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毒と伝えると、エンフィは表情を変えて真剣に私を見つめる。
橙色の瞳は優しそうな色をしているが、その奥では私の言葉に偽りがないか鋭く見定めているようだった。
毒と聞いたリーリーが小さな悲鳴を上げて、しかしすぐに両手で口を覆う。
「毒とは、穏やかな言葉ではありませんね」
「この集落に薬草図鑑はありますか?」
「残念ながら……」
「そう。じゃあ一応聞くんですが、あなたたちは実は仲がとても悪かったりしますか」
「身内の犯行と?」
「これ自然には生えないんです。誰かが種を撒かない限りは」
エンフィは立ち上がって、少し考えこむ素振りを見せた。
私とリーリーも立って、彼女の言葉を待つ。
「こちらの畑についてラスカ様から何と?」
「何植えても育たないから放置してるってことくらいです」
何も育たないはずだ。
一見すると雑草のように見えるこれはフェイクリーフ。大気中の魔力を葉から吸い込み、それを毒へ変えながら根っこに送って土へと放出する。そうすることで他の植物を枯らし、根を広く伸ばしていく。
この毒は人間に作用するほど強くない。また無臭なので、フェイクリーフを知っている者しか気づくことは難しいだろう。雑草と思って抜いても核となる部分が残っていたら再び生えてくる。
「フェイクリーフ、ですか」
「ええ」
「被害がこの畑だけに留まっている理由は?」
「フェイクリーフは最初に種が落ちた所に核となる根を生やします。そこを中心として広がるけど無限に広がっていくわけじゃない。そうじゃないと大陸中がフェイクリーフで溢れてますからね」
「では、種を撒くとなると土の中にしっかり埋めなければいけませんか?」
「いいえ。放り投げるだけで十分です」
エンフィが再び笑みを浮かべるが、そこに親しみやすさは少しも感じない。怒りが滲み出ている。
まさか心当たりがあるのだろうか。
「だいぶ前のことだと記憶していますが、一度だけこの畑に同胞以外が立ち寄ったことがあります。一瞬のことであれば我々も気づけなかったかもしれません」
「それは誰」
「……行きましょう。案内します」
私は青褪めているリーリーの手を握る。不安そうな瞳が揺れているが、私は安心させるように笑みを見せた。
「大丈夫ですよ、リーリー」
「シシュ様……」
「ラスカから、この畑をどうにかできるなら好きに使っていいって言われてます。今度一緒にどうですか?」
「ほんと……?」
「ええ」
毒と聞いて怯えていたリーリーは少しだけ元気を取り戻したようだ。
私にぴたりとくっついて、エンフィの案内のもと歩き始める。
向かった先は集落の中心部。そこにはラスカと談笑する小太りの行商人の姿があった。すぐ近くに木箱が積んである荷台と、脚を休ませている馬も見える。
近づくと、「ようやく来たか」とラスカが振り返る。
隣の行商人も気づいて、私を見ると驚愕したかのように目を見開く。獣人だけの集落に人間がいるのだからそうなるだろう。それともこいつが魔封じの腕輪を仕入れた者か?
エンフィが私の隣に立って、行商人の男に微笑みかける。
「こちらは魔術師のシルビア様です。魔法の研究のために滞在なさっています。シルビア様、この方はマルトン・カービン様です」
リーリーが疑問の声を上げそうになるが、エンフィの目配せを受けるとすぐ口を閉じた。
ラスカは顔色一つ変えずに私を「シルビア」と呼ぶ。エンフィが私の名前を誤魔化しただけで何かあると察したようだ。
私も、エンフィが言っていた畑に近づいた人物がこいつであると把握した。私と視線が合うと人好きの良さそうな笑顔を浮かべる。
「これはこれは、ずいぶんとお若いですな」
災厄の魔女の名前が人間たちの間に出回っていないことは、リーリーが持っている絵本からわかっている。
それにもかかわらず私の名前を誤魔化したということは、エンフィはマルトンのことを信用していない。そして私を魔術師として紹介した。
魔術師だと聞いた途端、マルトンはわかりやすく気味の悪い笑みを浮かべた。しかしどこか緊張感のようなものを感じる。
「初めまして。シルビアと申します」
「魔法の研究でこんな地域にまで……。いやはや、勤勉なのですなあ」
「魔法を極めるのが生涯の望みですから。カービン殿も大変でしょう、結界があるとはいえ魔物は怖いですから」
「いやいやそんな。あまりこの辺りに来る同業はおりませんからな。必要とする声があれば行きましょうとも!」
「まあ、勇敢なのですね」
わかってる。自分でも「誰だこいつ」と思いながら喋っている。羞恥心と戦いながらマルトンと接している。だからラスカに生温かい視線を向けられると、もういっそのことこの小太りをぶん殴って終わらせようかと思えてくる。
「カービン殿はこの集落の命綱だと伺っております。それで、この辺りのことにお詳しいと思うのですが……」
「おや。何か知りたいことでも?」
持っていた葉を見せる。この男はとても素直なようだ。その笑みが引き攣った。
しかし商売人だ。すぐ隠し、不思議そうに私の示した葉を見る。
「薬草、ですかな?」
「ご存じありませんか?」
「ええ、まったく」
「集落の畑について皆様から相談を受けているのですが、この植物が悪さをしていたようでして」
「そ、そうなのですか」
「はい。それで話は変わるのですが、カービン殿は一度その畑をご覧になったことがおありだとか」
「え、ええ。はい。ラスカ殿より相談がありましてな」
マルトンは、ラスカから畑に新しく植える作物のことについて相談を受け、畑の規模を見ないことにはと、現場へ足を運んだと話す。相違ないかラスカを見ると、彼も頷く。
「そのときに何か気になることはありませんでしたか」
「ずいぶん前のことですからなあ……。申し訳ない」
「いえ、構いませんよ。ところで……」
ここまで皆の前で話せば十分だろう。私はマルトンへ身体を寄せ、彼にだけ聞こえるように囁く。
まあ、獣人の耳にはすべて聞こえているだろうが。こういうのはパフォーマンスだ。
「私にはこの葉について知識があります。彼らにすべて語ってもいいのですが」
案の定、マルトンは顔色を青くして、私の腕を掴むと大慌てで荷台のほうへ向かった。
そしてラスカたちのほうへ振り向くと「少々お待ちを!」と叫ぶ。
悪知恵は働くが悪いことをするための度胸が足りていない。これでは何かありましたと白状するようなものだ。
「おおかた、彼らが泣きついてきたら専用の魔法薬を高く売りつけようとでも考えたのでしょう? それとも、自給自足ができないまでに追い込んでから食料を高く売ろうって? 本当はすべての畑に種を植えたかったけど、獣人の目を盗んでやるには一つの畑にしか無理だった。結果、彼らは広いほうの畑だけでも十分に生活を送れている。あなたに残ったのは、利益の可能性ではなく恨まれる可能性だけ。ずいぶんとお粗末な計画でしたね」
「……このこと、彼らには」
「私欲しい物がいくつかあるんです。荷台を見せていただいてもよろしいですか?」
「お好きにどうぞ……」
どれどれ……っと。
魔法薬を作るのに必要な薬草が数種類と、道具一式はさすがに置いてないようだけど応用できる物ならあるからそれを一式。
それから色々な植物の種。クッションもある。家の物はほとんど化石だから変えてあげよう。それから……。
「お支払いのほうは?」
「は、半額で」
「私うっかり彼らの前で話してしまうかもしれません」
「差し上げます!」
「ありがとうございます」
ここまでの会話がすべて聞こえていたのか、ラスカは笑いを堪えるのに必死で、エンフィはリーリーの耳を塞いでいた。
何もわからず不思議そうに首を傾げるリーリーだけが、この場で私の癒しとなっていた。




