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5-4

 私は骨を奪い取ろうと、黒い霧の中へ駆けて行こうとした。

 腕を取られ、ラスカに止められる。


「馬鹿! どう見たってあれはやばい!」

「でも、だって!」

「まずは落ち着け! おまえがどうにかなったらリーリーはどうなる!?」


 その言葉にハッとして、立ち止まる。乱れていた魔力を落ち着かせて、目を伏せながら謝罪を口にする。


「ごめんなさい。取り乱しました」

「いや……。それで、さっきの言葉だが」


 私はもう一度、黒い霧とそれに包まれている骨を見た。そして傍らに落ちている剣へも視線を流した後、こくりと頷く。


「その言葉の通り、です。あの骨は私の父……いえ、育ての親である獣人のものです。なるほど、媒体としてこれ以上はありませんね。獣人を呪い殺すには、獣人を媒体にすれば対象の固定なんて簡単でしょうから……」


 これ以上ないほど最悪な言葉が自分の喉から出てくる。五百年も先の世界で、こんなものを目にする羽目になるのなら、あのままずっと湖の底で封印されていたほうがよかったのかもしれない。

 知りたくないことがどんどん出てくる。


「どういうことだ、それは……。おまえは封じられて、その後で聖なる乙女による獣人の呪殺が起きたのか? そもそも何で呪われることになったんだ」

「わかんない、わかりませんよそんなこと。どうして……何で……」


 そのとき、何の前触れもなく洞穴内に光が満ちる。

 目を開けていられないほどの強い光で、ラスカは咄嗟に私を抱き抱えた。

 そして私もその腕に縋って、暫し身動きが取れずにいると……光は弱まって、私たちは恐る恐る目を開ける。


「え……」

「今度は何だ……」


 小さな子供が目の前を駆けて行く。それは自分より遥かに大きい男の足に抱きついて、へらりと笑った。

 抱きつかれた男は大きな口を開けて豪快に笑うと、小さな子供の身体を抱き上げて愛おしげに見つめた。


 黒い霧と私たちを隔てるように、その光景が宙に映し出されている。

 ラスカは私とその小さな子供を見比べた。

 その容姿は、私に似ている。


「どうやら、過去の出来事が投影されているようです」


 目を離せなかった。記憶に焼きついているとしても、この両目でまたその姿を見られるなんて絶対に起こらないと思っていたから。

 黒い霧が見せる罠の可能性もある。ただ、私はそうだったとしても両足をこの場から動かせなかっただろう。


「私の、魔力に、反応したんでしょうか……」


 場面が切り替わる。

 それは、五百年前に起きた、とある悲劇の記録だった。


▼ ▼ ▼


 五百年前、魔法とは未だに神秘の領域であり人間にとって馴染みのない土地もあった。

 そんな時代に生まれた私は、生まれながらに高い魔力を有しており、幼い頃からその力を持て余していた。

 両親はそんな私を気味悪がって、谷底へと私を捨てた。

 無意識に魔法を使っていた私は谷底に叩きつけられることなく命だけは助かったが、幼子がそんな所で生きていくことはできない。

 次第に衰弱して死を待つのみとなった寸前に、とある獣人に拾われた。

 褪せた銀色が特徴的な瞳の、筋骨隆々とした獣人だった。


「それがドレン。私の育ての親です」


 食われると思っていた私だが、ドレンは衰弱していた私を甲斐甲斐しく世話して、家の中を歩き回れるくらいにまでは回復した。

 私はすっかりドレンに懐いて、魔法の練習をいっぱいして彼らの役に立ちたいと思うようになった。

 簡単な魔法であれば、こうしてみたいと思い描くだけで実行に移せた。自分で言うのも何だが、才能があったんだと思う。


「まあ、だからこそ実の両親からは疎まれて捨てられてしまったわけですが……」


 私の魔法と、ドレンたち獣人の力。暮らしていた村は徐々に発展していき、規模を広げて街となった。

 周辺の街に住む人間たちは獣人が牙を剥くのではないかと不安の声を上げていたようだが、ドレンたち獣人にそんなことを企む気持ちは少しもなかった。

 ただ平穏に、豊かに暮らせる土地が欲しいだけだった。


「私は自分の魔法がその手助けになればと思って、必死だったんです。行商人から魔法の本を買って独学で練習を続けました」


 そんな日々の中、獣人と人間の間で諍いが起きた。

 原因は何だったか……。小さなきっかけが、互いに引っ込みがつかなくなっただけのものだった。

 それでも私は変に気負ってしまっていて、その争いを止めるために魔法を発動させ、しかし狙いを誤って獣人と人間の双方に当ててしまった。


「ドレンの娘として育てられても、私が人間なことには変わりませんから。獣人とは違う容姿に、勝手に引け目を感じていたんだと思います。だから私にしか、人間にしか使えない魔法というものに私は縋っていた。この力があれば、獣人のように優れた身体能力じゃなくても皆の役に立てるって」

「……勝手なことしか言えないが、たぶん誰もおまえが役に立つとかどうとか考えていなかったと思うぞ。そのドレンって獣人も、おまえが魔法を使えることを知って拾ったわけじゃないんだろ?」

「ええ、ラスカの言う通りだと思います。誰も私にそんなこと求めていなかった。でもこのときは、そう思えなかったんです」


 当時の私は魔法でどう争いを止めればいいのかわかっていなくて、牽制するつもりで攻撃魔法を放った。争う二人の間に撃ち込むつもりで、しかしそれは二人の身体に当たってしまう。

 子供が放った低級の魔法だ。それでも、魔法に対して無防備であった二人には避けようもなくて、小さな炎弾は火傷を負わせてしまった。


「このとき私はまだ回復魔法を使えなかったので、治すことができなかった。そして子供だからって笑って済ませられることでもなかった」


 双方の怒りは私に向いた。当然だ。何も関係なかった子供が、自分の手柄欲しさにしゃしゃり出て来て危害を加えてきたのだから。


「そこに割って入ってきたのが、ちょうど人間の国からやって来ていたナタリアでした。彼女は人間側の代表として、この街で獣人と人間の間に立って手を結び合えるようにと遣わされて来た魔術師で、私よりもたくさんの魔法を知っていた」


 回復魔法を使えたナタリアはすぐに二人の怪我を治し、場を治めてくれた。

 街の住民はこのことをきっかけに、ナタリアを受け入れるようになった。

 人間の国からやって来たナタリアを警戒する者たちは徐々に減っていった。彼女の魔法は私よりも正確で、豊富で、そして彼女自身の柔らかな性質も相まって、ナタリアを街の仲間として歓迎するまでそう時間は掛からなかったと思う。


「一方で私は、ナタリアに嫉妬していました。私の魔法は独学で、どう頑張ったってナタリアのようになるまであと何年掛かって、それでも追いつけないかもしれないと。落ち込む私を見てドレンが、ナタリアに魔法の先生になってくれないかと頼んだんです」


 これを快く受けてくれたナタリア。彼女の指導によって、私の魔法は徐々に上達していった。

 初めて回復魔法を成功させたとき、ドレンは我が事のように喜んでくれた。舞い上がった私は街中を駆け回って、少しの傷でも治させてほしいと皆に魔法を掛けていったんだ。昨日のことのように覚えている。


「私の魔法はナタリアに及ばずとも、強くなっていきました。そんなときだったと思います」


 宙に投影されている映像が切り替わる。

 ナタリアは幼い私を街の外の丘に連れ出していた。


「人間の国へ来る気はないかと、誘われたんです」


 そこでならたくさんの本があって魔法の勉強ができる。同じように魔術師もたくさんいるので、自分だけがと疎外感を得ることもない。誰もが自分と同じ存在で、同じ方向を向いて切磋琢磨できる。

 それは魅力的な言葉だった。両親に気味が悪いと捨てられた私だが、同じように魔法を使える者たちの居場所があって、そしてそれは人間の王様から歓迎されている。もっともっと、魔法の勉強ができる。強くなれる。必要としてもらえる。

 でも私は断った。


「行ったら、もう二度とこの街には帰れないと言われたんです。国の、人間たちのために働いてもらうから。ナタリアは、私が断ると思っていなかったみたいで……。何度も考え直すように言われました」


 でも決意は変わらなかった。

 私は、私を拾って育ててくれたドレンに、獣人たちに恩を返したい。

 この魔法の力は彼らを助けるために使いたい。それが私の人生で一番大切なことであり、私がこれまで生きてきた時間の中で育んできた思いなのだと。


「幸せだった日々の……最後の、記憶です」

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