探究の光.4
三章、最後の更新です!
「…どう?」
金曜日の放課後、私は再びルイの自室を訪れていた。
目的はもちろん、彼に私の作ったレポートを見てもらうこと。すでにルイにはレポートを渡していた。
ルイは五分以上口を閉ざし、ぎらぎら光る瞳で文字を追っていたが、そのうち長い息を漏らすと、「外に出よう。新鮮な空気を脳みそに入れたい」と立ち上がった。
二人で公園へ向かう。てっきりそこで話すと思っていたが、彼はそのまま遊歩道のほうに抜けた。動物園や展望台の方角に伸びていて、小川や木々、背丈まである草なんかがある自然豊かな道だ。
人気が完全になくなってから、ルイは道端にしゃがみ込んで花をそっと撫でながらやおら口を開いた。
「正直、アイさんはもっと物事を深く感じ取ろうとしない人だと思っていた」
私はルイが花を愛でるようなタイプだとは意外だ、なんて関係のないことを考えていたから、少し反応が遅れて彼の言葉を理解した。
「それって誉め言葉じゃないよね」
「ああ。違う」
「ルイ君、正直すぎ…」
これまた堂々と人を馬鹿にして…と口を尖らせるも、彼が立ち上がって再び歩き出したので、とりあえずその後ろをゆっくりついていくことにする。
「でもそれは誤解だった。君はきちんと物事の核心を捉えようとする人だった」
「それは褒めてる?」
「別に。ただ、事実を述べている」
「へぇ」
私たちは無言で小道を歩いた。
小川を覗き込めば、小魚が何匹か泳いでいるのが見えた。その水底には赤い甲殻をしたザリガニがいる。ザリガニは大きな鋏を掲げて魚の動きを追うが、何も捉えることはなかった。
作り物でも、ここにはきちんと自然が息づいている。それでいいのではと思う一方で、彼らも汚染物質の影響を受けているのだろうか、と考える。だとすれば、生殖能力は失われている?でも、それならどうやって増える?
そこまで悩んでから、私はふっと、自分の考えの至らなさを笑った。問いの答えを動物園や日々の授業で得ていたからだ。
「面白い考えだ」
足を止めず、ルイが抑揚なく呟く。
「本当は『大人たち』がいないという仮説、あるいは、『大人たち』は実在するが労働シェルターなど存在せず、僕たちが足を踏み入れた通路の扉の先で僕たちを監視しているという説。突飛だが、今断片的に存在する情報から考えたものとしては十分だろう。アイさんはよく考えている」
ぺらぺらと、依然抑揚なく語るルイに私は尋ねる。
「じゃあ、ルイ君の知ってることを教えてくれるってこと?」
ルイはちらりと私を見た。それから、興味なさげに懐から懐中時計を取り出すと、文字盤と私の顔とを何度か交互に確認していた。
「何してるの?」
「…」
ルイは答えない。
「ルイ君。私、きちんとルイ君の言われた通りにやったよ?それなのに約束破るつもり?」
一分ほど、まだ彼は何かを確認していた。だが、ややあって、深く息を吐くと、「必ず教えるなんて約束はしていない」などと言った。
それはずるいだろう、と小言を口にしかけたところで、ルイが言った。
「迷っている。僕は、迷っているんだ」
「迷ってる?」
彼の言葉の意図が分からず小首を傾げる。そうすれば、ルイはクマがハッキリ残った瞳を伏せた。
「アイさん、君を巻き込むべきか迷っている。覗き込めば無事でいられるか確証もない深淵に、君を関わらせていいのかと…」
「えっと…」
私も迷った。こんな漠然としたやり取りでは答えの出しようもなかったからだ。
「アイさん。もう一度確認する。何が起きるか分からない。後悔するかもしれない。不幸になるかもしれない。それでも――話を聞きたいか?」
彼の言葉を聞いて、怯まなかったと言えば嘘になる。ルイが自分の秘密を誇張して表現しているとも思えなかったし、何より、そのまともに眠れていないであろう表情を見れば、事の深刻さは明白だった。
でも、私の頭には常にツヅリがいた。
彼女の憂いを帯びた横顔。誰も触れることのできない、彼女の痛みや不安。それを共に背負い、負担できるのであればそれ以上に幸せなことなんてない気がした。
だから、私は真剣な面持ちで頷いて返す。
「知りたい。後で文句なんて言わない。あの子のためになるかもしれないことなら、全力でやりたいんだ」
試すように、じっ…とルイが私の瞳を覗き込んできたから、私も臆さず、じっと見つめ返す。
どれくらいの間そうしていただろう?一陣の風が強く吹いて、黄色い花びらがふわっ、と舞い上がると同時に、ルイがほんのわずかに口元を綻ばせた。
「恋は盲目とは、よく言ったものだな。…いいだろう、順を追って説明する。また少し、歩こう」
私たちは遊歩道を進み、動物園に至る道を辿っていた。未だ自然が多いが、徐々に灰色の建造物も増えてくる区画だった。
「アイさんが出してきたレポートの内容で一番僕が驚いたのは…生殖に関する記述だ」
「あぁ、アレ?私もびっくりしたよ、どんな本を探しても子どもを作ることに関する記録なんてないんだもん」
最近の本や資料には試験管による外部生殖にまつわる記述しかなかったのである。これはルイも確かに驚いただろうと思った。
しかし、ルイはそうではない、と首を左右に振った。
「僕が驚いたのは、そこじゃない」
「え、じゃあ、どこ?」
「アイさんが自力でその疑問を持ったことだ」
奇妙な返しだった。やはり、意味が分からない。
「僕も、あることがきっかけで同じ疑問を抱いた。だからマザーや先生に尋ねたことがある。『西暦人類はどうやって繁殖していたのか』と」
「あぁ、そうか、聞けばよかったのかぁ」
「いや、それは何の解決にもならなかった。なぜなら、マザーたち義体の答えは、『放射能汚染によって、失われた器官で行う』というものだったからだ」
ん、と私は疑問を深める。
「私はその説明でなんとなく納得できるんだけど…」
動物園でも同じような話をツヅリとした。確か、ペンギンも放射能汚染の影響を受けて、『鳥類なのに翼がない』はずだ。
それなら、私たちだって影響を受けて内臓の一つや二つ、なくても変ではないのではないか?空恐ろしい話ではあるが…。
こちらがその考えを伝えると、ルイはギラギラした目のまま首を左右に振り、私の考えを否定する。
「アイさん。僕はむしろ、それで疑いを確実なものにさせたんだ」
「どうして?」
「義体たちのそれらしい説明が、僕たちを納得させるためだけに用意されたものだと思ったからだよ」
ひゅう、と風が私たちの間を吹き抜ける拍子に、何か冷たいものが私の背筋をなぞった。
「そもそも、よく理屈立てて考えてみればおかしな話なんだ。放射能汚染の影響で、僕たちは生殖能力を持たず、子どもを自然には作れない。大人だってそうだ。だから、大人たちの遺伝子を抽出して、子どもを体外で作る――この話そのものが矛盾している!」
熱の入ったルイの口調は、自然と私の意識を吸い寄せていた。だからこそ、私は黙って彼の熱弁に耳を傾けていた。
「生殖能力を持たない生き物の遺伝子で、どうやって子どもを作ったんだ?生殖能力を持たないのであれば、体外だろうがなんだろうが、作れるはずがない。仮に僕たちの中に、昔は子どもを生む器官があったのだとしても、関係ない。生殖能力がないというのは、そういうことだろう?」
「…えっと、ごめん。少しついていけてないから、一個ずつ整理させて、ルイ君」
「ああ…すまない」
私は謝る必要ない、とルイに伝えた後、こんなふうにして頭の中を整理した。
「放射能汚染で、私たちは子どもを作れない。西暦人類にあった子どもを作るための器官が、私たちにないから。…これが、マザーたちの言い分、だよね?」
「そうだ」
「でもルイ君は、そうじゃないって思ってる。生殖能力がない大人の遺伝子を使って子どもを作るってこと自体が矛盾しているから…」
視線だけでルイの是非を問う。彼は神妙に頷いた。
それなら、ルイの言いたいところは何だろう。
マザーや先生が間違った知識を持っていた?
大人たちが義体に与えている情報には間違ったものがあるということ?
それは意図して、それとも、ミス?
…いや、違う。ルイは『納得させるために用意したもの』と表現した。
つまり、ルイの言い分はただ一つ…。
「ルイは、マザーや先生が私たちを騙してるって…そう言いたいわけ?」
嫌な沈黙が流れた。埃っぽい、嫌な臭いがする静寂だ。
彼も嫌な臭いを感じ取っていたのか、顔をしかめてこう言った。
「そうだ」
「そんなはずないじゃん」
断言してみせたルイに私は思わず、即座に言い返した。苛立っていたのだと遅れてから気づいた。
マザーや先生が――特にマザーが、私たちに嘘を吐くはずがない。鋼鉄の体で、血が通っていないという先入観だけで無用な疑いを向けているようにしか私には思えなかった。
それをルイに告げたところ、彼は私がそういう反応を返すと予見していたみたいに浅く頷き、ポケットから、何やら見慣れない紙の束らしきものを取り出すと、こちらに差し出してきた。
「なに、これ」
「本だ」
「本…」
私は一瞬、彼が何を言っているのか理解できなかった。だが、そのうち、この紙の束が、背表紙か何かでまとめられた古臭いカビの生えた物体が、西暦人類の発展と滅亡のそばにあった本物の、データではない“本”だと気づいたとき、仰天して大声を上げてしまった。
「え!?本?あの、本!?」
本は西暦人類の時代に、形式上滅んでいる。私たちが使う『本』という言葉は、あくまで言葉上のものであり、実際の本を指すのではなくなっているのだ。
「そうだ。アイさんにもこれの価値は分かるか」
「価値っていうか、えー…化石じゃん、これ」
「言い方は気に入らないな。風化した文化かもしれないが、決して本としての役を果たさないわけじゃないんだ」
「ははぁ…それはすみませんね」
私はルイから丁寧に本を受け取った。彼がアンティーク調のものを好むことは、懐中時計のくだりから知っていた。ぞんざいな扱いなどすれば、いつぞやのように声を荒げるだろう。
ぺらぺらとページをめくってみる。ちょっとかび臭いが、文字はまだ読み取れる。だが、だからといってなんということはなさそうで、主人公らしき女性が出てきて、恋の悩みを抱えているようだったから…おおかた、ラブロマンスの導入だろう。
「それで?これを私に渡して、どうしたいの?まさかオススメの小説を共有したいわけじゃないよね」
「飛ばし読みでいい。中身を確認してみてくれ。きっと度肝を抜かれる。僕がそうだった」
「度肝…。うん、分かった。読んでみるよ」
言われたとおり、飛ばし読みでペラペラと内容を確認する。
やはり、ラブロマンスのようだ。低い身分に生まれた少女が、王族に恋をしている様子が描かれている。王族は女性としては変わった名前だったが、堂々とした振る舞いの噂はオーソドックスな理想の恋の相手である。
今のところ何もおかしなところはないが、と肩透かしを食らっていた私だったが、ひょんなことから王城を尋ねることになった少女が、その王族と相まみえるシーンがやってきたところで目を丸くすることとなる。
「え…?」
少女が王族に抱きかかえられて、城の窓から降りるシーン。
華奢な彼女の体を支えているのは――男性の腕だった。
「ちょ、なにこれ。ルイ君。変だよ、この本」
「…」
「男の子と女の子のラブロマンスなんて、見たことないよ。どういう話?ちょっと、気持ち悪いかも…」
「…ああ、そうだな」
ルイはそのまま、感情の読めない顔をして俯いていた。だから仕方がなく、嫌だったが、先を読んだ。
どこかで素敵な女性が現れるのかと思っていたが、一向にヒロインは姿を見せない。最終的に主人公の少女は、王子と結ばれ、彼女はそこの王女様になってしまった。
「うぅ…おかしいよ、こんなの…」
生理的な嫌悪感から、ぼそり、とぼやいたその言葉を、ルイは聞き逃さなかった。
「そうだ。おかしい」
ぎらり、とクマに抱えられた彼の瞳が鈍く光る。
ルイが大事なことを口にしようとしている気がして、私は耳を傾けた。
「僕たちにとっては」
ざあ…と、風が吹いた。すでに展望台のそばに来ていたが、そこを通り過ぎて、今は商業区画に向かう橋に近づいていた。シェルターは、学校、公園、寮、自然区画、動物園、展望台、商業区画…といった施設が円形で並んでいるから、ぐるりと一周しようとしているところなのだ。
「僕たちにとっては…?それじゃ、まるで、この本の中のお話をおかしく思わない人がいるみたいだよ」
ぴたり、と橋の上で彼が立ち止まった。
「アイさんは、よくよく自分で考える。それは、僕の目には希望のように映った。この話をする勇気をもたらしてくれた」
彼の目は、遠くで揺らめく草原に当てられていた。
「…ここで、アイさんが抱いた疑問の一つに立ち返ってほしい。どうやって、西暦人類は子どもを作っていたのか…。マザーは何と言ったと僕は説明した?」
「…子を産むための器官が、西暦人類にはあった」
「そうだ。そして今の僕らにはない。だから子どもを自然に作れない。だから遺伝子を抽出して体外で作る。だが、そこには僕が説明した矛盾が残っている」
「えっと…そもそも、生殖能力がない大人の遺伝子じゃあ、子どもを作れないはず、ってところ、だよね」
「ああ。いいぞ、アイさん、君は見た目や喋り方から受ける印象以上に頭が良い」
それは余計だよ、と睨みつけてやりたくなったが、彼の瞳は真剣そのもので、決してこちらを馬鹿にしているわけではないと分かったから、やめて彼の言葉を待った。
ルイはおもむろに橋の手すりのほうへ近づいた。私もそれにならって、彼の隣に並ぶ。
「この矛盾を解決する仮説を、僕は持っている。その本と、ある記録から得た知識によって」
「え、本当?」
「ああ」
そう言うと、彼はぺろりと唇を舐めた。きっと、初めて人に話すのだろうと直感した。こういう感覚はよく当たる。
ルイがそこまでしてくれるのだから、私もどんな話が来ようとそれを受け入れるつもりだった。
だが…それはあまりにも想定外で、とても受け入れがたいものだった。
「本当は僕たちは…いや、一般的に人類と呼ばれる生き物は、男と女で恋愛をして、生殖活動を行うものだったんじゃないのか?」
これにて三章は終了です。
少しずつ謎に触れていく工程。楽しんでもらえると嬉しいです。
次回は土曜日、日曜日に連続更新です!




