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悪役令嬢妹のために悪役を演じ続けた公爵令嬢でしたが、すべてを知った辺境伯が『あなたこそ王国の宝だ』と言って離してくれません  作者: 折本装置


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四話

 馬車が辺境伯領へ入る頃には、空は茜色に染まっていた。

 窓の外には広大な森が広がり、遠くには雪を頂上に被る山々が見える。

 すでに冬は終わり、春に差し掛かるというのに辺境伯領の過酷さが垣間見えるようだった。



 王都とはまるで違う、人を拒絶するような自然の風景。

 しかし、馬車から窓の外を見るエンヴィーは、決して悪いものだと思わない。



「……きれい」



 思わず漏れたエンヴィーの声に、ミミクは穏やかに微笑む。



「お気に召しましたか。」

「ええ、とても。こんな景色を見るのは初めてです」


 その言葉に、ミミクは形のいい眉を上げる。


「避暑旅行などで、綺麗な景色を見る機会もあったのでは?」

「私、そもそも参加しておりませんので」



 公爵家で旅行に行く際も、エンヴィーは大抵留守番だった。

 連れて



 誰よりも忙しく、誰よりも自由がなかった。

 純粋に景色を見る余裕があったことなど、一度たりとも。

 ふと、エンヴィーはミミクが自分を心配そうな目で見ていることに気づいた。

 いけない、心配をかけないようにしなくては。

 役割を終えたからと言って、少し気が緩みすぎている。



「もうすぐ屋敷です。」


 やがて馬車は大きな門をくぐった。

 その瞬間だった。



「「「お帰りなさいませ!!」」」


 合唱のごとく、大勢

 屋敷の使用人だけではない。

 騎士が、料理人が、侍女が、文官が。

 商人が、農民が、鍛冶屋が、子供が、老人が。

 数百人もの領民が辺境伯領門の前に集まっていた。

 エンヴィーは目を丸くする。



「……え?」



 何かのお祭りだろうか。

 そう思って馬車を降りようとすると、



「エンヴィー様!」



 年老いた女性が涙を流しながら駆け寄ってきた。



「お会いできる日を、ずっと待っておりました!」

「え……?」

「娘の命を救ってくださって、本当にありがとうございました。」



 続いて、若い母親が深々と頭を下げる。



「薬草園を造る資金をくださったおかげで、冬を越えられました。」

「うちの村もです!」

「橋も!」

「診療所も!」

「学校も!」



 次々に感謝の声が飛び交う。

 エンヴィーは完全に固まってしまった。



「ま、待ってください」

「私は何も……」

「いいえ」


 ミミクが静かに言う。



「あなたは覚えていなくても」

「皆は忘れていません」


 執事が一冊の帳簿を差し出した。

 そこには何十年分もの寄付記録が残されていた。

 差出人はすべて匿名。

 しかし筆跡だけは同じだった。

 エンヴィー自身の字。



「そんな」


 困っている人がいるなら。

 ただ、それだけだった。

 見返りなど一度も求めたことはない。


「どうして皆さん、お礼を……。」


ぽつりと漏らしたその一言に、広場は静まり返る。


「当たり前です。」


 燕尾服を着た、執事と思われる老人が目を潤ませる。


「エンヴィー様に感謝しない者など、この領にはおりません」

「あなたは名前も名乗らず、何年も私たちを助けてくださいました」

「ようやく、お礼が言える」

「本当に……ありがとうございます」


 領民たちが一斉に頭を下げる。

 その光景を前に、エンヴィーは立ち尽くしていた。

 誰かに感謝されたことなど、一度もなかった。


「私は……」


 何を言えばいいのかわからない。

 そんな彼女を見たミミクは、そっと隣に立った。


「エンヴィー様」

「ここでは、もう一人で抱えなくていいのです。誰もが、貴方の味方なんですから」


 その一言だけで十分だった。

 エンヴィーは、うつむいて、軽く拳を握った。

 こみあげてくる感情が、あふれてこないように。

 ミミクが、彼女に優しい視線を向けていることには、気づかないふりをした。



 ◇



 ――その頃、王都では。


「姉様は……本当にあんな人だったのでしょうか。」


 バーシャは自室で、一冊の日記を読み返していた。


『今日もエンヴィー様に階段から突き落とされそうになりました。』


『エンヴィー様は私のドレスを切りました。』


『エンヴィー様に毒を飲まされそうになりました。』


 どれも幼い頃の日記だ。

 筆跡も、間違いなくバーシャ自身のものだ。

 しかし、どれだけ読んでも思い出せない。


(私……本当に見たの?)


 その時、一枚の紙が日記から滑り落ちた。

 見覚えのない羊皮紙だった。

 そこには乳母の筆跡で、たった一行だけ書かれていた。



『次の日記も、前回と同じ内容で清書いたします』



 バーシャの顔から血の気が引いた。

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