5-3
自分でも調子のいいことを言っているなと思う。
「何か妙なことをしたと判断したら、すぐ首でも何でも斬り落とせばいいです。いまさら信じてくれなんて都合のいいこと言いません。私はリーリーを助けたい。ただ、それだけなんです」
私の言葉にラスカは間を置かず頷いた。
そしてトールとエンフィに視線を向ける。
「他の者には気取られないよう俺の家までリーリーを運んでくれ」
「わ、わかりました」
「エンフィ。俺が戻らなかったら次はおまえが皆をまとめろ」
「はい」
トールはリーリーを抱き上げて、ラスカの家まで歩き始める。エンフィはその後を追って、私たちの前から去った。
私は久しぶりの魔力の流れを感じ取りながら、呼吸を整えながら目を閉じる。
全身で世界を感じ取るようなイメージで、自分の感覚を徐々に鋭く広げていく。呪いは魔法の一種だ。そこには必ず痕跡が残る。
この場にも、微かに呪いの気配が漂っていた。
「この気配を辿って、術者の所に乗り込みます」
「荒事は俺に任せろ」
ラスカの剣の腕と、魔法さえ斬ってしまう剣があれば制圧は簡単にできてしまいそうな気がするが、それでも油断はできない。
私の思った通りのことが起きているのなら、簡単に済むことではないだろう。
とりあえず、簡単な回復魔法で腕の裂傷の血止めを行う。
「さあ行きますよ」
「まてまて。腕がまだズタズタじゃないか」
「魔法で血止めしましたし、痛みも遮断しました。問題ありません」
「大アリだ、馬鹿」
しかし手当てに掛ける時間がもったいない。
ラスカを黙らせるため、私は着ている服の裾を破いて腕に巻きつけた。包帯代わりだ。
「これ以上は聞きません」
「……わかったよ」
▼ ▼ ▼
リーリーへ向かっている呪いの気配を辿りながら、私とラスカは結界水晶の外に出た。
集落の外だ。魔物がうろついている危険な場所だが、私が魔力で威圧しているので弱い魔物は寄って来ない。なので戦闘に邪魔されることなくスムーズに歩き進めていた。
目的地は、私が封印されていた湖だ。まずはそこに向かう。
「この呪いは、傍にいた私を通り過ぎてリーリーへ向かいました。恐らくですが、術者は獣人に関係ある何かを呪いの媒体にしていると考えられます」
「媒体?」
「はい。他者を呪う魔法は対象者との距離が近いほど正確に発動しますが、そうまで近づけばあなたたち獣人がその存在に気づくでしょう。そうはならない距離に術者がいるとして、そうなると今度は呪いの正確性を失います」
「確かに、集落の近くにそんな奴がいたらすぐに誰かが気づいていただろうな。いまはともかく、昔はたくさんの獣人が暮らしていたんだから、誰一人としてバレずにってことはできっこない」
「なので、遠距離で正確性を失わないために、あなたたち獣人に近い物を媒体にしている可能性が高いです。呪う対象の固定ができてしまえば、あなたたちに気づかれない遠距離から呪いを掛けてもまず間違いなく正確に相手へ呪いが届きます。問題は、それほどの媒体が何なのかですが……」
道の小石に躓いて、倒れそうになったところをラスカに支えられる。
彼はそのまま私を抱え上げて、歩を進める。
「おい」
「このほうが楽だろ、おまえも。それに俺は呪いや魔法なんてさっぱりだ。俺が足になるからいっぱい考えてくれ」
こんな事態じゃなかったら暴れているところだ。
とはいえ考え事に集中できるのは助かる。
「私だって呪いに詳しいわけじゃないです。使ったことありませんから。でも呪い……魔法だからって、何でもかんでも可能じゃないんです。便利さを求めるなら相応の代価が必要になります」
「獣人だけを呪う魔法の、代価か」
「それも五百年前から絶えることなく続いているものです。術者は相当な仕込みをしているでしょう」
なぜそうするかを考えるのは無意味だ。
獣人は魔法を使えないが身体能力が人間より遥かに高い。人間から恐れられるのは当然のことで、それを排除しようとする動きは五百年前にだって見られたことだ。
「……話すと、言いましたよね」
「ん?」
呪いの気配を追いながら、湖に辿り着いた。私が五百年もの間、封印されていた場所。
ここで私はとある獣人の裏切りに遭い、湖の底へと封じられていた。
リーリーへ向かっている呪いの気配は更に奥から漂ってきている。そちらへ行くようラスカに伝えて、私は深呼吸を一つ。
「五百年前、私はある獣人と……当時人間の国から訪れていたある魔術師に、この湖の底へと封印されました。私のことはその後、災厄の魔女として言い伝えられているようですが、私にはまったく身に覚えのないことです」
私は未だに、この呪いの術者について疑問符を浮かべている。
そんなことは可能なのか? と。
可能かどうかで言えば、ほぼ不可能に近い。それでも現在までにたくさんの獣人が、死の呪いとやらに蝕まれて命を落とし続けている。そしていま、幼い命にまで牙を剥いている。
理論で動くべきではない。いま実際に起きていることに目を向けなければいけない。
「私はシシュ。ただのシシュです」
災厄の魔女の伝説にはもう一人、魔法を扱える者がいる。
「言い伝えになぞらえて言うならば……災厄の魔女は、聖なる乙女です」
「……。まあ、おまえじゃないなら他にいるだろうとは思っていたが」
「他に魔術師が潜んでいた——なんて可能性も考えられますが、私は彼女が獣人に呪いを掛けた術者だと思っています」
「根拠があるんだろ?」
「はい」
忘れない。忘れるわけがない。
優しい笑みを浮かべる女性だった。風のように掴みどころがなく、ふらりとやって来ては私にたくさんの魔法を教えてくれた人。
たった一人で獣人の住む街へ来るような度胸があって、けれど親しい友人として誰からも好かれていた、その人。
「彼女の名前はナタリア。私の魔法の師であり、姉のような人でした」
リーリーを包んだ呪い、そこから感じた魔力の気配。
魔封じの腕輪をしたままであれば感じ取れなかっただろうそれは、確かに知っているものだった。
懐かしいはずだ。五百年前はその魔力の持ち主から魔法とは何たるかを学んでいたのだから。
「ナタリアなら、長期的に呪いが発動し続けるよう魔法を残すことは可能です。それほどすごい魔術師でしたから」
「獣人と人間との友好の懸け橋とされている女性が、なぜ呪いなんてものを俺たちにばら撒く?」
「それは、まだわかりませんが……」
湖からまた暫く歩くと、洞穴に行き当たった。呪いの気配はこの奥から強く感じる。
私はラスカに下ろすよう伝えて、自分の足で洞穴の中に入る。
じめじめと陰鬱な中には、禍々しい気配をまとった黒い霧が漂っている。その中心地に、風化したように見える骨が置かれていた。
その骨を撫でるように、黒い霧が動く。
「あれは……」
ラスカの声に緊張が宿る。
私も、可能ならとっととこの場から飛び出してしまいたいくらいだった。それほど、ここの空気は淀んでいる。
そしてあの黒い霧がただの霧ではないのだと本能が警鐘を鳴らしていた。
「あ、の骨、は……」
骨の傍らに、見覚えのあるような剣が落ちている。
それもまたずいぶんと古くなっているが、あれこそ見間違えるはずがない。
獣人だけを狙う呪い、狙いを確かなものとするための代価。それは獣人にまつわる何か。
黒い霧が顔を上げた、ように見えた。そして落ち窪んだ眼孔で私を捉え、ニッタリと嫌な笑みを浮かべているように見える。
見せつけるかのように、その黒い霧は骨を掻き抱く素振りを示す。
「あ、ああ……っ」
「シシュ?」
喉の奥から辛うじて出たのは、たった一言だけだった。
「お父さん……!」




