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機械仕掛けのエデン  作者: null
四章 機械仕掛けのエデン

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16/21

機械仕掛けのエデン.3

 小説の内容は、以下の通りだった。




 世界の秘密を探った『私』は、真実に到達する前に薄暗い通路で力尽き、倒れてしまう。


 私は死期を悟り、『貴方』に対して手紙を残すことにした。遺書、と言われるものである。


 いつも孤独だった私を気にかけてくれた貴方については、乱暴者で、粘着質で、でもいつも心配してくれて…話していても楽しくないだろう私を受け入れてくれた、人情味あふれる人として語られていた。


 私は、貴方への愛を綴っていた。


 共に落ちる夕日を見たこと、触れ合う指先から滲む体温のこと、いつか愛する貴方と本物の星空を見たかったこと…。


 最後の一枚については、ルイにしてはとてもロマンチストな文面だった。急に恋する乙女に変わったような、そんな甘酸っぱい感じ。でも、同時に悲劇的でもあった。力尽きる寸前の、命の明滅がそこには存在していたから。




 迷いに迷った末、私はレイジにその小説を見せることにした。


「これ、ルイ君から」というたった一言でレイジは目の色を変え、私から小説をひったくった。


 それから彼は森林区画の東屋にあるベンチの腰をかけ、じっと紙を凝視したまま十分ほど動きを止めている。二、三分あれば読める文の量だろうが…文字の向こう側に何かを見ているのかもしれない。


 そのうち、何の前触れもなくレイジがこちらに向かって紙を突き返してきた。俯いているからその表情は見えないが、酷く脱力しているように見えた。


「…これがどうしたって言うんだよ」


「どうしたって…なんとも思わないの?」


 私の問いかけに対し、レイジは弾かれたように顔を上げる。


「これを見て何を思えってんだよ!?よく分からねぇよ、俺には!こんなもんを渡されてもな!」


 レイジは自棄になったみたいにして、ルイが書き残した数枚の紙をバラッ、と地面に放った。


「レイジ!」


 その行動は、あまりにルイを侮辱しているような気がして許せなくて、思わず感情的になって彼の胸倉を掴んで怒鳴る。


「ルイ君が最期に残してくれたものなんだよ!?謝って!ルイ君に謝って!」


「うるせぇ、離せ!」


「きゃっ」


 バッ、と勢いのまま弾かれて、尻餅をつく私。そんな私を見て、レイジが後悔したような顔を浮かべるが、構わず睨みつける。


「レイジ…!今回ばかりは見損なったよ」


 うっ、と怯むようにレイジは後ずさりする。だが、紙を集める私のことを見ているうちに何か気が変わったのか、ぽつり、ぽつりと内心をさらけ出し始める。


「そんなこと言われたって…しょうがねぇだろ」


「しょうがない?」


 情けのない言葉の連続に、ますます私の眼尻は吊り上がる。


「しょうがないってなに?ルイはレイジのためにこれを残したんだよ。それなのに――」


 そこでレイジが大きく目を見開いた。その両目にはたぎる感情があった。


「これは、俺宛のもんじゃねぇ」


「え?…どういう、こと?」


「どうもこうもねぇよ。とにかく、これはルイが俺に宛てた小説じゃねぇって言ってんだ」


「そんなはずないでしょ。だって、冒頭にレイジへ渡せって…」


「だから知らねぇんだよ!俺はルイと一緒に沈む夕日なんて見たことねぇし、指先に触れたこともねぇ!星空の話だって、初耳だ!」


「…そんな、どうして…」


 私はレイジの言葉に衝撃を受けていた。それが真実だとすれば、ルイは嘘を書いてみせたことになるからだ。


「とにかく、俺には関係のないものだ」と紙を突き返してくるレイジに目もくれず、私はじっと考える。


 自分の死期を悟ったルイが、こんな意味のないことのために私の元を訪れるだろうか?あんなリスクまで犯して?


 いや、それはまずありえない。彼はクレバーで、無駄を嫌う。


 だとしたら、それはなぜだ…?


「ちっ」


 私が一向に受け取らないことに業を煮やしたレイジは、不機嫌さを隠すことなくドスンとベンチに腰を下ろしたのだが、ややあって、深く俯き、大きなため息を漏らすと弱々しくこう呟いた。


「…あいつ、俺のことがとことん嫌いだったんだろうな。だから、関係のない俺に他の奴のことを書いた小説なんて渡して…」


 ルイが嫌がらせでこんなことをした?


 粘着質だったレイジをこらしめるために、わざわざ他の人に宛てた小説なんて使って、死の間際に?


「ありえない」


 気がつけばそう口にしていた私は、レイジが憔悴した顔でこちらを見上げているのにも気づかず、一人でぐるぐるとその場を歩き回った。


「あのルイ君が、自分が死ぬかもしれないときにそんなことをする?無駄なことだよ、こんなの。ルイ君はしない。そうでしょ?」


「あ、ああ…?」


 独り言か、自分に投げかけられたものかも分からない様子でレイジが反応する。


「ねぇレイジ。ルイ君ならどうすると思う?自分が死ぬ――ううん、殺されるかもしれない状態だったら、どうすると思う?」


「こ、殺される?お前、何の話を…」


「いいから。言って。ルイ君のことずっと見てたんでしょ」


 レイジは私の勢いに圧されたかのように黙り込むと、思案気な顔でぽつりぽつりとこう言った。


「…あいつなら、きっと…そうだな、自分を殺そうとしてるヤツのことを教えるんじゃないか?」


 それを聞いて、私の頭の中でカチッ、とピースがはまる音が響いた。


 私は慌ててレイジから紙を取り上げた。彼は先程から私の行動が脈絡なく感じられるらしく、「今度は何だよ」と驚いた口調で声を発していた。


 小説は全部で5枚から作られている。そのうち、1枚だけが明らかに違う質の紙が用いられており、色褪せて風化している感じだった。


「やっぱり…!」


 これは、ルイがレイジではない誰かに宛てて書いた小説――ではない。


 これは、手紙だ。


 あのとき、廃棄物処理区画の薄暗い通路でルイが見つけ、とっさに私に隠していたものだ。


「だとすると…」


 風化している紙だけ、単体で切り取って読む。そうすれば、それは小説ではなく、一通の手紙となって姿を現した。




『もう、あまり私に時間が残されていないようなので、貴方のためにこれを残すことにしました。


 もしかしたら、貴方がこれを読むことはないかもしれません。それでも、私は書きます。いつか貴方に届くことを信じて。


 覚えていますか?橋の上から一緒に見た、沈む夕日のことを。貴方は何も言わずじっとそれを見ていましたね。私よりもずっと高い背中に何度触れたいと思っていたことか…こういうことには鈍感な貴方は、当時は考えもしていなかったでしょう。


 その願いが叶ったのは、それからしばらくしてからでした。


 貴方の指先は強く、硬く、でも繊細で…私のか細い指先と絡まったら、それだけで壊れてしまう気がしたものです。


 だけどいっそ、あのとき壊れてしまったら良かったのかもしれません。


 私と貴方が約束した、いつかシェルターの外にある本物の星空を見るという約束は…果たせそうにもないのですから。


 …泣き言を言うのはやめましょう。どんな結末が待っていても、自分を生きる未来を私は選んだのですから。


 ここに、貴方との思い出を置いていきます。


 誰が見つけてくれるかも分からない、貴方と私の心の奥に』




 それを手紙として読んだとき、私の背中に稲妻が走った。背筋を凍らせる、冷たい閃光だ。


「レイジ…!これ、遺書だよ。遺書なんだ、レイジ」


「あ?だから、最初からそうだって…」


「違うよ、レイジ!これはルイ君が書いたものじゃなくて、誰かが書いたものをルイ君が拾っていたんだよ!」


 困惑するレイジに私は事のあらましを説明した。


 廃棄物処理区画の通路での出来事、ルイの知っている秘密を教えてほしいと迫ったこと、そのためにレポートを作成し、私自身も大きな疑問を抱いたこと、そして、ルイが見せてくれた『本』から得られた『恋愛は男女で行い、子孫を作っていたのではないか』ということを。


 それを聞いたレイジは、それらはすべて馬鹿馬鹿しい考えだと大きな声で笑ったのだが、私が真剣な眼差しをしていることに気づくと、段々と顔色を悪くし、最終的には大きく広げた自分の両足の間に深く頭を入れて項垂れてしまった。


「なんだ、それ…ど、どういうことなんだよ。よく分からねぇ。その話が本当だとして、それで、なんなんだ…?」


 レイジの呟きに、私は真面目な顔で答える。


「ルイ君の立てた仮説は、正しかった。普通、人間は男と女で恋愛するのが普通だった。それで子どもを作っていた…あぁ、あぁもう!あのイヤリングは、この人たちのものだったんだ!…でもそれじゃあ、やっぱりマザーや先生は私たちに嘘を吐いたことになるけど…一体、何のために…」


 はまったと思っていたパズルのピースは、所詮、ほんの一部に過ぎなかったようで、謎は私の頭の中でぐるぐると渦を巻いた。


 そのときだった。木々の隙間から木漏れ日のようにして、私たちに声がかけられたのは。


「嘘は、ほとんどの場合が何かを隠すためにあるものでしょう」


 ドクン、と強く心臓が跳ねると同時に、私とレイジの体も飛び上がる。


「誰だ!?」


 レイジが大きな声で叫び、声のしたほうを振り向く。


 人の体ぐらいすっぽり隠してしまう木の幹の向こうから現れたのは、白い髪と青い瞳で陽光を吸い取っている、マキナであった。




「興味深い話です」


 聞かれていたのであればしょうがない、と私は本日の二度目となる、今回の件に関する事のあらましをマキナに説明していた。


 さすがは学級委員長、さすがは成績ナンバーワン。彼女はレイジにした説明の半分くらいで状況を理解し、それを真実として解釈した。


「信じてくれるの、マキナ」


「当然です」マキナは端正な顔立ちで微笑む。「友だちの言うことは信じる、それが友人というものと私は学びました」


「…ありがとう、マキナ」


「どういたしまして、アイ。…それで、これからどうなされるおつもりですか?」


 どう、と言われて、私は困惑した。状況の把握が覚束ない今、この問いに対する明確な回答を持っていなかったからだ。


 だが、レイジは違ったらしい。彼は顔をマキナに向けると、ぴしゃりとこう言い切る。


「決まってるだろ。ルイを殺した奴がもしも本当にいるなら。そいつをとっ捕まえるだけだ」


 レイジらしい簡潔な答えに、マキナが疑問を呈する。


「それはリスクが大きすぎるのではないですか?」


「リスクだぁ?寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞ、マキナ」


 ヒートアップしそうなレイジの気配に気づき、私は、「まあまあ、とりあえずマキナの話を聞こうよ」と促す。彼は舌打ちしながらも無言で受け入れてくれた。


「アイの話を総合すると、マザーがルイを連行し、何らかの形で処罰を加えた可能性が非常に高いと思われます。ともすれば、私たちが捕らえるべきはマザー、ということになりますが…マザーはシェルターのシステムの管理を任されている存在。私たちの行動が逐一監視されている危険性もありますし、そもそも、マザーを作った人間が裏にいて、事態を引き起こしているのだとすれば、私たちだけでは太刀打ちできない可能性が高いかもしれません」


 ものすごい情報の波に危うく遭難しかけるが、どうにか波間に漂う板に掴まって置いていかれずに済んだ。レイジのほうが…だめだったようで、「聞いた結果がこれだよ」と肩を竦めていた。


「たぶん、危険なのはルイ君も分かってたんだと思う。私に話すとき、すごい心配してたから。…でも、だからといって、このまま何も知らなかったフリはできないでしょ?もしも私たちを不当に扱っている人間がいるなら、それを誰かに知らせなくちゃ。私たちが真実を掴めば、きっと生徒全員、協力してくれるだろうし」


「では、最初の質問に戻ります。どうなされるおつもりですか?アイ」


 やはり、マキナは変わっている。この事態を前にして自分のペースを崩さないのだから。私もレイジもとっくにパニック寸前だったのだ。


 そのとき、ふと、ツヅリのことを思い出した。


 立入禁止区画のこと、ルールのこと、ルイの無法のこと…それらが繰り返される度にツヅリは怯えたり、虚無的な態度を取ったりして取り乱していた。


(まさか、ツヅリも、このことを…)


 ツヅリの秘密を知るために始めた、ルイへの探求。この糸がようやくツヅリにまで届いたかもしれないのだ。


(ツヅリと話さなくちゃいけない…。知らないなら知らないままでいいけど、一人だけ知っていたんだとしたら、きっと、とても苦しいはずだから)


 とはいえ、まだ不確実な情報だ。私はツヅリもこのことを知っているかもしれないことを伏せて、「やっぱり、まだちゃんと考えてみないと」と意見を述べた。これについてはマキナも同意見のようだったが、しれっと話し合いに混ざっている彼女こそ、今後どうするつもりなのかを疑問に思った。


「あのさ、マキナは普通に話に参加してるけど…いいの?」


「いい、とは?」


 間髪入れずに返してくる。私はこの速度感が少し苦手だった。


「えっと、リスクがある話じゃん、これ、たぶん。危ないことかもしれないものに、そうそう簡単に混ざっていいのかなぁ…って」


 すると、マキナがとても不思議そうな顔で小首を傾げた。こてん、と音がしそうなその仕草はとても愛らしかったが、発言の内容はやはり独特な理屈のあるものだった。


「リスクを取らないことが常に合理的とは限りませんから。私は私たちのために得られるものがどれだけあるかを基準に行動します。そしてまた、友人のために自分の力を尽くすというのも新鮮な経験です。リスクを取るに値すると私は判断します」


 クラス委員長として、と後から付け足したマキナは、私に対しぎこちなく片目を閉じてみせた。


 話の内容は真面目なのに、取った行動は不思議だったので、つい私は笑みを浮かべ、「ありがと、頭の良いマキナがいれば心強いよ。…だけど、なにそれ、ウインク?」と尋ねる。


「はい、そうです。上手くやれていましたか?」


「ふふ、全然。いい?こうするんだよ?」とマキナに向けてウインクすれば、彼女は、「なるほど、こうですか」と彼女もまた模倣しようとしたが、上手にはいかなかった。


 こんな状況なのにマキナのおかげで少しばかり和やかな雰囲気になって、私と彼女は微笑み合った。それを見たレイジが、「緊張感なさすぎだろ、お前ら」と顔をしかめていた。

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