生きて、ますよ……?」

「ねえシシュ。もう一度聞くわ。人間の国に来る気はない?」

「ナタリア、それは」

「あなたがどうしたいのかは聞いた。でも私だって諦められない。あなたはもっと強くなれるし、たくさんの人から必要とされる存在にきっとなれる。あなたを気味悪がるような人間は、王都には一人もいないわ」

「人間……」

「そうよ。同じ人間。あなたと変わらない年頃の人間がいっぱいいて、あなたと同じように魔法を扱える。その中で、あなたはきっと特別になれる。元々の魔法の才能と、私がここで教え導いてきた土台があれば、すぐにでもね。王都に獣人は一人もいないけれど、ここで種族の違いに悩むような生活を送るくらいなら……もう一度、考え直すことだって悪いことではないんじゃない?」


 ナタリアの言葉にすぐ否と返せなかったのは、心が弱っていたからかもしれない。

 私は獣人たちと暮らしていたかったけれど、最近の出来事から心はすっかり疲弊していた。最大の味方であったはずの父ドレンも私を避け始めていたことで、決意は揺らいでしまった。

 結局のところ種族の絆というものは絶対で、私がいくら彼らと共にいたいと願っていたとしても逆もそうとは限らないのだと突きつけられたような気がして、悲しかった。辛かった。

 ナタリアはそんな私を見て、再び提案してくれたのだ。一度は断った私に、再び手を差し伸べてくれた。

 でも……すぐに、その手を握り返せなかった。


「返事はすぐじゃなくてもいいわ。あなたにとっても大きな決断になるもの」

「ナタリア、ごめんなさい……」

「謝ることじゃないでしょう。ゆっくり考えて、あなたの答えを聞かせてね」


 私はそれに頷いて、滲みそうだった涙を拭ったのだった。

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