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さすがに大荷物になったので一人では運べない。しかしこの信用ならない男から目を離している間にリーリーが変な物を買わされないか、見張る必要もある。
するとエンフィが「私がお運びしますね」と、代わりに往復してくれることになった。礼を伝えると柔らかく微笑まれる。
さて、私の気は済んだ。会話から、この男が原因であるとラスカは気づいたようだがどう対応するのか。
「マルトン殿」
「あ、ああ。ラスカ殿、私はそろそろ……」
「少し待ってくれ。この子にも商品を見せたい」
ラスカから与えられたのだろう硬貨を握りしめて、リーリーは荷台のほうへ近寄っていく。
「あの、可愛いのありますか」
曖昧な要望だったが、リーリーのこれはいつものことなのだろう。マルトンは気を取り直して、リーリーの要望に沿う物を荷台の中から出していく。
それを眺めながら、私は小さく訊ねる。
「特に何もする気はないんですね?」
「ああ。できれば今後も付き合いは続けたいし、痛めつけたところで俺たちに利益があるわけじゃないからな。それよりもおまえのほうが彼に大ダメージを与えられた。金にならないどころかマイナスになって、巻き返すため必死になって働くことになるだろう。報復としてはここらが妥当だな」
「怖がって来なくなるかもしれませんが」
「それならそれで仕方ない。というかいつも、次は来ないかもしれないって思ってるからな。そうなったらなったで近くの街までちょっと遠い買い物に行くさ。フードでも被って耳と尻尾を隠せば奇異に見られることもない」
気に入った物があったのか、リーリーが目をキラキラとさせて私とラスカのほうを振り向く。
マルトンはまだ私を警戒しているのか、冷や汗のようなものが見えた。もう少し隠すってことを覚えたほうがいい。
「決まったのか?」
「うん!」
耳も尻尾もパタパタと動いている。
リーリーは硬貨をマルトンに渡して、代わりに商品を受け取った。
赤い色をメインに、端には銀のラインが走っている。派手だが、高貴さを感じるデザインだ。
「あのね、可愛いのがいいなって思ったんだけど、これは絶対に似合うと思ったから……」
おずおずとそれを私に差し出してくる。
二本ある内の一本を手に取って、私は自分の髪をサッと上げてそのリボンで結んだ。自分では見えない。だからリーリーに見えるよう頭を傾ける。
「どうですか?」
「すごいピッタリ!」
残ったもう一本を使って、今度はリーリーの髪も結い上げてあげる。
はしゃぐリーリーに、私は今日の疲労がすべて吹き飛んでいくように感じた。
「姉妹のようだな」
ラスカの言葉が聞こえる。
いまはそれに言い返す暇がないほど、飛び跳ねるリーリーを宥めるのに大変だった。
▼ ▼ ▼
まるで猛獣の巣穴から逃げ出すみたいにマルトンは馬を駆り立て集落を出て行った。
それを見送るエンフィの舌打ちが若干怖かった。優しそうな雰囲気と見た目とは裏腹に、中身はかなり荒々しいようだ。
仕入れた物をラスカが振り分けたり色々している間、私はというと無料で手に入れた物で回復薬を作るため家にこもっていた。
薬草をすり潰すのはすり鉢と短棒があるとやり易いが、なければべつに必要ない。ただの椀とスプーンで十分だ。売り物を作るわけじゃないので多少雑でも問題ない。
マルトンの荷台からこれらをいただいてので、私の専用道具とさせてもらおう。さすがにこれを洗ったとて料理に使うのは少し抵抗がある。
「シシュ様、さっきはなんでシルビア様ってお名前だったの?」
「シシュは内緒のお名前だからですよ。リーリーには特別に教えたんです」
「えへへー」
可愛いなあ。
リーリーは私の隣で絵本を読みながら私の魔法薬作りを見学している。下に敷いているのはマルトンから手に入れたクッションだ。中の綿に良い物を使っているのか、目をつけた時のマルトンの顔色といったら傑作だった。
「何を作るの?」
「傷に良く効く薬です」
低から中ランクの回復薬なら材料が揃えば簡単に作れてしまう。高ランクの物となればホーリーミントなどの希少素材を使ったり、魔術師が製薬過程で魔法を使ったりする必要がある。
故に完成物を総じて魔法薬と呼ぶこともあるのだが、それはまあ余談だ。
「……あ、そうだ」
エンフィに運んでもらった荷物の中から、ある物を取り出す。
「リーリー、手を出して」
素直に出された小さな手に、私はそれを乗せた。
半円形の木製の櫛だ。縁に桃色の砕いたカラーストーンが埋め込まれている。
「わああ……!」
「リボンのお礼です。明日の朝はこれで髪を梳いてあげますね」
「うん! ありがとうシシュ様!」
頭を優しく撫でる。
気に入ってくれたようだ。あまり時間をかけて見ることはできなかったから直感で選んだのだけど、良い選択だったみたいでホッとした。
リーリーの尻尾は機嫌良さそうにゆらりゆらりと揺れている。
さて、私は手元の作業に集中するとしよう。
必要な素材を手で細かく千切って椀に入れる。水を少しずつ加えながらスプーンでかき混ぜると、製薬反応が起きて少しとろみができるので、これを続けていく。
手が疲れてきそうだが、完成するとクリーム状に変化する。
暫くすると合成が完了して、白いクリーム状の魔法薬が完成した。これまたマルトンの所から手に入れた小瓶に詰める。
「リーリー、少しだけお留守番できますか?」
「うん。どこか行くの?」
「ちょっとラスカに届け物です。すぐ戻りますから」
「はーい」
集落の備蓄食料を置いている倉庫の前では、ちょうど作業が終わったのかエンフィとトールが木箱を片付けているところだった。ラスカの姿は見えない。中にいるのだろうか。
「シシュ様。先ほどはありがとうございました」
エンフィが胸に手を当てて一礼する。トールは肩に力を入れて固まってしまっているが、こうも両極端な反応をされると逆に面白い。
「あとで除草薬を作るから、撒いたら核の根まで枯れますよ」
「必要な物があれば揃えます」
「大丈夫。あの男の荷台から好きなだけ取りました」
「でしたら、手が必要であればお呼びください」
フェイクリーフを枯らした後に整地する際私とリーリーだけでは大変だと思っていた。正直助かるが、エンフィは集落の働き手としてかなり優秀と見える。一人で結界の外に出ていたくらいだし、任せられている仕事はたくさんあるのではないだろうか。
私の懸念を察したのか、エンフィは安心させるように「大丈夫ですよ」と目を細める。
「すでにラスカ様から許可はいただいています。それに、先日の鋭貫兎のおかげで肉はかなり余裕がありますから、私が新たに狩りに行く必要はまだありません」
「……それならお願いします」
すると、隣で縮こまっていたトールがおずおずと「あの……」と口を開いた。
「今回の事、本当にありがとうございました。シシュ様がいなければ、他の畑も同じようなことになっていたかもしれません」
トールが深く頭を下げる。これはどうしたことか。
私への、というより災厄の魔女への恐怖心を身体いっぱいに詰め込んでいるような感じであったのに。
頭を上げたトールはその勢いのまま言葉を続ける。
「本当に、本当に感謝しています!」
「え、ええ……」
礼を言われるのはべつに構わないが、いつもラスカの後ろに引っ込んで私に怯えた様子であったのに。
困惑しているとエンフィが苦笑して教えてくれた。
「あの小ブタを畑に案内したとき、小ブタのそばに付いていたのはトールです。ラスカ様も同行していましたが、リーリーが熱を出したので途中で先に戻りました」
ああなるほど。そのときにマルトンは畑にフェイクリーフの種を投げたのか。
それにトールは気づけなかった。そしていままでわからなかった原因が判明したのだ。
「全部、僕のせいで……っ」
声が揺れている。
もしかしたら畑が全滅していたかもしれない恐怖を味わって、それは私に対する恐怖を上回ったのだろう。
「……結果的に、丸く収まったんだからいいんじゃないですか」
「でも……」
「そうですよ、トール。報復はシシュ様がたっぷりしてくださいました。それに今後は舐めた真似ができないよう、私が常に目を光らせておきます」
「エンフィさん……」
「次に何かしようものなら魔物の仕業に見せかけて、ね?」
「エンフィさん!?」
エンフィに恨みを買うようなことは控えよう……。というか、さり気なくマルトンのことを小ブタと呼んでいた。腹の中で何を考えているのかまったくわからないし、獣人で一番怖いのは彼女かもしれない。
そうだ、ラスカに用があるんだった。
三人でこうして話していても戻ってこないし、いま何をしているんだろう。
「ラスカ様でしたら、結界水晶の確認に行っていますよ。そろそろ戻ってくると思います!」
私に対する態度が軟化している。
トール、獣人にしてはかなり心配になる性格なのかもしれない。
思っていることがバレたのか、エンフィがくすりと笑った。




