5-1 獣を死に至らしめる呪い
小瓶に入っているオイルを少量手に取って、色素の薄い髪に馴染ませていく。そして櫛で少しずつ溶かしていくと、広がるばかりだった髪は膨らみを抑えて、さらりと流れるほどになっていった。
指が通りやすくなった柔らかい髪を編みこんで、揃いのリボンで結んだ。
「できた?」
「はい。可愛いですよ、リーリー」
「えへへ」
リーリーの動きに合わせて尻尾のように背に流れている三つ編みが揺れる。リーリーの絡みやすかった髪は、私が作った魔法薬でずいぶんと艶が出るようになった。しかし材料は行商人マルトンから仕入れた物で作れる数に限りがある。
なので今日はリーリーとエンフィと共に、放置されていた畑へ行くことになっていた。
フェイクリーフについては先日私が除草薬を作って、すでに必要な作業は終えている。最初は私が一人でやるつもりだったのだが、トールが「僕にやらせてください」とやる気を伴ってやって来たので、私は指示を出すだけで済んだ。フェイクリーフの核根は枯れ、枯れ草と化した残骸を掘り起こし、土壌に染み込んだ毒の浄化も全部終わっている。
ラスカに言われていた通り、これであの畑は私の物となったわけだ。
植える種はマルトンから好きなだけ奪って……善意から貰っているので、あとは畑仕事に努めることとなる。五百年前にも私は獣人たちとこれよりも広い土地を耕していたので土いじりを嫌悪することはない。リーリーと同じリボンで髪を高く結い上げて、動きやすく且つ汚してもいいように、エンフィから作業着も借りた。準備は万端といったところか。
「……なのにどうしておまえまでいるのですか」
「人手は多いほうがいいだろう」
ラスカの家まで迎えに来たエンフィに連れられ私とリーリーが畑まで行くと、それよりも前に家を出ていたラスカがムカつく笑顔を貼りつけたまま畑の前で両腕を組み私たちを待ち構えていた。
その隣で、申し訳なさそうにトールが身を縮こませながら「おはようございます……」と小さく鳴く。
「おやラスカ様。本日は狩りに行かれると伺っていましたが」
「それだがな、シシュが見つけてくれたホーリーミントが思っていた以上に高く売れたから、暫くはゆっくりできそうなんだ。肉も大量にあるわけだしな」
「ラスカ様も手伝ってくれるの?」
「ああ!」
私が反対するとわかって不意打ちを狙ったな。ここで私が必要以上にラスカに噛みついて追い出せば、リーリーが悲しむ。
「それで、何をどう植えていけばいいのかな? シシュ」
「……はあ」
「ため息はよくないな。幸せが逃げるらしいぞ」
「うるさい。こうなればもうこき使ってやります。植える場所の指示は私が出すので、その通りに」
「よし任せろ」
もう割り切るしかない。私はマルトンから貰った種を種類別に、ラスカ、トール、エンフィにそれぞれ一袋ずつ渡しながら教えていく。
「これは傷を治す薬草種です。魔法薬にしなくても単独で使えますが、このままで食べるととても苦いので魔法薬にしたほうが使いやすいですね。それに効果も高いですし。こっちは、簡単に言えば毒消しですが調合の仕方によって身体の調子を整える魔法薬にもなります。そっちは薬草ではなく花の種ですが、この花弁は食べることができます。劇的な変化にはなりませんが、身体が丈夫になりますよ。それにあらゆる魔法薬の材料になります。そして、私とリーリーはこれです」
リーリーに種の入った袋を渡すと、楽しそうな様子を隠さず瞳を輝かせている。
「シシュ様、これは?」
「淡い色をした小さく可愛い花が咲きますよ」
「何の魔法薬になるの?」
「これはですね、リーリーがもう知っている物になりますよ」
「……! 髪に塗ってくれてるやつ!」
「はい」
リーリーが耳をぴこぴこと動かしながら飛び跳ねると、エンフィも気になるのか笑みを深めた。
「シシュ様、それは作るのが大変なのでしょうか?」
「材料があればそんなに……」
「では私からもお願いできますか。ああもちろん、花が無事咲いてからで構いませんので、他の獣人も希望があればお願いしたいのですが……。報酬はまた後日相談させていただいて」
「え、ええ。それはべつにいいですけど」
エンフィの髪は流れる川のように淀みなく綺麗だと思うが、見えない所でかなり努力しているのかもしれない。彼女の提案に応じると、尻尾が左右に一度だけ揺れた。獣人はこういうところがわかりやすいと思う。
そんなエンフィを見て、ラスカが非常に余計な一言を発した。
「髪なんて結んでしまえば大体一緒だろう」
「ラスカ様!」
トールが慌ててラスカの口を手で押さえるが、もう遅い。その言葉はエンフィの耳にしっかりばっちり届いている。
常に薄く微笑んでいるエンフィが、口角を下げて表情を消した。その目からも光は消えて、私は咄嗟にリーリーの目を両手で隠す。
「んえ? シシュ様?」
リーリーは私の手を突くが、無理に剥がそうとしない。
不思議そうに「見えないよー」と口に出すが、世の中見なくてもいいものは存在する。
「……ラスカ様」
「お、おう……」
自らの失言に気づいても、発してからでは遅すぎた。
エンフィはその声に怒気を含んでいるわけじゃない。ただ普通に、ラスカの名を呼んだだけだ。それなのにどうしてこんなに怖いんだろうか。腹の底にどっしりと溜まるような重さのある恐怖が、両肩を圧してくる。この声を真正面から向けられているわけじゃないのに、私もトールも冷や汗が流れている。完全にとばっちりだ。
これをエンフィから真っ直ぐに受け止めているラスカは、私たち以上に顔を青くしていた。
「畑にただ水をやるだけで作物は不足なく育ちますか? 肥料を何のために与えていると? それに雑草を抜きますよね? それとも勝手に抜けてくれるとでも思っていらっしゃいます?」
「……いえ、まったく、そんなことは」
「そんなことは、なんです?」
「ないです……」
「そうですよね。それで先ほどのラスカ様のお言葉ですが」
「本当にごめんなさい」
「私の言葉を遮らないでいただきたい」
「はい……」
トールがじりじりと動いて、ラスカの隣から離れて私の近くに寄って来る。
「ああなるともう暫くは続きそうですね」
「……私たちは先に植えていくといきましょう」
「はい。シシュ様、これらは普通に植えていって大丈夫ですか?」
「ええ、ちょうど四種なので、四等分してそれぞれの区画に植えていきます。これらは互いに妨害し合うことはないので、隣り合っても大丈夫なんですよ」
ラスカから必死に助けを求める視線が送られているが、私たちはそれを見なかったフリして背を向けた。
リーリーから手を離すと、リーリーは私とトールを交互に見つめて首を傾げる。
「エンフィお姉ちゃん何で怒ってるの?」
「ラスカが言ってはいけないことを言ったからですよ」
「さ、僕たちは先に種を植えましょうね」
「はーい」
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「さて。こんなものですね。あとは芽吹いて育つのを待つだけです」
つい先日までフェイクリーフだらけだった荒れた畑は、すっかり整えられた。一仕事終えた私たちは疲れきって、地面に布を敷いてゆっくりくつろいでいる。トールが持ってきたお茶を受け取って喉に流すと、とても身体に沁みた。思っていた以上に喉が渇いていたようだ。全身から力が抜けていくような気持ち良さを感じる。
リーリーは一気に飲み干して、疲労を自覚したのかウトウトと瞼を閉じそうになっていた。何度か睡魔に抗っていたのだが、負けてしまって私の膝に頭を乗せ穏やかな寝息を立てている。
「本当に楽しみです。今後も何かあれば私にお申し付けください」
種を植えた畑を眺めながら、エンフィが満足そうに呟く。
ラスカに詰め寄っていた時の不穏な気配は消えて、いつもの微笑を私に向ける。私は頬を引き攣らせて、その言葉に頷いた。
ラスカは……少々萎れているように見えるが、あれはラスカが悪いのでフォローする気はなかった。余計なことを言うからだ。




