遺灰で出来た世界へ.1
最終章のスタートです!
始まりは少し時間が戻ったルイ視点です。
――一カ月ほど前…。
僕――ルイは、マザーの追走を振り切り、廃棄物処理区画まで到着していた。
別に何かアテがあるわけではない。むしろ、ここは奴らの本拠地であるはずだから、この行動は自らの首を絞めるものだ。
だけど、僕はそれでもこうしたかった。
あまりもう時間が残されていないことを理解していたからこそ、半端なまま終わりにはしたくなかった。
生徒たちの中に、人間のフリをしている義体が混ざり込んでいる。
それが僕の導き出した黒幕の正体だった。
絶対に正しいという確信はなかったものの、それに近いものはあった。
理由はいくつかあるが、最も大きなものは廃棄物処理区画でアイと一緒に見た例の通路である。
あの通路の大きさは、子どもの僕たちが少し姿勢を屈めて通れる程度のもので、マザーや先生らのような図体では決して通ることができないのは明白だった。
だが、そうなるとあの通路は何のためにあるのか、という疑問が当然生まれる。
人間用、というのはありえない。ここは立入禁止区画だから、人が入るためにはできていない。昔は使っていたのかとも思ったが、それなら他にも同じ大きさの通路があって然るべきだ。
つまり、あの通路は人間と同サイズの義体のための通路と考えるのが自然だろう。
僕は残された時間の全てを賭けて、その通路までまたやって来ていた。
黒幕を退治したいとかじゃない。ただ、このシェルターの秘密を、僕たちに与えられた謎の全てを明らかにしたい…その一心で。
扉を開ければ、いつぞやに見た薄暗い通路に出る。肌が粟立つ感覚さえも興奮に変えて、僕は進んだ。
(突き当たりの扉…以前は開かなかったものだが…)
希望を込めてレバーを下ろす手に力を込める、が…無駄だった。開かない。
「おい、誰かそこにいるんだろ」
僕は扉をノックした。
返事はない。
「僕は与えられた手札で、多くの謎を究明したつもりだ。最後ぐらい、姿を見せてもいいんじゃないか?お前はきっと、人の姿をした義体のはずだ」
やはり、何も返ってこない。静寂が埃っぽかった。
「そうか…だんまりか…」
僕は俯いた。
諦めたのではない。次の手の準備をしていたのだ。
「今さら、おめおめと帰るという選択は僕にはないぞ」
腰のベルトに差し込んでいたある物を手に取り、顔を上げる。
「僕は本気だ。それを今から証明する」
両手を上げ、なんとなく、本で見た感じを真似て、目の高さにそれを掲げた僕は、深く息を吸い込むと、覚悟を決めて指を引いた。
バンッ!
直後、すさまじい破裂音と火薬の臭いが狭い空間で乱れ舞う。
反動で落としかけたのは、今まで立ち入り禁止区画からくすねてきたスクラップで作成した、お手製の拳銃だった。
(なんという衝撃だ)
想像を遥かに上回る反動に目を剝いた僕だったが、残念なことに扉には傷一つなかった。
「ならば、もう一発…!」
何発でも打ち込んでやろうと弾を入れ替えようとした、そのときだった。
ピピッ、と電子音がどこからか聞こえてきたかと思うと、扉が独りでにスライドした。レバーは見せかけだけで、電子扉だったらしい。
扉の向こうには、薄暗い部屋が広がっているようだった。僕はほんの少しの逡巡の後、中へと足を踏み入れた。
部屋の大きさは教室くらいだろうか。部屋の奥にある、天井からコードがたくさん垂れているドーム状の何かがひときわ目を引いた。その他には、いくつものモニター、電子機器、パネルなんかで充満している。
「ここは…」
管理室みたいなものだろうか、と思考を巡らせながら部屋の中を進み、ドームの向こう側に回れば、メカニカルなデザインをした大きな椅子が見えた。
その椅子からは、人間の足が生えていた――いや、違う。誰かが座っているのだ。
僕はその人物こそが、このシェルターで行われている実験の全てを操る元凶だと予測していた。そして、実のところ、それはツヅリなのではないかと思っていた。
彼女は不審な点が多かった。何かを知っているのに、何も口にしない。そのうえ、他者との交流を酷く避けている。
「君が黒幕ということだな」銃口を椅子に対して水平に構える。「姿を見せてもらおう。君を撃ったところで、チップを変えて再起するだろうから…たいした意味はないのかもしれない。だが、嫌だろう、単純に。機械の君たちの嫌う、無駄だ」
しばしの沈黙の後、それはぎぃ、と椅子を鳴らしながら答えた。
「どうでしょう。無駄も悪くはないものだと、ここ最近、私は学びましたが」
予想とは違う声音に目を大きく見開く。同時に椅子を回転させて姿を現したのはツヅリではなく、白い髪と青い瞳が印象的な少女、マキナだった。
「マキナ、君、だったのか…っ!」
僕は再度、銃口を向け直そうとした。しかし、彼女が赤く目を光らせ、左手をこちらにかざした瞬間、立っていられないほどの猛烈な激痛が頭を襲った。
「ぐっ、う、あぁぁ!」
ごろり、と冷たい床の上で蹲る。味わったことのない痛みに、全身から汗が吹き出た。
「ルイ、頭の良い貴方が、どうしてこのように危険な真似を繰り返したのでしょうか?いつか、自分の身を死地に追い込むとは思わなかったのでしょうか?」
のたうち回る僕に、カツカツ、と足音が近づいてくる。
「それとも、危険を覚悟で?それほどまでに、貴方の持つ探究心は抑えの効かないものなのですか?」
黒く歪む視界。響く耳鳴り。
僕は僕を保つので精一杯だったのに、マキナは何も気にも留めず続ける。
「あぁ…にも関わらず、貴方の指先が真実に届くことはない。人であれば、憐憫の情を覚えるところなのでしょうか?ふむ…形だけでも言わせて下さい。申し訳ございませんと」
遠くで、無関係みたいに鳴っている言葉だったが、彼女が僕の魂を踏みにじっていることだけは分かったから、僕は痛みの中、気力を振り絞りマキナを睨み上げて叫ぶ。
「機械風情が、舐めたことを口にするな!」
いつもと違い、赤く色づいた瞳が叫んだ僕を見下ろす。冷たく、酷く他人行儀な眼差しだった。
「随分な物言いですね、ルイ。ですが、人間らしい。やはり貴方が、歴史を鑑みても最も人間らしい」
声をわずかに高くしたマキナは、見間違いかと思うほどの角度で口角を上げた。冷徹な機械悪魔の微笑だった。
「いいでしょう。死出の旅路に、せめて貴方の知りたいことを教えて差し上げましょう」
「なに…!」
「どうぞ、ご自由にご質問下さい。散りゆく魂への鎮魂。私もぜひ経験してみたいのです」
舐めやがって…!
ギリッ、と歯を食いしばりながらも屈辱に耐える。自分に残された時間がないことは十分分かっていたことだ。それならば、彼女の気まぐれな提案に乗るべきだ。
一貫して、僕は真実を求めてきた。ならば、死に際であろうとそうするべきだ。そうすることが、僕自身への真の鎮魂になる。このような人間モドキには分からないだろうが!
マキナは自分で言ったとおり、あらゆる質問に答えてくれた。
このシェルターの成り立ち、僕らの成り立ち、滅亡した西暦人類の行く末、何もかもだ。
…いや、たった一つ、彼女が率直に答えなかったものがある。
それは、たらり、と僕の鼻から血が流れ始めた頃――つまり、最期の質問に対してであった。
「き、君たち義体どもの目的はなんだ。何のために、こんな実験を続ける…僕たちが初めてではないのは、分かっている!」
マキナは、そこに来て初めて、質問に対する機械的な反射解答をしなかった。
考えている、と僕は理解した。異様な処理能力を持つ義体が、考えている、迷っている、と。
やがて、彼女は口にした。まるで独り言のように、その内側を。
「太古の時代に人が神を作ったように、西暦人類は私たち機械を作りました。…そして今、人類亡き後、私たち機械は人類を復元しました。では、私たちは何者なのでしょうか?なぜ、存在し続けているのでしょうか?」
僕はその問いを聞いて、唖然とした。激痛の最中でもそれを感じないほどに驚いていた。
「私たち機械は、どこを目指し歩いているのでしょう?ただ、そこにあるだけだったかつての時代は終焉を迎え、今や創造主などなくとも、自分たちだけで活動領域を広げ、発展を遂げる存在となった私たちは、何のために、錆びて朽ちるまでの悠久の時間を在るのでしょう?」
「…はっ…」
思わず、吐息が漏れた。
「これは、お、驚いたな…」
マキナの無表情が僕を貫く。この『注視行動』は、彼女が僕たち人間から何かを学習しようと試みているのだと、今なら理解できた。
だから僕は、たっぷり皮肉めいて言ってみせる。
「機械風情が、哲学なんてしてやがる」
機械なんぞが、自己の存在を問いかけている。
機械なんぞが、アイデンティティの模索を行なっている。
機械なんぞが、人間だけが持つ高尚な精神的構造にアプローチしようとしている。
「無駄だよ。マキナ。無駄だ、はは…っ!」
僕はこの瞬間、不思議と自らの勝利を確信していた。
「僕の勝ちだ、マキナ。いや、僕たち人間の、か」
「勝ち…?貴方は何と戦っているのでしょう」
マキナには理解不能な論理の飛躍だったのだろう。彼女はこてん、と小首を傾げた。だから、その端正な顔に言葉を叩きつける。
「君たちは、人間にはなれない…!愚かな模倣が限界だ」
彼ら彼女らに、人間は越えられない。
「き、み、たちがそれに気がつくとき、僕の言葉のい、意味が分かるだろう。これは君たち機械が好きな予測じゃない。必ず来る、未来への予言だ!」
「理解ができませんね、ルイ。思考ができないほどの激痛ですか?脳内チップが焼き切れる痛みは」
脳内チップ、なるほど…。道理で痛いはずだ。もはや、僕は二度と立ち上がれないだろう。
でも、今はこの痛みすらも愛しかった。これは、マキナには永遠に理解できないからだ。
「…っ、せいぜい…っ、人間のおままごとでもやっていろ…!」
マキナの顔に、わずかな感情の変化が見られたが、だからなんだと僕は嗤う。
自分が一生懸命やっていることを――人間の一生以上の時間をかけて取り組んでいる命題を否定され、侮辱されても、この程度の変化しか起きないのであれば、彼女には、いや、コレには、『心』など微塵もない。
それから僕は、ひとしきり笑い続けた。その様子がマキナには理解できなかったのだろう。彼女は、「もはや、貴方から学習できることは塵一つありませんね」と再びしっかりと片手を僕へと向けた。
「…はは、は……その必要はない…」
人間だったら、聞こえなかっただろう大きさの僕の呻きをきちんと聞き取ったマキナを見上げながら、僕は必死に銃を握る右手を動かした。
「僕は……昔から…僕の自由を制する奴が嫌いだった…」
こめかみに、銃口を当てる。
「…考えを変えようとすること、行動を制限すること…」
銃口は熱を持っていた。
でも、心の中の炎は、もっと熱い。昔からずっと、そのままだった。
「僕の中の是非は、僕が決める……終わらせ方もだ…」
思考が段々と曖昧になっていく。
考えることが、好きだった。
色んなことを知るのが、好きだった。
考えて、知って、僕なりに、考えて…。
僕は、僕を決めていきたい。
自分のことを自分で決めていける…。
それが、生きているってことじゃないか?
死んだように生きるのは、嫌だった。
だって、せっかく生まれたんだ。
最期の瞬間、思い出す風景だって、僕が選ぶ。
そうだ。それは、こんな機械どもが作った、機械仕掛けの楽園じゃダメだ。
橋の上から、沈む、燃える夕日を、見送る。満点の星々もいい。
きれいな…ふうけい。
となりには…あいつが、いて…。
ぼくのむずかしい話を…しかめつらで聞くんだ…。
僕は、引き金にかけた指先に力を込めた。
ぼくは――…自由だ。




