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機械仕掛けのエデン  作者: null
一章 貴方に近づきたくて

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貴方に近づきたくて.3

 自然と漏れていた鼻歌は、その旋律自体に羽が生えているかのように軽やかに、寮の自室をふわふわと舞っていた。


 学校に通っている私たちに与えられたこの部屋は、おおよそ六畳半ほどのリビングと、狭い台所、ユニットバスで構成されている。とはいえ、食事は基本食堂で取るから、台所は夜食や飲み物を作るときくらいしか使わない。バスタブも、大浴場を使いたくない人が使っている程度であろう。私は一度も使ったことがない。


 毎月貰えるクレジット(いわゆるお小遣いだ)でコツコツと買い溜めた私物は、ほとんどパステルカラーで染められていた。小さなテーブルも、ベッドも、ぬいぐるみが飾ってあるコレクションボックスも、全部だ。


 私はぴょん、と窓枠に腰かけると、窓を上にスライドさせて外を眺めた。危なげに聞こえるかもしれないが、窓にはきちんと落下防止の格子がつけられているから安全だ。


 格子の隙間から見える大空には、美しい星々と瑠璃色の夜が広がっている。今日と言う日に相応しい、艶やかなものだ。


 気持ちの良い風が、毛先が緩く波打った私の髪を揺らす。物心ついた頃からショートヘアにウェーブをかけたこの髪型だ。変えたことはない。これが一番、自分に似合う気がしていた。


 私は外の風景から、自分が持っているブックリーダーへと視線を移した。画面には、ツヅリが初心者でも読みやすいだろうという理由から推薦してくれた書籍のタイトルが表示されている。


 いわゆる、ラブストーリーだった。初めツヅリは、シリアスで悲しい恋の物語をオススメしてきたのだが、もっとライトなやつを、と私がお願いしたところ、こちらを紹介してくれた。


 学校で繰り広げられる、ガールミーツガールの物語。王道だが、今の自分とツヅリの関係に重ねられる気がして、なかなか悪くなかった。


「さぁ、早く読み終わって、感想をツヅリさんに伝えるぞー!」


 そして、また新しい作品を紹介してもらう。


 それを繰り返せば、自然と二人の仲は深まるだろう。波長が合えば、ツヅリも自分を恋愛対象として認識し始めるかも…しれない。


 私は早速、始まりの一ページ目をめくる。


 あぁ、なんて胸の高鳴る瞬間だろうか?これはもしかすると、私とツヅリの恋愛譚の始まりでもあるかもしれないのだ。


 鼻歌はまだ続いていた。だが、それは物語を読み進めていくにつれて、小さく、静かに…やがては何も聞こえなくなった。


「…」


 目をこする。一生懸命集中しようとしているせいか、少しの時間で眠くなった。


 がくん、と頭が大きく上下したのをきっかけに、私はそっと顔を上げて窓の外を眺めた。


「…ねむぅ…」


 ダメだ。眠気がすごくて集中できていない。いや、逆か。内容が難しくて頭に入って来ないせいで、集中できずに眠くなっているのだ。


「……いや、いやいやいや!なにしてるの、私!ツヅリさんと仲良くなるチャンス!頑張らないと!」


 私は一つ大きな伸びをしてから、再び物語に集中しようとした。しかし、やっぱりそれが難しい。


 普段、本を読まない私にとって高いレベルの作品だったのかもしれない。漫画ぐらい分かりやすいなら別だが…。


「どうしよぉ…これじゃ、『紹介してやったのに、まともに読まない奴』って思われちゃう…」


 そんなことになったら、仲良くなるどころか逆効果だ。だが、このまま眠気と格闘しても勝算は低い気がする…。


 打つ手がないような気になった私が思わず頭を抱え、大きなため息と共に窓枠になだれかかったときだ。


 コンコン。


 突然、自室のドアがノックされた。


 時計の針は22時を指している。就寝時間になっての訪問は規則違反だが…。


「はい」と一応、返事をする。すると、扉の向こうから、優しく穏やかな声が返ってきた。


「アイ。私よ。入っても構わないかしら?」


 この声、すぐにぴんときた。


「あ!マザー!」私は窓枠から降りて朗らかに笑う。「いいよ。入って!」


「ありがとう、アイ」


 そう返事が来るや否や、ピピッ、という電子音と共に扉が開かれる。


 ロックが外れた扉の向こうから現れたのは、雪だるまみたいなフォルムをしたボディに、二本の腕、そして小さな頭…それらをすっぽり覆う白いドレスを身にまとう義体――マザーであった。




「なるほど、珍しく本を借りた形跡があったと思ったら、そういうことだったのね」


 マザーは私が読書で躓いていること、そもそも、どうして読書なんて始めようかと思ったかの経緯を聞くと、ベッドに腰かける私の前で、ふふっ、と笑った。


「あー…あはは、不純な動機ってやつかなぁ、やっぱり」


「いいえ、立派な動機よ、アイ。好きな人のことを知りたいがために、その人の好きなことをする…これは人類が積み上げてきた長い歴史の中で普遍的に行われてきたことだわ」


「ふ、ふへん…?」


「ずっと変わらず、ということよ」


 すっと、マザーの腕が伸びてきて、私の髪に触れた。


 壊れ物を扱うみたいに、慈悲深くて、優しい手つきだった。


「ふふ、くすぐったいよ、マザー」


 人間の手のひらみたいに、温かくはなかった。でも、冷たい表面は、確かに私の心を温めている。


「アイ。段々と大人になってきているのね。嬉しいわ」


 マザーの心底嬉しそうな声を聞いて、私の気持ちも自然と嬉しくなる。


 マザーは、この大きなシェルター全体の子どもたちをお世話してくれる、とても頼りになる存在だった。


 誰かを酷く傷つけたときには、それはもう烈火の如く怒られるが、みんなが落ち込んだり、悲しんだり、傷ついているときには、そっとそばに来て、傷を分かち合い、癒してくれる。今日みたいに何かに困っているときも、ふらりと現れて話を聞いてくれるのである。


「ありがとう、マザー」


「いいのよ。でも、そうね…。このままじゃ、読み進める前に居眠りしてしまうかもしれないわ」


 マザーはそう笑うと、ピカピカ、と瞳(実際はレンズか何かだろう)を点灯させてから、「眠気を抑える飲み物を入れましょう。後、難しい言い回しや単語は私に聞いて?教えてあげられるから」と告げ、台所に向かった。


「え、いいの?私、馬鹿だからたくさん聞いちゃうと思うよ?」


「学ぼうとしている者に、お馬鹿さんはいないわ。たくさん聞いてね、アイ」


「わぁ、マザーって素敵!」


 マザーはすぐに飲み物を持ってきた。白いカップに注がれていたのは、ブラックコーヒーみたいだった。正直、苦いから少し苦手だったが、マザーの気持ちを無下にしたくないことと、ツヅリと仲良くなりたいという気持ちの前には、些細な問題だった。


 それからおおよそ一時間程度。私はマザーのおかげで、その書籍をだいぶ読み進めることができていた。最後のほうは集中しすぎて一言も漏らさなくなっていたので、マザーが、「そろそろ消灯時間よ、アイ」と指摘してくれるまで、時間の流れを見失っていた。


 指摘を受けて、慌てて眠る準備を整え始めた私にマザーがふと尋ねた。


「そうそう、アイ。貴方、レポートを作る準備はできているの?」


「え、レポート?」


 一瞬、何のことか分からなかったが、すぐに課題のことを思い出して青ざめる。


「あ、げっ…やば」


 そうだ。結局、何も借りてきていない。これでは、ろくな内容が書けないこと間違いなしだ。


 また図書館に行くしかなさそうだ、と肩を落としかけていたそのとき、マザーがため息交じりにこう告げた。


「そんなことだろうと思って、私のほうで参考資料を用意しているわ」


「え!?本当?」


「ええ、本当よ。ほら、デバイスを出して」


 マザーの腕の先から、するりと伸びてくるコード。それが私の差し出したブックリーダーの上をなぞった直後、いくつかの書籍データが送られてくる。


「はー、いつもありがとう、マザー。マザーには足を向けて眠れないよぉ」


 マザーは私の冗談交じりのお礼を受け止めると、ふふっ、と笑った。


「そう思うなら、頑張ってツヅリと仲良くなるのよ。あと、期末テストで赤点を取らないこと」


 前者は頑張るが、後者はどうだろう。


 そんな気持ちが表情に出ていたのか、マザーはまた、ふふっ、と笑ってから私の頭を撫で、この場所を後にするのであった。




 ツヅリにオススメの小説を紹介してもらってから、一週間が過ぎた。


 始めこそ、本当に自分に読めるのだろうかと心配になっていたものだが、マザーの協力もあって、中盤以降はサクサク読み進めることができていた。


 あくまで親交を深めるための手段の一つとして始めた読書だ。しかし、なかなか悪くはないのでは、と私は考え始めていた。


 読み進めている達成感、新しい言葉の獲得に始まり、先が気になるストーリーを追体験するような感覚…。なるほど、人間が読書と切り離せないわけだ。


 週明けの放課後のこと。レイジからの誘いを断った私は、教室から出て廊下を歩くツヅリに追いつくと声をかけた。


「ツヅリさん、本!読み終わったよ!」


 私から報告を受けたツヅリは目を丸くしてこちらを見つめていた。


「あ、そう、ですか」


 すっと逸らされた視線。それだけで私は、ツヅリが何を言いたいのか察して口元を綻ばせる。


「その顔、私が読まないと思ってたでしょ?」


 図星だったのだろう、ツヅリはこちらに視線を戻すと慌てたふうに首を左右に振った。


「そんな、別に。ただ、私は…」


「私は?」


 こてんと、小首を傾げてみせる。そうすれば、彼女は観念したふうに短い息を漏らしてこう言った。


「こんなに早く読んでくれるなんて、想像していなかっただけです」


「あはは、なにそれ。嬉しいってことであってる?それとも単純な驚き?」


「え…」ツヅリはこの問いにも驚いた様子だったが、ややあって、気恥ずかしそうにまた視線を逸らした。「…半分半分です」


 少なくとも悪い感情ではないのだな、と安堵した私は、段々と嬉しくなってツヅリの隣に並んで歩いた。


 私は、きちんと読んだことが伝わるように本の感想を事細かに話した。


 何気ない出会いの場面、少しずつ深まっていく仲、衝突と不安…。とにかく、あのシーンが、とか、このシーンが、とか、きちんと具体的に言葉にした。


 ツヅリは端的な表現で私の感想にコメントを返す。それがいちいちクレバーに、かつクールに見えて、胸が高鳴る。


 無表情の隙間に挟まれる、遠慮がちなはにかみ、旋律のように紡がれる言葉。


 もっと、と思った。


 もっと、彼女と言葉を交わしたい。


 もっと、彼女の考えることを知りたい。


 もっと、彼女に私のことを知ってほしい。


 そう考えていたのだから、私が直後にこんなことを口にしたのは自然なことだろう。


「ツヅリさん、他のオススメも聞きたいんだけど、ダメかな?」


「他の作品ですか」


 少しだけ驚いている顔つきだったが、同時に、少し嬉しそうでもあった。


 ツヅリはしばし考え込む素振りを見せたかと思うと、そのうち恭しく頷き、「大丈夫ですよ。私なんかの紹介でよければ」と答えた。


「え、本当?うわぁ、ありがとう!助かるよ」


 想像していたよりもずっと色良い返事。スキップしそうになるのをどうにかこらえた。


「あ、でも、大事なことだから一言断っておくけど…私、ツヅリさんのオススメだから嬉しいんだからね」


「あ、はい…。ありがとうございます」


 ぽっ、と赤くなるツヅリの頬。可愛くてたまらない。かぶりついてしまいたいとさえ思った私は、どうかしてしまったのだろうか。


「私、ちょうどこれから図書館に行こうと思っていたところなんです。アイさんさえよければ、ご一緒にどうですか?」


 願ったり叶ったり、私は満面の笑みを浮かべ大きく頷いた。


「うん!もちろん。お誘いありがとう!」


「ふふ、はい」


 私はツヅリの顔を見て、あ、笑った、と驚きを覚えた。


 作り笑いだったり、それと見分けがつかない程度の微笑みだったりは見たことがあったが、今みたいにしっかり笑ったのは初めて見た。とても可愛い。


 良い風が吹いている。あのとき勇気を出したからこその、今だ。


 私は一週間ほど前の自分が出した勇気と、それから、いつも私の手助けをしてくれるマザーへの感謝を胸にスキップして、ツヅリの数歩先を行った。


 そして、うきうきした調子のまま振り返る。すると、ツヅリの向こう側にこちらをじっと見つめる先生の姿があった。


 何か用だろうか、と片眉を曲げると、先生のほうから近寄って来た。ツヅリもそれに気づき、笑顔を消して足を止める。


「アイさん。何かお忘れではないですか?」


 棘のある口調だ。


 私、何かしたかなぁ…なんてことを考えて小首を傾げると、先生はため息を吐いて私の頭を軽く小突いた。


「古代史のレポートです。提出日は一昨日だったはずですよ」


「え――あ、げっ」


 そうだ。思い出した。西暦人類に関するレポートの提出だ!


 せっかくマザーがフォローしてくれていたにも関わらず、忘れていた。しかも二度も。


「先週、アイさんがきちんと私の指導を受けて図書館に向かっていたのは記録されています。それにも関わらず、借りたのはどうやら、学術的資料ではなく、小説だったようではないですか。今まで一度も文学など触れもしなかったのに…」


「あ、ちょ、先生」


 慌てて先生の言葉を遮る。あの日、ツヅリに説明したこととは違う内容だったからだ。


 先生は数分、私に説教すると、土曜日の休みを返上してでも提出しに来るようにと厳しく言いつけてきた。


 私もこれにはぐうの音も出ず、とぼとぼと承諾するしか道はなかった。


 先生がその場を去ってから、私はツヅリに謝罪した。


「ごめんね、ツヅリさん。私のお馬鹿で無駄な時間使っちゃった」


「いえ、それは大丈夫です。それは…」


 もの言いたげなツヅリ。なんとなく、彼女の言いたいところは予想できていたが、私は知らない顔をして、「じゃ、行こうか!」と笑った。ツヅリに変な警戒心を抱かせたくなかったのである。


 しかし、数歩歩いたところでツヅリは足を止めた。私もそれに気づき、立ち止まって振り返る。


「アイさん、差し支えなければ聞いてもいいですか?」


「あー…な、何を?」


「…あのとき、図書館に来たのは課題のためだったんですよね?」


「う、うぅん、まぁ…」


「では、どうしてあんな嘘を?」


 そうなるよなぁ、と私は顔をしかめる。


 さて、どう答えるべきか。


 本当のところを言えば、ツヅリに私の下心がばれるかもしれない。だが、誤魔化しても決して良いことはないだろう。


 私は腹を決め、ツヅリのそばに近づいた。彼女が半歩下がったこと、表情が能面みたいになくなったことが、酷く私を不安にさせたが、やるしかない、と勇気を出す。


「嘘はね、吐いてないんだよ。私、本当にツヅリさんのこと知りたいって思ったんだもん」


「ですが」


「あぁ、うん、分かってる。えっとね、チャンスだと思ったの。あの場でああ言っておけば、自然な形でツヅリさんとお近づきになれると思ったから」


「チャンス…?そうまでして、私と?」


 どうして、と顔に書いてあった。


 だから私は、息を大きく吸って、彼女の繊細そうな白い人差し指を、自分の人差し指一本で絡めとって告げる。


「入学してからずっと、ツヅリさんのこと、タイプだなぁって思ってたの。ろくに話したこともないくせにって思うかもしれないけどね。…ここまで言えば、分かってくれるよね、ツヅリさん?」

次回の更新は火曜日となります!

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