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機械仕掛けのエデン  作者: null
五章 赤い目の怪物

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18/23

赤い目の怪物.1

五章スタートです!

 私とツヅリの話を聞いたマキナとレイジの反応は、それこそ対照的であった。


 怯えたように項垂れたレイジは、「昨日の今日で勘弁してくれ」と頭をぐちゃぐちゃに撫でていた。一方、マキナはツヅリの話がどれだけ信頼に値するものなのかを確認すると、「一度、みんなで考える必要があると私は思います」と目を輝かせて言った。


 ツヅリはマキナとレイジに話をすることを最後の最後まで渋っていた。理由は簡単。自分たちの死の運命を知り、絶望の1年半を過ごさせる人間を増やしたくなかったからである。


 確かに、18歳になるまで素知らぬ顔で生きていくことを選ぶのであればそのほうが都合は良かっただろう。だが、私はそれを選ばなかった。ルイの魂と共にきちんと真相を追うことを選んだ。


 ともすれば、私とツヅリだけではどうにもならなかった。単純に人手が足りない。ルイ並みにガンガン回る知力も欲しかった。その点、マキナとレイジはうってつけだった。マキナはとても優れた思考力を持っているし、レイジは…まぁ、危ないことから身を守ってくれるかもしれない存在だ。彼の腕っぷしが強いのはクラス中が知っているほどだったから。


「じゃあ、話を一旦整理しよう。マキナ、任せてもいい?」


「私ですか?」とマキナが不思議そうに首を傾げる。


「うん。一番頭の良い人に話をまとめてほしい。私やツヅリにしか分からないようなことがあれば、頑張ってすぐに補足するから」


「なるほど…」


 ちらり、とマキナはツヅリを見やった。そして、浅く頷いたツヅリに異論がないことを知ると、「それでは、僭越ながら私が承ります」と仰々しくスカートの裾を持ち上げて一礼した。


「大げさだよ」と笑う私の正面で、マキナ先生の講座が始まる。


「まずは私たちが持つ重要な情報の整理を行います。


 一つ、私たちは18歳――正確には、高校の卒業式を過ぎた時点でマザーらに“実験終了”のため処分される。


 一つ、私たちはマザーら義体によって復元・管理された人類である。


 一つ、なんらかの実験的意義のために、復元された人類は同性を恋愛対象とするように設定されている。


 一つ、シェルターの外には大人たちの社会などはなく、現存する人類はマザーの話を信じる限り、ここ、私たちしか存在しない。


 一つ、すでに何度か人類は復元されていたが、前述したように義体らによって処分されていると思われる。


 …とりわけ重要な情報はこれくらいでしょうか。ここまでで何か意見や質問のある方はいらっしゃいますか?」


「はい」私はすぐに手を挙げた。「どうぞ、アイ」とマキナが手を差し出して促す。


「一番気になるのは、やっぱり目的だと思うんだよね。どうしてマザーたちは、私たち人類を復元なんてしたんだろう?」


 ツヅリが何か知らないだろうか、と視線を投げる。マキナやレイジも同じようにしていたから、ツヅリは深いため息を吐き、首を左右に力なく振って答える。


「私も気になってマザーに尋ねたことがあるけれど…無駄だったわ。『貴方が知る必要はないことよ』としか…」


「うぅん…」


 私は腕を組んで考え込む仕草を取った。マキナはそんな私を観察するみたいにじっと見つめている。


「恋愛対象を同性に限ったのもよく分かんない」


「それは単に、増えないようにしてんじゃねぇのか」


 レイジにしては珍しくキレのある返しだ。だが、私は色々と知っているから首を横に振るしかない。


「いやぁ、それじゃあ、あの遺書とか、イヤリングの説明がつかないよ。前にも実験はあって、そのときは異性同士で恋愛してたみたいだし」


「あ?あー…そうなのか…?あぁー…!意味なんてあるのかよ、そもそも」


 レイジは投げやりな口調でさらにこう続ける。


「マザーたちは機械なんだろ?前、ルイのやつが言ってたぜ。所詮、機械はプログラミングされたようにしか動かないって。マザーや先生たちが俺たちを大事にしてくれてるのは、そういうふうにするようプログラムされてるだけで、実際はなんとも思ってないってよ」


「興味深いですね。レイジ。続けて下さい」


 マキナに促されたレイジは調子に乗った感じで、こうして人類を復元して、18歳になったら殺してと繰り返しているのは、そうプログラムされたか、バグか何かが生じているかではないか、と持論を展開した。


「へぇ、なるほど、レイジにしてはまともなこと言うじゃん」


「はっ、だろ」と自信あり気に告げたレイジに対し、反対意見を出したのはツヅリだった。


「レイジ君、それはどうかと思うわ。だって、マザーは明らかに誰かと交信を図っているもの」


「あ?」


「みんなも見たことがない?マザーは、たまに会話の途中で誰かと交信しているみたいに虚空に向かってレンズを点滅させることがあるの」


 私は思い当たるところがあって、手を挙げる。


「あー、確かに、あるかも。私がルイ君のこと相談したとき、立入禁止区画見学の許可を出す前に、そんな感じになってた」


「たぶん、何か特別な許可を申請しているときにあの状態になるのだと思う」


 だよね、とツヅリに向かって頷けば、マキナもそれに同調した。


「ということは、マザーはあくまで私たち人間の世話係――もとい監視係と仮定するべきかもしれません。その裏側にまた別の存在がいて、その何者かがマザーを通して私たちで実験を行っている可能性が高いでしょう」


 私はそれを聞き、かつてルイに話した仮説を論じた。義体の裏に巨大な権力を持った大人が存在するのでは、というものだ。


 レイジにはよっぽど真実味を帯びて聞こえたようだったが、マキナとツヅリは鈍い反応を示した。


「ありえなくはないかもしれませんが…そうなると、ツヅリが見た遺灰の説明がつきません。まぁ、石灰などと見分けはつかないかもしれませんが…それでも、いよいよ目的が想像しかねます。復元された動物、数々の資料、機械が管理するシェルター…大人たちが仮に存在したとして、何のためにそのように大仰な舞台を作ったのでしょう?何のためなら、同胞をモルモットのように殺す実験ができますか?」


「うーん…」


 確かにマキナの言う通りだ。遺灰…はまだ誤魔化せたとしても、この実験の残酷性は度を越している。とても同じ心を持つ人間ができるとは思えない…そう、思いたいのかもしれないが。


「そんなこと言い出したら、目的なんざ機械が相手だろうが人間が相手だろうが想像できねぇだろ。なんかあんのか、ピンとくるもんがよ」


「それは、うぅん…」


 みんな揃って、少しの間目的について考え込んだ。だが、やはり上手い仮説が浮かばない。


 そのうち、レイジが痺れを切らしたふうに言う。


「なぁ、もう目的なんかどうでもよくないか?どうせマザーは教えてくれないんだろ?それなら、なんかぶっ倒す方法とか、逃げ出す方法を考えようぜ」


「…確かに目的については考えても無駄、かもしれないわね」


 レイジの言葉に共感を示すツヅリ。だが、私は違った。


「待って、待ってよ。私、目的を考えることが一番大事だと思うんだ」


 レイジとツヅリが訝しがったふうに眉をひそめる。その一方で、マキナは機械的に話のまとめ役を続けていた。


「それはどうしてですか、アイ」


「だって、今の私たちって元々逃げるのも駄目、倒す?…のも駄目、っていう状況でしょ?」


 逃げる――マザーらが管理し、監視しているこの場所から逃げるのは不可能だろうという話だった。外との出入りだってどこからできるか分かったものではない。ツヅリも外に出たときは目隠しをされていたということだった。


 倒す――これもまた無謀だろう。機械は作業用として働いているものを含めればシェルター内に数え切れないほどいる。それに、以前レイジがふざけて先生の背中にボールをぶつけようとしたとき、後ろに目がついているみたいな速度で弾き返されたこともあった。


 私がその2つについて説明すれば、ツヅリもレイジも押し黙った。


「では、何か代案がありますか?アイ。目的を知ったとして、それでどうされますか?」


 どう、と返されて、それはそれで私も困った。正直、それしか突破口はないのではないかと思ったから口にしただけで、具体的にこうすると決めていたわけではない。


 だが、それをそのまま口にするのは憚られた。レイジなんかに鼻で笑われるぐらいならまだしも、ツヅリに、「やっぱり諦めましょう…」なんて言われたらたまらない。彼女に失望を味合わせることだけは、絶対に避けたい。


 だから私は、とりあえず頭に浮かんだことを口にした。


「それはほら、話し合うとか…」


 自分の命を脅かす、感情を持たない機械相手に話し合い。


 自分でも呆れたお人好しだと思った。レイジなんかは結局鼻で笑っていたし、ツヅリに至っては、「アイのそういうところ、嫌いじゃないけれど」と苦笑する始末だった。


 二人に考えなしだと思われた、と肩を落とす。


 きっと、マキナは理解不能だという顔で小首を傾げているだろうと考え、私は彼女のほうをちらりと一瞥する。


 すると、意外なことにマキナは目を丸くして、私をまじまじと興味深そうに見つめていた。


「アイは、なんというか…その…」


 マキナの頭に搭載されている検索エンジンに、今の感情を表現する言葉は載っていないようで、言葉に詰まっていた。


「なんだ、『馬鹿なのですね』か?それとも、『底なしの馬鹿なのですね』か?」


「うるさいよ、レイジ。それくらいしか思いつかないんだから、しょうがないじゃん」


 文句言うなら打開策を他に出せ、と睨みつければ、具体案など無いのだろう彼は肩を竦めて天を仰いだ。


「マキナさん、どうしたの?」と私とレイジが噛みつき合っている間に、ツヅリが尋ねる。


「…いえ、興味深いなぁ、と思いました。自分で言うのもなんですが、今の状況の反応として一般的なのは、『約束された死に対する恐怖』や『理不尽な扱いに対する憤り』、『変えられない現実に対する虚無感』ではないのですか?」


「え?ええ…普通はそうだと思うわ。私は、そうだし…」


「レイジもそうです。分かりやすい苛立ちや自暴自棄が目立ちます」


「悪かったな!」と口を挟むレイジを無視して、マキナは続ける。


「ですが、アイはそのどれでもありません。『現状を打破するための探求』…うぅん…一見すれば、誰よりもハツカネズミの如く右往左往していそうなものなのに、実情は誰よりもクールです」


 クール、というおよそ似つかわしくない単語にレイジは笑った。握りこぶしを固めて見せて、彼を脅してやったが、ツヅリがぼそりと、「私も確かに驚いたわ…すごいわよね」なんて言うものだから、照れ臭くなって頭をかいた。


「別に、私だってツヅリに初めて聞かされたときは怖くなって取り乱したし、駄々こねたよ、普通に。っていうか、それを言うならマキナの反応のほうが大概じゃない?」


「私は普通ではありませんので」


「はは…」


 それもそうだ、と苦笑する。そんな私に、マキナは感心したように告げる。


「ですがこれこそが、アイという人間の力――いえ、魅力…というべきでしょう。私も引き寄せられている気がします」


「え?ちょ、ちょっとマキナ」


 あまりにストレートな物言いに照れ臭さを通り越して焦ってしまう。ツヅリに今の私の顔を見られるのはよくない気がする。絶対に顔が赤い。


「た、多分、ルイ君の影響だよ。ルイ君って、とにかく全力だったから。諦めなかったから。私も友だちに恥ずかしくない姿を見せたいって、そう思うの」


「確かに、少しルイに似てきているようには見えますが…それでいて、アイが元々持っている他者を慮る優しさ、そして、踏み込む勇気は変わっていない。素敵な大人の女性になりつつある、ということでしょう」


 大人の女性って、今の私たちにとって、最高最悪の皮肉だと思ったが、悪い気はしなかった。


「おいおい、横恋慕か?マキナ。そいつ、ツヅリにゾッコンなんだぜ、やめとけよ」


「やめてレイジ、馬鹿」


「んだよ、違うのか?」


「違わないけど、その、ほら、マキナはそういうつもりないの!」


「へへぇ」


 レイジなりのフォローとは分かっていたが、いつものノリで小言をぶつける。そうする間に見たツヅリの顔は、少しだけ面白くなさそうに見えた。


「横恋慕…恋…」と真剣に考え込むマキナ。まるで知らない言葉みたいだった。


「マキナさん、レイジ君の戯言に耳を貸す必要はないと思うわ。アイも困っているようだし」


「…ジェラシーでしょうか、ツヅリ」


 顔を上げたマキナが余計な一言を口にする。ツヅリは明らかに図星を突かれた様子で口をつぐみ、ぷいっ、とよそを向いた。


「脈ありじゃねえか、アイ」とこそこそ声でレイジが私の脇腹をつく。嬉しさ半分、そわそわ感半分で、「静かにしてて」と小突き返す。


「…ふふっ、やはり、みなさんといると興味は絶えませんね」


 嬉しそうな声で笑ったマキナを三人で見やる。珍しく上手に笑っていた。


 マキナは一転して真剣な面持ちになると、ぴん、と人差し指を立てた。あまりに美しい垂直である。


「話を戻します。代案がない以上、アイの言う通り、話し合いの方向性も視野に入れて行動に移すべきだと思われます」


「つまり?どうすりゃいいんだ」


「つまりは、逃亡するルートの探索を行う者と、機械たちの真の目的を探り、話し合いに持ち込めたときの交渉材料を確保する者の二手に分かれるということです」


 その後の話の流れで、レイジは逃亡ルートを見つける係となった。そして、言い出した私が話し合いのために、真の目的を探る役だ。ツヅリとマキナは適宜それぞれのサポートをする形となる。


 それならばと私は、話のまとめに入ろうとしていたマキナに対して挙手をする。マキナは先生みたいに美しいアクセントで私の名を呼んだ。


「どうしました、アイ」


「提案があるんだけど」


「ぜひお聞かせ下さい。アイの意見には格別の興味があります」


 ぎゅっ、とマキナの少し後ろでツヅリが腕を組んだ。心なし、目線も厳しい気がする。


 私はそれを極力気にしないようにして意見を述べた。


「マザーたちの真の目的を探すことも大事だけど、その裏側に誰がいるのかを知るのも大事だと思うんだ、私。だって、最終的に交渉することになるのは、その人でしょ?だから、それも探そう?」


「簡単に言うなよ、お前…」とレイジは文句を言った。


「可能なら、それが望ましいと思うから、私も手伝うわ。でも、危ないことはやめてね、アイ」とツヅリは頷く。面持ちにはまだ暗さが深く残っているから、現状がどうにかなると本気で思っているわけではなさそうだ。


 マキナは…また楽しそうに笑っていた。

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