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機械仕掛けのエデン  作者: null
五章 赤い目の怪物

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赤い目の怪物.3

「それでは、四回目の会議を始めましょう」


 マキナによって仰々しく話し合いの口火が切られたのは、ルイの懐中時計を手にしてからおおよそ一週間後のことだった。


 場所はいつも通り、森林区画の小さな広場。ここが一番、人気もないし盗聴とか監視の心配もなさそうだからである。鉛色の空が午後から雷雲を呼ぶと放送で言っていたこともあって、まるで人の姿はない。


 私たち四人は、秘密を探ったり、脱出の道を模索したりしつつも、学校生活を今まで通り送ることを徹底していた。


 レイジは男子生徒と遊びに行ったり、たまに私と出かけたり。


 マキナは孤立気味ながらも、私と話したり、人間観察をしたりといったことをやめず。


 ツヅリは…私にべったりになっていた。


 前々から私たちが仲を深めているのは誰の目から見ても明らかだったので極端に怪しまれることはなかったものの、彼女が私を通してマキナやレイジとも親交を持ち始めると、少しばかり悪目立ちした。というのも、マキナとツヅリとで私を奪い合い、その仲介にレイジが入っている…などという根も葉もない噂が広がったからである。


 真実を追い求めるこの活動を隠すための良いカモフラージュにはなっていたとはいえ、ツヅリは確実にこの状況を嫌っていた。


 ルイを失った悲しみから立ち直りつつあるレイジがからかってくることも面倒だったのだろうが、マキナも悪ノリして私の魅力を褒め称えたり、時にボディタッチしてきたりしたから、後々私がツヅリに睨まれる日もあった。まぁ、私もそんなツヅリに満更ではなかったが…。


「会議って言ったってなぁ…アイとツヅリがベタベタし始めた以外、何か進展があったのかよ?」


 ベンチを私とツヅリに譲ってくれたレイジが、お尻がつかないよう地面に座った姿勢でほざく。だるそうな感じがまた鬱陶しい。


「ちょっと、真面目にやってよ、馬鹿レイジ」


「真面目にやってんだろうが。ほら!」


 バサッ、とレイジがベンチの上に紙を広げた。どうやら、シェルターの見取り図らしかった。


 レイジの調べた限り、シェルターの外壁に密接しているのはやはり展望台と廃棄物処理区画のみ。そこでレイジはマキナからの助言を受けて、さらに深い地下――下水道なんかを調べてみたらしいが…曰く、「くせぇだけで、何にもなかった」とのことだ。


「よ、よく下水道なんて入れたね。あ、いや、気持ちの問題じゃなくて、どうやって入ったのかなって」


「マザーに頼んだんだよ」


「うぇ、マザーに?大丈夫、それ?なんか、勘づかれてない?」


「お前なぁ、俺のこと馬鹿だと思ってんだろ」


「うん」


「ちっ」


 あからさまな不快感を顔に出して口を尖らせたレイジに代わり、マキナが淡々と説明する。


「レイジは、マザーにこう頼んだのです。『ルイがどんなものを見たか、俺も知りたい。入っても問題ないところだけでいい。あいつと同じ経験をして、あいつのことをきちんと弔える人間になりたい』と」


「へぇ」


 なるほど、レイジがルイに抱いていた想いを利用した作戦か、それなら自然かもしれない。マザーはルイが遺した小説のせいで、きっと二人は恋仲だったと勘違いしているだろうから。


「マザーのやつ、めちゃくちゃ喜んでたよ。『素晴らしい思いやりです。レイジ』っつってな。…あれで本当にあいつがルイを殺したってんなら、とんでもなくイカれてやがるぜ」


 そう言うとレイジは、また同じように地べた近くに座り込み、珍しく大人びた顔つきでどんよりとした空を見上げた。どこか寂しそうな横顔だったが、彼なりに気炎を上げていることが伝わってくる面構えだ。


「実際問題、展望台のガラスは俺たちじゃ割れねぇぞ。倒木があったのは間違いないみたいだからな」


 そのあたりの事実確認も友人を上手に使って行ったらしい。意外にも、レイジは器用に調査をこなしていた。


 一方の私たちは…。


「あぁ?収穫無しだと?」


「うん…無し、かなぁ」


「『無し』かなぁ、じゃねぇぞ。かわい子ぶってる場合かよ。どーすんだ」


 どうすると言われても、現状、説明のしようもない手札を見せるわけにもいかない。でも、何も釣果がないで終わってしまうのも格好がつかないが…。


 そうして頭を悩ませる私に、救いの手は思わぬところから伸びる。


「私、少しだけ思い当たるものがあるわ」


 ツヅリだった。おずおずと手を挙げている様子から、絶対の自信はないのだろうが、その黒曜の瞳にはわずかに確信めいたものが見られた。


「え、そうなの?私、何も聞いてないんだけど」


「ごめんなさい、アイ。確信がないことを口にする勇気が出なくて…。でも、やっぱり一応伝えておきたくて」


 他の三人は互いに顔を見合わせると、小さく頷いた。本来、ツヅリが一番真実に近い場所にずっといたはずなのだ。ぜひ、考えを聞いておきたい。


「ではツヅリ。お聞かせ下さい」


 マキナに促されたツヅリは少し緊張した様子で息を吸うと、静かに口を開いた。


「マザーたち機械は、私たち人間の感情を学んでいるんじゃないかしら?」


「感情?」


 私とレイジは声を重ねて驚きを露わにした。


「どういうこと、ツヅリ。マザーが私たちの感情を学んでるって」


「そのままの意味よ。たぶん、機械には感情がないのよ。だからそれを学ぼうとしている。そのためのデータを私たちで――シェルターという実験場で収集しているのではないかしら」


「うーん…なるほど。でもさ、ツヅリ。マザーも先生も、十分に感情らしいものがあるように見えない?今さらデータなんているのかな?」


 マザーたち義体は十分に人間らしい感情を持っているような気がする。それこそ、冷たい金属の手のひらから温みを覚えるほどに。


 しかし、私の疑問を一蹴する人物が現れた。マキナである。


「その感覚は少し主観が混じり過ぎているように思います。アイ。なぜなら、機械、義体というのは、原則プログラムされた内容を反射して繰り返す存在だからです。自己学習ソフトでパターンを増やし、学習する者もいるかもしれませんが…」


 そういうものか、と顎に手を当てて唸る私の横で、ツヅリがそれに背を押されるような形で続ける。


「マザーの話を信じるのであれば、人間は絶滅していたはず。それをわざわざ復元させるというのは、人間からしか得られない何かがあったということに他ならないわ。それも、知識や技術以外のもので。だったら、感情以外考えられない気がしないかしら?」


「そう言われるとそんな気がしちまうが…。例えば、ほら、人間を飼うことで自分たちの偉さを実感したいとかはどうだ」


 レイジがひねり出した反対意見にも、マキナが横やりを構える。


「レイジ、機械的思考とは合理的なものです。『偉い気がする』など、縁遠いと思われます」


 一刀両断されたレイジは、言葉を失って頭をかいた。マキナが相手だと相性が悪いのであろう。


「面白い考えです。ツヅリ。ですが、それを裏付ける証拠があるわけでないのですね?」


「え、ええ、そう。だからみんなに言うべきか迷ったのだけれど…かえって混乱させることになってないかしら?」


「心配は無用ですよ。情報は共有してこそ活きるもの。他に何かありませんか?憶測でも構いません」


 マキナという心強い味方を得たからだろうか、ツヅリは少しだけ自信がついたような顔で頷くと、さらに持論を展開した。


「私は、マザーたちが学ぼうとしている感情の中でも、とりわけ『恋愛感情』が重要視されていると思うのよ」


 恋愛感情が重要視されている。


 ツヅリがその予想を立てたのにはいくつか理由があったが、一番大きなものは、この間、私の部屋で起きた出来事であるらしかった。


「あれだけ私には何の関心も示さなかったマザーが、私とアイが…い、イチャイチャしていることについては前向きに言及してみせたわ。みんなからしたらそうでもないかもしれないけれど、私にしてみれば異様な出来事なの」


 幸い、イチャイチャの部分には誰も触れなかったが、私はどこかバツの悪い顔でその話を聞いていた。


「…言われてみれば、マザーはやたらと恋愛相談には乗りたがった気がするな。ルイのことなら、妙に融通を利かせてくれたことにも説明がつくしな」


 恋愛感情を、学びたいか…。


 もしかすると、今回の実験で『同性愛者』のみを復元したのにも、そういった理由に関係があるのかもしれない。別のパターンを学ぼうとした、みたいな。


 それを伝えると、みんなも私の意見に同意してくれた。


 ツヅリがマザーから聞いた話や、廃棄物処理区画のイヤリングが男女用ペアリングだったことを考えると、過去に『異性愛者』の復元が行われたことはほとんど事実と見て間違いない。何度も復元を繰り返してまで機械たちが学びたいのは、『恋愛感情』なのだろうか。


 それが何のためなのかは説明がつかないが、一つ、それらしい仮説を立てることには成功した気がする。


 ツヅリのおかげで一歩前進したような感覚がした私たちは、次は黒幕の正体を突き止めるべきだとか、いやいや、脱出手段が先だとかを話し合い始めた。


 先ほどまでに比べて、みんなの緊張感が緩まっているようだ…。


 私は誰にも気取られないよう、こっそりとポケットからある物を取り出し、手のひらに隠した。


 ルイの遺品としてマザーが届けてくれた、懐中時計である。


 会話に入っているフリをしつつ、手のひらに仕込んだ時計と、一人一人の顔とを交互に見比べる。


 思考をフル回転させた。ルイが測っていたものを、私も正確に捉えるために。


 …だが、どれだけやっても、そのときは来なかった。天啓も直感も頭上には降り落ちない。


(やっぱり、私の勘違い…?ルイ君のアレはただの癖…だったのかな…)


 私は妙な疑いを持った自分の浅ましさから罪悪感を覚え、ぼうっと空を眺めていたのだが、次の瞬間、曇天に鮮やかな稲光が走り、雷鳴が轟いた。


「きゃっ」とか、「うおっ」とか、私たちは一様に声を発して天を見上げた。


「そういや、ヤバイ夕立が来るんだったな…!」


「え、ええ…話し合いの続きはまた後日にして、寮に戻りましょうか」


 レイジもツヅリも、それからマキナも私も、揃って上を向いている。


 轟音でびっくりしたせいだろう、私たちは瞬きも忘れて走る稲妻を――。


(あ…)


 刹那、誰の目にも見えない第二の雷光が私の脳裏で閃く。


 時計を見る。文字盤を、秒針を確認する。


 1、2、3…1、2、3…1、2、3…。


 それは気づいてしまえば異様だった。


 いついかなるときも狂いがないことは、正常ではなく、かえって異常なのだ。


 私一人、真実の一片に触れてしまっているかもしれないという感覚は、わずかな興奮をもたらしたが、それ以上に、大きな不安と緊張を私に刻み込んだ。


 もしも、私の予測が間違っていなければ…。


 私たちは――所詮、あのペンギンと何も変わらないということだからだ。

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