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4-4

 そう経たずにラスカが戻ってきた。

 私、トール、エンフィという組み合わせに目を丸くした後、嬉しそうに笑みを浮かべる。


「俺抜きで仲良くなったのか?」

「黙れ」

「俺にも優しくしてくれたらいいのになあ」

「ラスカ様、そういう言い方をするから……」

「トール、おまえいつも俺の後ろに隠れて震えてるくせに」


 ラスカの視線がスッと私に向く。


「ところで、何かあったか?」


 リーリー抜きで私が外に出ていることが疑問なのだろう。

 私もいま本人を目の前にして少々後悔してきている。普通に家で待っていればよかった。完成した勢いのままに家を出てきてしまったが、そう急ぐことでもなかったなと恥ずかしくなってきた。

 一対一で渡すならともかく、トールとエンフィの目の前でとなると渡しにくいというか……。


「さあトール。私たちはまだ仕事が残っていますよ。休憩はこれくらいにして働きましょうか」

「え。いえ、僕は……ちょ、力強いっ!?」


 エンフィはトールの腕を掴むと、踏み止まろうとするトールを無理矢理に引きずって去っていった。

 ラスカは苦笑してそれを見送り、私に「それで?」と促す。


「エンフィが気をきかせてくれたぞ。俺に何か用だったのか」

「……これ」


 私はラスカの手を取って、その上に作った魔法薬を詰めた瓶を乗せる。

 ラスカはそれをじっと見て首を傾げる。


「魔法薬です。素材は安価な物なので、おまえのその傷だと完治まで三日くらいかかると思いますけど」

「……」

「い、言っておきますがこの間の礼とかじゃありませんから。借りを作っておきたくないだけです!」

「……俺にか?」

「この流れでおまえ以外にありますかっ」

「そうか、俺にか……」

「気に食わなければ返し――」


 奪い返そうとすると、魔法薬を持っているラスカの手が真横に逃げる。


「……」

「……」


 そちらへ私も手を伸ばすと、今度は上に。

 身長差があって、そうされると私は少しも届かない。


「なんのつもりです」

「そっちこそどういうつもりだ。もう俺のだぞ」

「なっ」

「ありがとう、シシュ」


 ラスカの手が私の頭に触れる。感謝の言葉に気を取られて、私は容易くその距離を許してしまった。

 大きな手が頭の上に乗って、髪がぐしゃぐしゃになるのもお構いなしに撫でてくる。

 ――ありがとな、シシュ。

 懐かしい声が記憶の果てから聞こえる。あの人の手はラスカよりも大きかったし声だってうるさいくらいだったが、ラスカと同じような手つきで私の頭を撫でていた。

 せっかく整えていた髪が乱れて、櫛で梳かし直さなければいけなくなって、それで文句を言うといつも形ばかりの謝罪を繰り返して……それを私は、仕方ないですねと許して……。


「シシュ?」

「……馬鹿みたい。全然似てないのに」

「何がだ?」

「うるさい、いつまで触れている!」

「おお……」


 思い出したくもないことを思い出してしまった。どうかしている。私を湖の底に封印した獣人のことを懐かしむように思い出すだなんて。


「とにかく、渡しましたから」

「まてまて。少しだけ話そう」


 倉庫の前に置いてある空の木箱に腰掛けるよう促されて、私は渋々腰を下ろした。


「直球で言うとだな、どうしたものかなと思っている」

「何がですか」

「伝承で聞くような姿と、いまのおまえの姿が一致しない。見た目の話じゃなくてだな」

「……伝承なんておまえたちが勝手に語り継いできたものです。私の知ったことではありません」

「それはそうだがな、シシュを見ているとそうでもないように思えてきた。おまえ、本当に災厄の魔女か?」

「……」

「俺はおまえが、伝承に出てくる聖なる乙女だと言われたほうがしっくりくるぞ」


 彼らの認識……いや、古くから語り継がれているという物語の中では私という存在が災厄の魔女とされている。五百年前当時、私がそう呼ばれたことはなかったから、私の認識では私自身は災厄の魔女ではない。

 しかし生き延びるために、そうだということにした。本当は、獣人に呪いをかけた災厄の魔女なんて知らない。身に覚えがない。

 かといって、聖なる乙女が自分であるなんてことは絶対にありえない。そこだけは断言できる。


 でも、と私はラスカが常に手にしている剣へ視線を向ける。鞘に納められているが、それは安心材料にならない。

 私が少しでも変なことをしようものならすぐ抜いてこの首を刎ねるだろう。呪いについても、そうだ。私ではないと訴えても、この集落の獣人全員が納得するだろうか? 私を殺せという声が大きくなったとき、ラスカは獣人たちの声を選ぶに決まっている。

 だって私と彼らは違うのだから。

 ……やはり、すべてを明かすには信用が足りない。


「出会った時にだっておまえから怒りは感じたが、殺意は感じなかった。まあ俺じゃなかったら死んでいたと思うが……。災厄の魔女というからもっとこう、怨念の塊のようなものを想像していたんだ。そうだってのにシシュ、おまえはただの少女のように見える」

「そうであったなら五百年も封印なんてされてないですよ」

「リーリーにだって優しいだろう。あの子も獣人だぞ」

「気紛れです。そうやって突っかかってくるなら、お望み通り手酷くしますか?」

「感情が目に出てるぞ。できもしないことを言うもんじゃない」

「っなにを」

「こんな物も作ってくれているだろ。呪っている相手に、だ」


 ラスカは魔法薬が詰まった瓶を手の中でくるりと回す。

 私は舌打ちをしそうになって、唇を噛んだ。

 確かにラスカの言う通りだ。私は災厄の魔女を装うと決めたのに、ちっともそう装えていないじゃないか。

 でも、だって……。

 この人たちは……。


「教えてほしい。五百年前に何があったのかを」

「――そんなのッ!」


 両手で顔を覆って、喉の奥からせり上がってきた感情をグッと堪える。

 乱れた感情のまますべてをぶちまけてしまいそうだった。そんなことできない。

 しっかりしろ、私。誰も私の味方ではないのだと、五百年前に思い知っただろうに。


「……悪かった。踏みこんだ話をしたみたいだな。俺はただ……」

「謝罪は結構です」


 私は立ち上がって、ラスカを冷静に見つめる。

 もう大丈夫。私のやることは変わらない。

 腕輪を解析、術式を破壊して集落から逃げ出す。そして二度と獣人には関わらない。五百年前に途切れてしまった、自分の人生をやり直す。獣人にかけられた呪いなんて知らない。彼らがどうなろうと……滅ぶことになろうと、私の知ったことじゃない。


「私は災厄の魔女。おまえたちにとってそれがすべて。それでいいんです」

「俺はシシュのことを知りたいと思っている。俺の目で見てきたおまえは、災厄の魔女なんてものじゃ……」

「魔女ですよ、私」


 日が暮れ始める。

 夕焼けの光がラスカの表情を焼いていて、彼がどんな感情を抱いているかなんて少しもわからなかった。


「おまえたち獣人がどうなろうと構わない、とっても怖い魔術師なんですから」


 共に帰る必要はないだろう。私は踵を返して、茜色に染まった道を歩いた。

 すぐ隣に、ラスカが追いつく。


「……この流れで!?」

「仕方ないだろ、俺の家だぞ」

「離れて歩いてください」

「なあ、本当に悪かった。今夜は肉多めに焼こうか。俺たちで仕留めた鋭貫兎(ホーンラビット)の肉だぞ」

「おい私を子ども扱いしてるだろ」

「エンフィが森で採ってきた果物もある。一個貰ったからそれも剥いてやろう」


 こうなるともう私の話を聞かない。

 私にああしようかこうしようかと続けるラスカの声を聞き流しながら、私は大きくため息を吐いた。

 早く腕輪をどうにかしてしまいたい。そう強く感じた瞬間だった。

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