表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械仕掛けのエデン  作者: null
二章 鋼鉄の扉

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/21

鋼鉄の扉.1

二章スタートです!

少しずつ謎が浮上してくるこの感じをお楽しみ頂けたら、嬉しいです!

「…っていうことがあったんだよ、マザー」


 ルイが立ち入り禁止区域に足を踏み入れているのを目撃してしまった夜、私は、この胸の中の不安とか、緊張感とかを解きほぐすために、偶然私の部屋を訪ねてきていたマザーに一連の出来事を話していた。


「ふむ…」と考え込むように呟いたマザー。


 ルイの行いを告げ口したことについては、ほんの少しだけ、良心の呵責を覚えていた。しかしながら、やはりどうしてもこのモヤモヤをそのままにはしていられなかった。


 マザーは何度か瞳を模したレンズを明滅させると、優しく穏やかな声で、「アイ。少し大事な話をするから、ベッドにかけてもらえる?」と促した。


「うん」


 私はマザーの指示通りにベッドの上に移動した。そうすれば、マザーも白いドレスの裾を引きずって私のそばまで近寄ってきて、とても大事な秘密を語るように静かな声でルイに関して説明した。


「これから話すことは、さっき言ったように大事な話よ。だから、他の誰にも言わないことを約束して頂戴」


「うん。分かった。マザーが言うことは、きちんと私守るよ」


「ええ、ありがとう。私も、真っすぐな貴方が結んでくれる約束を疑うようなことはしないわ」


 その言葉に、私は自分に正直に、偽りなく生きてきたことを誇りに思うことができた。それに引っ張られるみたいにして、ツヅリが私を誉めてくれたことを思い出した。


 言われたときは、『バイタリティ』なんてよく分からない単語だったが、少し調べたらすぐに分かった。とどのつまり、生命力、活力に満ちた人間だと言ってもらえたのである。


 そう言えば、彼女は続けて、『生きている人間そのもの』とも言ってくれたが…少し妙な言い回しだ。みんな生きているのだから、特別なことじゃないはずだ。


 そのまま回想に耽りかけたところで、マザーが本題に移る。それで、私も再び集中を取り戻す。


「実は、ルイが立ち入り禁止区域に足を踏み入れるのは、初めてのことではないの」


「え?」


「ルイは…えぇ、そう、過去に八回、他の区域も含めれば十二回、立ち入り禁止区域を探検しているわ」


 なんと、マザーはすでに知っていたのだ。


 私は目を丸くし、声を大きくして尋ねる。


「マザー、知ってたの?」


「ええ」


「だったら、どうして止めないの?危ないんでしょ、廃棄処理区域って」


「もちろん。だから、私も、先生も止めているわ。だけどね、ルイは人一倍好奇心が強くて、何でも知りたがるから、止めたって聞かないのよ」


「そんな…それでいいの、マザー?誰か、他に真似する人が出てきたりしたら…」


「そうは言ってもね、アイ。ルイを寮の自室に閉じこめておくわけにもいかないでしょう?」


 マザーはルイの身勝手にため息を吐くと、少しだけ手厳しい口調になって窓の外を見やった。


「好奇心は猫をも殺すと言うわ。…大怪我をしたりしてからでは遅いのに…」


 酷く物憂げな声音。マザーは優しく慈悲深いから、きっと、不良生徒のルイのことでさえ心配してくれているのだ。


 私はマザーの辛そうな姿を目の当たりにして、きゅっと心臓が締め付けられるような心地になった。そして同時に、こんなにも優しいマザーを困らせ、苦しめるルイのことをちょっとだけ嫌いに思った。


「マザー」


 私はマザーの冷たい手に自分の手を重ねる。


 伝われ、と思った。


 冷たい手を介して、貴方の暖かな心に、私の貴方を思う気持ちが、伝われと。


「ルイが怪我したって、マザーのせいじゃないよ。痛い思いをしないと分かんないのかもしれないし」


「でもね、アイ…」


「大丈夫、分かってるよ…心配なんだよね、マザー」


「…ええ」


「それなら、私のほうでもルイが危ないことをしていたら、声をかけてみるから。ほら、私ってば優等生だからさ!」


 最後の一言は冗談だったが、マザーは少し安堵した様子で頷き、「レポートは忘れるような優等生だけれどね」と意地悪を口にした。だが、「それは余計だよ!」と唇を尖らせた私に対して彼女は、こんなことを慈しみ深く告げた。


「…そうね、アイの心は、善良さという意味では、本当に優等生そのものよ。周囲を慮ることのできる優しさと勇気――いつまでも、失くさずにね」




 それにしても、マザーがルイのことを黙認している事実には驚かされた。


 この学校内においても、守るべきルールはたくさんある。その中には、破っても軽く注意されるぐらいのものもあれば、だいたい看過してもらえるものもあるし、厳しく叱責されるものもある。そして、『立ち入り禁止区域に足を踏み入れること』は、破れば、最も厳しく咎められるルールでもあった。


 大人の代わりに子どもたちを世話している義体たち、総出で叱られるだろう出来事。


 それなのに、ルイは黙認されている。好奇心が強く、止めても聞かないからという理由だけで?


 私はその事実に少し疑問を覚えた。ちょっと不平等だ、と思ったのもあるが、その特別扱いが許される彼には、何か秘密があるのではないかと子どもじみたことを考えてしまったのだ。


 フィクションの中の王子様でもあるまいし、とも自分で思うが、一体、どういうことなのだろう。


 それらをマザーから聞いた次の日、私は早速、ルイのことをレイジに相談してみた。


 昼休み、学生食堂で私の話を聞いたレイジは、唐揚げにお箸を勢い良く突き刺すと、じろりとこちらを不機嫌そうに睨んだ。


「美味いもんの前で、あいつの名前を出すな」


 たった一言、それだけだった。


 どうやらレイジは、ルイに煽られたことがよほど屈辱的だったらしく、彼の名前を出す前から眉間に寄せていた皺を、ますます深くした。


 唐揚げを食いちぎるみたいに食べる彼の姿は、まさに野蛮そのものだ。だが、私は知っている。彼はああ見えて繊細だ。繊細な自分を守るために他人を傷つけてしまうこともあるが、それをどうとも思わない人間では断じてない。だが同時に、人を頼って相談したりする人間でもない。


(…傷ついたんだろうなぁ、昨日)


 私は食事中だったが、頬杖をつき、彼を見つめる。レイジはその視線に気がつくと、鬱陶しそうに、「なんだよ」と言った。


「別に。レイジの言う通り、美味しいご飯の前でする話題じゃなかったなって思っただけ。ごめん」


 彼の言い分を受容した私に対し、レイジは肩透かしを食らったような顔で、「お、おう」と呟いた。それからややあって、箸をプレートに置くと、バツが悪そうに口を開く。


「マザーとか先生が考えていることは、俺には分からねぇよ」


「…うん」


 結局、話してくれる。そう、彼はこういう男だ。


「ただ…そうだな…あの野郎は、陰気臭くて、運動神経が悪いが…スリルを求めてああいうことをする奴には見えないな」


 私はそのコメントに少し驚いた。まるでレイジがルイのことを知っているみたいだったからだ。


「レイジってルイと交流があったっけ?」


「ねぇよ。そういう気がするってだけだ。――この話は終わりだ。飯食うぞ」


 また獣みたくガツガツご飯を食べ始めたレイジは、最後にもう一言だけ、「まだ気になるってんなら、ツヅリとしろ。あいつ、様子おかしかったろ」と言い残してからは、一言たりともルイのことをしゃべらなかった。




 結局私は、次の週末になってようやくツヅリに声をかけた。それまで毎日のようにツヅリに話しかけていたのにそれをしなかったのには理由があった。


 彼女は先の一件以降、酷く暗い顔をして学校に通っていた。元々明るい顔をしていることのほうが少ない彼女だったが、その傾向に拍車がかかって見えたのである。


 ツヅリのほうも、私が寄って来たって気づかない様子がほとんどだったし、仮に気づいていたとしても、少し前みたいに小首を傾げて反応してみせたり、挨拶したりすることはなくなっていた。


 どこか、変に見えた。…そう、諦めに支配されているふうに…。


 しかし、いつまでもこうしてはいられなかった。ルイのことを誰かと話したかったこともあるが、せっかく仲良くなれたのに、このまままた距離が離れるのが嫌だった。


 マザーも私の背中を押してくれた。彼女が言ってくれた、『優しさと勇気』を大事にしたいと改めて思った。


 その日の放課後、私はすぐにツヅリの姿を探した。カラオケでも誘ってみよう、と思ったのである。


 だが、ツヅリはすぐに行方が分からなくなった。色んな人に聞いて回るうちに、先生が、ツヅリを展望台の近くで感知したようだと教えてくれた。


 私は急いで展望台に向かった。


 学校を出て、レジャー施設が並ぶ方向とも、寮の方向とも違う方角へ向けて早足になる。


 時刻は16時前後。少し早いが、疑似太陽が沈み始めている。陽光は朱を帯びて美しく輝いていた。


 展望台は、地下に作られたシェルターから地上の世界を見ることができる数少ない場所だ。長い上り坂の果てに、分厚いガラスで覆われたドームに出ることができる。私たちの住むシェルターは閉塞感を覚えずに生きられるよう、外壁に青空や地平線を映しているため、展望台に出ると、妙な感じがする。外の外に外の世界がある…みたいな感じなのだ。


 坂を上り進めれば、岩壁が姿を現す。その岩肌に黒い扉が埋め込まれているのだが、これが展望台への扉なのである。


 その前に立てば、自動でドアが開く。鋼鉄の壁が四方に現れて、狭い洞窟みたいな道へと私を導いた。


 実を言うと、少しだけ私は展望台が苦手だった。


 だって、この場所は、まるで別の世界だったから。


 冷たい鋼鉄の扉、試験管の中みたいに狭い通路、厚いガラス越しに見る外界…。


 でも、足は一度も止めなかった。ツヅリがこの先にいるとしたら、話すのに好都合なシチュエーションだと思ったからだ。


 鉄の階段を二十段くらい上がれば、ガラスのドームが真横から真上に広がる空間――展望台に出た。

次回は土曜日、日曜日に連続で更新致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ