機械仕掛けのエデン.1
四章の更新です!
少し時間が空いてしまいましたが、ご興味ある方はよろしくお願いします!
「あ?なにじろじろ見てんだよ」
私は目の前で馬鹿みたいな顔をして昼ご飯のナポリタンを食べているレイジを見て、『やっぱり、ありえないでしょ』と思っていた。
「別に。口の端にケチャップついてるよ」
「お?マジか。早く言えよ」
「言ったでしょ、馬鹿」
「あぁ?最近、成績の上がってるアイさんは言うことが違いますねぇ」
口の端の汚れを紙ナプキンで乱暴に拭き取ったレイジを見ていても、どう考えたって、愛しさはこみ上げない。馬鹿だなぁ、こいつ、って安心することはある。でも、とてもじゃないがツヅリを見ているときみたいな気持ちにはなれない。
「ちょっとごめん」とレイジの手をテーブル越しに取る。
「あ?」
ゴツゴツしていて、気持ちよくない。安心もしない。すべすべしてないし…っていうか、かたッ…。
「なんだよ、おい。離せ、飯が食えねぇだろ」
無理やり振りほどく彼の力の強さも、なんかこう、イラっとする。いや、それはレイジだからか…。
ルイに秘密の仮説を打ち明けられた次の週末、私は悶々とする頭のまま、レイジの呼び出しに応じて彼と商業区画でランチを取っていた。
その間も、無論、ルイに告げられたことを理解しようと必死だったのだが…どうもこれは、受け入れられない、という気持ちが強そうだ。
『人間は、男性と女性で恋愛をして、子どもを作って暮らしていた』
なんて荒唐無稽な考えなのだろうかと驚いたが、妙に納得したくなる感じもした。西暦人類の遺物であろう『本』がそう物語っているからだろう。
それなら、私たちの遺伝子で子孫を増やすことができるのかもしれない。いや、違う。逆だ。普通に恋愛していたら、子どもは残せない。そもそも、男性同士、女性同士では無理だと言うなら。
だから、マザーたちは、『私たちには子どもを残す力がない』と説明しているのだとルイは言う。
どうして、マザーたちはそんな嘘を?
子どもを作りたいと私たちが考えないように?
でも、それじゃあ、大人になってからどう説明する?
いや、遺伝子の抽出ならそれができるのか?
それならやっぱり、嘘を吐く必要なんてないのでは?
まだ頭はぐるぐるしていた。これを収束させるには、誰か別の人と話しながら整理するほうがいいに決まっている。少なくとも、レイジではない誰かだ。
「おい、聞いてんのかよ。アイ」
そのレイジが少し大きめの声で私の名前を呼んだから、小難しい思考は放棄して、意識をレイジに戻す。
「ごめん、聞いてなかった」
「ちょ、お前、マジかよ…!」
すごい嫌そうに顔をしかめるレイジ。ちょっと聞き逃しただけで大げさだな、と不思議に思っていると、珍しく口をもごもごさせながら、「だから、この間お前、ルイと一緒にどっか行ってたけど、何してたんだよ、って聞いたんだよ」と視線を逸らした。
「あー…ごめん、内緒」
ルイには口止めされていた。されていなくても、誰にも言うつもりはなかった。こんな話、真面目に聞いてもらえないだろうから。
すると、レイジが急に大声を上げた。
「な、内緒!?」
周りにいた生徒たちが、ちらりと迷惑そうにレイジを見やった。シェフには、「お客様、お静かに」と注意される始末だ。恥ずかしい。
レイジは恥ずかしそうに顔を赤らめて舌を鳴らすと、改めて、じろりと私を睨みつけた。
「…で、内緒ってなんだよ」
「内緒は内緒だよ。約束だし」
「あ?約束?」と片眉をひそめるレイジを無視して、私はハンバーガーを頬張る。魚のフライが香ばしくて美味しかった。
「…お、俺の文句とかじゃねぇだろうな」
「違うよ」
「…俺の話、か?」
「違うってば、もう…――え、なに、レイジ。ルイ君のこと、本気で気になってんの?」
半分からかい、半分本気でそう尋ねれば、レイジは不貞腐れた様子でそっぽを向き、「ちげぇよ」とだけ呟いた。
私はこれに目を丸くして驚いた。気が強いレイジのことだから、本当に違うのであれば、もっと強く、私の目を見て否定するからだ。
「へぇ、別にいいじゃん。隠さなくても」
「何がだよ。勘違いすんな」
「どこが好きになったの?」
「だから…!」
「あ、待って、当てるから。んー…顔立ちが整っているだけなら他にもいるし…頭が良いだけなのもなぁ…あ!分かった。レイジに遠慮なく物を言うところだ!」
「ぐっ…」
レイジの顔がさっと赤くなる。図星だったらしい。
「いえい、当たり!」
私は中学生の頃に戻った気がして、ワクワクした。こういう話はいくつになっても楽しいものだからだ。
でも、それも一瞬で霧の中に消えた。
(――だけど、本当は男の子と女の子で恋愛するもの、なの?)
ルイの話が脳裏に蘇る。そのせいで、レイジの小言のいくつかが右から左に通り抜けていった。
そうしているうちに、喫茶店の扉がベルの音を鳴らしながら開いた。顔を向けると、マキナの姿があった。
彼女は私たちを見つけると、そのまま席に近づいてきた。
「おはよう、アイ、レイジ」
休日だから、彼女も私服だ。物語の中のお嬢様が着るような白いフリルワンピースは、とてもではないが私には着られないと思うほど浮世離れした様相だったが、まぁ、似合っていると言えば似合っていた。美少女は得、ということなのだろう。
「すごい格好してんな、お前」
デリカシーの欠片もないレイジが言うので、私は彼の脛を蹴って黙らせる。それから無表情のまま小首を傾げていたマキナに向かって尋ねた。
「おはよう、マキナ。どうしたの?」
「おはようございます、アイ。いえ、ガラス越しに貴方の姿があったのが見えましたので、お声掛けしようと思いました。…んー…」
こてん、と今度は反対側にマキナの首が倒れる。
「この場合は、アイの隣に座るのが正解でしょうか?それとも、レイジの?」
先日の私の話を覚えてくれていたことで、どうするべきか悩んでいるらしい。無論、こうなればどちらでも構わない。
私がそれを暗に伝えようとしていたところ、レイジが苛立たし気な口調で言葉を口にする。
「なんだよ、マキナ。大事な話をしてんだから向こう行ってろ。お前の席はねぇよ」
「そう、ですか」
マキナの表情に変化はないが、声色は明らかに沈鬱としていた。
これは明らかにレイジが横暴だ。こんな言い方をする必要はどこにもない。確かに彼女はタイミングを計ろうとしない悪癖があるが、だからといってマキナを悪戯に傷つけていい理由にはならないのだ。
「レイジ、言い方」
私はムッと顔をしかめてレイジを睨む。
「なんだよ、別にいいだろ。邪魔なのは事実だ」
追い打つ言葉にさらにカチンときたから、私はあえてマキナを隣に座らせることに決める。
「事実じゃないし。ほら、マキナ、おいで」
「ですが」
「いいの。ほら」と手を引けば、レイジが、「よくねぇぞ!」と声を荒げる。レイジのこういうところは嫌いだ。
「レイジがダメって言うなら、私、このままマキナと一緒に帰るから。それでもいいの?」
「は?おい、そりゃねぇだろ…」
「じゃあ決まり。あ――マキナの都合を聞いてなかった、ごめん、大丈夫?」
マキナは青い瞳をくりくりとこちらに向ける。サファイアはどこまでも透明だった。
「はい、もちろんです。ありがとうございます、アイ」
「いいの、いいの。マキナも何か食べなよ、レイジの奢り」
「おいっ!」
レイジがさらに語調を強めるが、私はそれを容赦なく迎え撃った。
「マキナに酷いこと言ったお詫びでしょう?それぐらいしなよ」
私たちに毎月支給されるクレジットはそんなに余裕のある数字ではないため、当然、レイジは渋っていた。だが、私がルイについて教えられる範囲で教えてあげると約束すれば、天秤は反対に傾いたようで、マキナの注文を聞き、シェフにアジフライ定食を頼んだ。
「…ちゃんと話せよ、アイ」
「オッケー、オッケー。あ、マキナ。ここから先はレイジの恋バナだから、内緒にしておいてあげてね?」
私がそう言うと、マキナは表情を変えないまま小首を傾げた。
「『コイバナ』とは、どんな花なのですか?聞いたこともありません」
「うげっ」レイジが勘弁してくれよ、と悲鳴を上げる。
マキナは思っていた以上の箱入り娘らしく、こういう俗世の話には疎いようだった。でも、こちらが簡単に、「恋愛話ってこと」と説明すれば、珍しく瞳をキラキラさせてレイジと私の顔を交互に見比べた。
「私、興味あります。恋愛の話。聴かせて下さい、レイジ、アイ」
無表情で、人とはずれていて、どこか抜けている天才児マキナ。そんな彼女が子どもみたいな様子になったから、私とレイジは苦笑しながらも、どこか憎めない彼女を交えて話を再開した。
始めは否定的だったレイジも、話しているうちに少しずつその気になってきたのか、マキナがいるにも関わらず、ルイのことが気になると全面的に認めた。
レイジは、自分の言動に臆せず物を言ってくるところ、何かに熱中しているところなど、ルイに対して魅力を覚えている点を挙げながら、興味津々のマキナに得意げに自分がいかに真剣なのかを説明していた。
私はというと、正直、レイジの真剣さに少し驚いていた。
彼はどちらかというと、気ままに人を好きになって、好きになったときと同じように気ままに飽きて…という恋愛を繰り返すタイプだった。そんなレイジがここまで真面目に語るのであれば、今回こそは真剣なのだろう。
(でも…)
だが、だからこそ、私の心にかかる暗雲は濃い鉛色になり、そしてまた、分厚かった。
(ルイの言うことが正しいなら、レイジの気持ちも、普通じゃないってことだよね。なんだろう。なんでなんだろう。どうして、私たちはみんな『変』な恋をするんだろう?どうして、マザーはそう教えてくれなかったんだろう。これが普通だって、嘘を吐いたんだろう…)
ぐるぐると同じ問いが頭の中を巡る。ルイから秘密の共有を受けたときから、ずっと抱いている問いだった。
そのせいで、時折、マキナやレイジからの声掛けに対して反応が遅れることがあった。
返事をしない、もしくはおざなりな返事をする私に、レイジは不機嫌そうに、「おい、聞いてんのかよ、さっきから」と目くじらを立てていた。その都度、私は適当に謝ったが最後のほうはレイジも呆れている様子で何も言わなくなった。
それでも、マキナは楽しそうにレイジの話を聞いていた。興味深い、と言ったのはリップサービスではなかったらしく、レイジを質問攻めにしていた。
ただ、どれだけいつも通りに会話しようと思っても、やはり無駄だった。レイジが真剣に説明すればするほど、マキナが面白そうに相槌を打てば打つほど、私の心は、『それは間違っているのかもしれない』という思いに支配された。
しかし、流れの転換点は唐突に訪れるものらしく、話を再開して15分ほどが経ったところで、今度はこの話題に最も適さない人間が喫茶店のドアから姿を現した。
よれよれのシャツにズボンという、学生服姿とほとんど変わらないシンプルな出で立ちのルイである。目の下のクマも健在だ。
「げ、ルイ」
レイジが顔を引きつらせれば、マキナは不思議そうに首を傾ける。
「どうしてそのような顔をされるのでしょう?想い人と偶然の出会い…嬉しいものなのでは?」
「あぁそうだろうよ…お前らとこんな話してなければな!」
はぁ、とマキナは納得していない感じで返事をする。私は彼女が余計なことを言わないように注意しながら、ルイの行動を見守ったのだが、彼は店内に足を踏み入れるや否や、真っ直ぐにこちらへと向かってきた。
「おい、こっちに来るぞ。なんでだ」
「クラスメイトだからでは?」
「ルイのやつがそんなタマかよ。いいか、マキナ。余計なことは言うなよ」
たぶん、ルイの目当ては私だろう。私と秘密の件でまだ話をしたいのか、あるいは、私が二人に秘密を漏らしていないか気になったに違いない。
ルイは私たちのテーブルの隣に立つと、何も言わずに三人を睥睨するように見下ろしていたが、ややあって、抑揚なくこう告げる。
「やぁ、親愛なるクラスメイト諸君。僕もお邪魔しても構わないかな?」
芝居がかった口調。親密さは皆無だ。
レイジは黙って彼を睨み返し、私は気まずそうに苦笑するといった中で、マキナが勝手に頷いた。
「ええ、構いませんよ、ルイ」
「おい、マキナ!」
「だって、クラスメイトなのですから…。断るのは失礼ではないですか?」
気を利かせたつもりなのか、それとも言葉通りのことしか考えていないのかは分からないものの、マキナの言葉一つでルイはレイジの隣に腰を下ろした。
ルイはレイジの小言を聞き流すと、シェフにコーヒーを一杯注文した。
「お前のぶんまでは奢らないからな、ルイ」
「いらない心配だ。君よりもクレジットを計画的に使っている」
「あ?なんで俺の財布の中身を見てもねえのに分かるんだよ」
「額なんて聞くまでもない。お前は食べる量も多く、何かと遊びまわっている。その髪に使う整髪料も馬鹿にはならないはずだ」
レイジの顔は、ぺらぺらと並べられた言葉によって歪んだ。でも、普段ならこの時点で怒りを吐き出しているだろうから、内心、ルイとのやり取りを喜ばしく思っているのだろう。
私とマキナは一通り彼らのやり取りを観察するように眺めていた。途中、マキナが私の耳元に口を近づけ、「これが恋なのですか?アイとツヅリのそれとはまるで違いますが」と尋ねてきたから。だから私は、少し逡巡した後、同じようにして、「人それぞれってこと」とそれらしい解答をした。
「おい、何をコソコソしてんだよ」
私たちのやり取りにレイジが目くじらを立てる。ルイも同様に私たちを見ていたが、その瞳は何か違うものを探ろうとしているように見えた。
やはり、ルイは私が秘密を漏らしていないか気になって店に入ってきたのだろう。しょうがないかもしれないが、あまり私を軽く見られるのは心外だ。
私は彼を安心させるべく、軽く頷いて言外に、『秘密は守ってるよ』と伝えた。それをルイがきちんと受け取ることができたのかどうかは分からないが、彼は興味の矛先を別に向けた。
「マキナさんは、アイさんとそんなに仲が良かったのか」
「はい。親友です」
「え、初耳」と思わず、マキナの横顔を見やる。「絶対に適当言ったでしょ、マキナ」
「そんなことはないですよ」
真面目な顔で私を見つめ返してくるマキナに、私は苦笑いを浮かべて肩を竦める。こういう感覚的なものをマキナに伝えるのは難しいのだ。
「…仲は、よさそうだな。だが、アイさんにはツヅリさんがいるはずだが」
「それはまた別!」
スパっと言い切る。私が好きなのはツヅリだけだから。
ルイは、この話の間も私ではなく、別の物を見ていた。
はめた腕時計と、時々レイジ。マキナのほうを見やっていたときは、失礼だからかレイジに指摘され、やめさせられていた。
この感じは、秘密を打ち明けられる前にもあった。私の顔と腕時計をじっと見つめていたときが。




