4-1 染み出る感情
ラスカの怪我はトールが泣きながら手当てをしていた。
他の獣人たちの反応は意外にも私が想定していたものとはまったく違っていた。
どうしてか私に対する悪感情というものがやや薄れているように見える。先に集落へ着いたエンフィが彼らに何をどう伝えたのか、ラスカのピンチを私が助けたのだという話になっていた。
本当にどういうことなの。
まあそういうわけで、私は災厄の魔女であると同時に、彼らのリーダーの命の恩人となったわけだ。
だからといって私に喜色満面で接してくるなんてことはなかったけれど、それでも視線が合うたび舌打ちされたり顔をしかめられたりすることはなくなったのだから気持ち的にはだいぶ余裕ができた。
じろじろ見られることには変わりないのだけど。それでも嫌悪をぶつけられるよりかはマシといったところか……。
それから、魔封じの腕輪の術式については解析を少しずつ進めている。と言っても、周囲の目がある中で腕輪に刻まれている術式をじっくり眺めるわけにはいかないので、一人になった少しの時間に進めるしかない。
術式は魔術師の癖が出るから、刻んだ本人じゃなければすぐに見定めることは難しい。
同じ効果を発動させるのだとしても、私が術式を組むのと他の魔術師が組むのとではアプローチの仕方が若干異なったりしてくる。
料理に例えるなら、先に食材を切っておくかそれとも調味料を予め作っておくかのようなもの。最終的には同じ料理になるのだとしても、作業工程が異なるとレシピの書き方だって違ってくるだろう。
だから魔法にしろアイテムへの術式付与にしろ、他人が作り上げたレシピを理解するにはまず内容をしっかり読みこまないといけないのだ。
そういうわけで現状の、私に対する彼らの悪感情の減少は少し助かるかなといった感じだ。
災厄の魔女への恨みから、手負いのラスカの目を盗んで私を殺そうとしてくるかもしれない可能性はあったし、そうならなくても私に対して何らかの攻撃があったかもしれない。
魔法で抵抗できないうちは危ない火種はないに限るので、エンフィの嘘に乗っかっておこうと思う。彼らが私に話しかけてくることはないので、エンフィが訂正するまで嘘が露呈することはないと思うし。
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「シシュ様、今日ね一緒にお買い物しよ!」
朝食の席で、リーリーが目を輝かせながらそう言った。
色々と考え事をしていた私は一瞬止まって、それからすぐ思考を切り替える。
ラスカとホーリーミントの群生地を探しに行って数日。もう行商人がこの集落を訪れる日となっていた。
リーリーは私にプレゼントを買いたいのだとか。しかし先にラスカがホーリーミントを換金しないと買い物資金は手に入らない。
一応ラスカに視線を向けると、ラスカが飲んでいたスープから口を離す。
「リーリー。先に大人の買い物が先だ。お子様は順番待ち最後尾だぞ」
「ぶーぶー」
今回換金するのはホーリーミントだけじゃない。
大量に仕留めた鋭貫兎を捌いて、肉は薄切りにして塩漬けにしている。それは後で乾燥させて集落の備蓄食料に回し、皮は大した金額にはならないが数が多いので少しはまとまった金になるとして、ホーリーミントと一緒に買い取ってもらうことになった。
角は私が貰っていて、使い道はもう決まっているのでそれはまた置いておいて……。
食事を終えたラスカが先に家を出て行く。買い足す必需品の確認は昨日までに済ませていたようで、あとは行商人が来るのを待つだけらしい。
私とリーリーも遅れて朝食を終えて、リーリーは食器を洗いにキッチンの流し台へ向かう。
この時間を利用して腕輪に刻まれた術式を確認する。
術式の効果をわかっているとある程度どういった術式の組み方なのかわかるもので、あともう少しで掴めそうな気がするのだ。ここはまた地道にバレないようやっていくとして……。
「リーリーは余っている畑のこと知ってます?」
食器洗いを終えて戻ってきたリーリーに訊ねる。
私が与えられたクッション以外はほとんど板のような物なので、私はリーリーを膝に乗せて座った。リーリーは私からの質問が嬉しいのか、頬を紅潮させる。
「知ってるよ。いつもの畑の作業小屋の後ろにあるんだけど、使えなくなっちゃったから放っておいてるんだって」
「そこ見に行きたいんです。案内してくれませんか? その後で一緒に行商人の所へ行きましょう」
「うん、わかった!」
これで時間稼ぎはできるだろう。畑のことも気になっていたし。
リーリーが私の手を引いて畑へ向かう。
他の獣人たちはラスカの手伝いで出ているのか、畑のほうには一人もいなかった。リーリーの言う通り、農具などの保管場所である作業小屋の裏手に使われていない畑があった。規模はそれほど広くない。
「作物が育たないって話だったけど、雑草はしっかり生えてるんですね」
「そうなの。だからラスカ様、何でかなあって悩んでた」
見たことのあるような草が一面を埋めている。
この集落は結界水晶が問題なく機能しているのだから、大気中に含まれる魔力が欠乏しているわけではなさそうだ。植物を育てるのにも微量の魔力は必要なので、何らかの理由で魔力が不足していると育たず枯れることがある。
しかし見た通り雑草が生い茂るくらい大気中の魔力は足りているように見える。そもそも不足していると結界水晶が停止して魔物の襲撃を受けるのだから、すでに集落は壊滅状態になっているだろう。
私は屈んで土を手に掬い、匂いを嗅いでみる。
見事に土の匂いしかしない。何か薬物が混ざっている様子はない。魔術師の視点から見て、この畑の土は痩せて死んでいるようにも感じられない。まだまだ現役で活躍できそうに見える。
「シシュ様、何かわかった?」
「そうですね……」
畑の全体をぐるりと見回してみる。
同じ雑草が生え茂っているだけで、これといって特におかしな様子は見られない。作業小屋を挟んで向こうにある畑は問題なく使えているのだから、集落全体の土壌が悪いわけでもないだろう。
魔法が使えたら土壌調査も簡単にできるが、そんな理由でこの腕輪を外してくれるわけもないだろうし……。
少し悩みながら畑と睨めっこしていると、この雑草に妙な違和感を覚える。
「この葉の形……」
「葉っぱ?」
ギザギザの葉を一枚千切ると、リーリーが不思議そうに手元を覗いてくる。
「これどっかで……」
何か気になる。しかしこの集落に薬草の図鑑が置いてあるのか? 絶対ない。
手に持ったまま周囲を見て、ふと気づいた。
畑一面を埋めている雑草は一種類だけだ。普通は様々な種類の草が生えているものだろう。一切の手入れがされていないのだから。
それなのに、ここには一種類しか生えていない。この区画だけがそうだ。他の場所には数種類の雑草が生えているのに。
「これが生えてきたのって、いつからか覚えてますか?」
「そちらは一年くらい前でしょうか。作物が育たなくなってから徐々に生えてきたかと」
柔らかな声が背後から聞こえた。
私とリーリーが振り返ると、優し気な微笑みを携えたエンフィが私たちを見下ろしている。足音一つ聞こえなかった。
心臓に悪過ぎる。ラスカから、エンフィは私のことを強者だと思って殺気をぶつけてきたんだと頭を下げられたのだが、私を災厄の魔女と知ってて殺気をぶつけてくるとは……。
これだから獣人は狂戦士のようだと人間から距離を置かれるのだ。
「エンフィお姉ちゃん!」
「ラスカ様がお呼びでしたので……。でも気になりますね、その雑草が原因なのでしょうか」
「かもしれないけど……。図鑑がないし私もうろ覚えだから確証はないけど、これただの雑草じゃないと思います」
土に染み出しても無臭で、一見するとただ作物が枯れたように見える。
状況によっては土が痩せてしまったと考えるのがほとんどで、気づくのは更に進行してからだ。
ただそうあることじゃないから一般に知識が出回っていないのは仕方ないことだろう。
私の隣に屈んでエンフィに葉を一枚渡す。彼女はそれを興味深そうに眺めると「何か変なようには見えませんが」と呟く。
私もこれを教わったのは五百年前だ。現物は見たことがなく、文章と絵で特徴を知っているだけである。
「これ、たぶん毒ですよ」




