表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械仕掛けのエデン  作者: null
三章 探究の光

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/21

探究の光.3

ほのぼのパートです。ご覧ください。

 授業中も、私は熱心にレポートを書き進めた。紙媒体に手書きで文字を書き連ねる私を訝しがる者もいたが、それをするのはシェルターに関わる授業のときだけにしておいたから、どうとでも言い訳ができた。最近は成績も上がっているからか、先生もむしろ満足そうに私をお手本にするよう生徒たちに言っていた。


「アイ、どうしたんだよ。急にお勉強に目覚めたのか?」


 授業が終わってもまだ紙を見つめている私に、ふらりと寄ってきたレイジが茶々を入れてくるも、私はほとんど無視するような形で対応した。


 彼はそれを面白くなさそうにしていたが、ややあって、ルイが出て行くと同時にレイジも続いて出て行った。


 レイジが頻繁にルイの後を追うから、彼らは恋仲になったのでは、と疑う声もあった。


 私も最初はそんなはずがない、と鼻で笑っていたものだが、よくよく考えると、ありえない話ではないと思った。


 ルイは変わり者であること、身だしなみがだらしないこと、不健康そうなことなどを除けば、魅力的と言えないこともなかった。


 自分を持っている感じがするし、何かに熱中しているときは独特の輝きがある。顔立ちだって、クマが濃くなければ美少年に見えないこともないだろう。何より、頭が良い。


 レイジが表立ってそれを認める男ではないことは分かっているが、どことなく本人も自覚があるのではないか。そうでなければ、彼もあそこまで執着しないだろう。


 私は喧騒に満ちた教室から出るべく、席を立った。普段は楽しくなるみんなの声が、集中したい今は煩わしかった。


 不意に、廊下を出た私に後ろから声をかけてくるものが現れた。


「アイ」


 響きの良い声に振り返る。そこには、どこか心配そうに私を見やるツヅリの姿があった。


 相変わらず、憂いを帯びた顔立ちがよく似合う人だ。私が彼女に惹かれていることが簡単に分かってしまうほど、心臓が強く跳ねた。


「どうしたの、ツヅリ」


「あ、いや…」


 ツヅリはバツが悪そうに顔を逸らしながら、こう続けた。


「その、大丈夫?」


「えっと…大丈夫、だよ?なにが、かは分かんないけど…」


「そう…ごめんなさい」


 謝ってほしいわけではないのに、ツヅリの悲嘆に暮れたような面持ちを前にすると言葉が出なくなる。


 そうこうしている間に、彼女は先生に呼ばれて離れていった。


 私はまだ少し話をしていたかったが、その背中を呼び止めるに値する話題がないことに気づき、結局、見送るしかなかった。


 昇降口で靴を履いたあたりで、これから寮に戻るか、図書館に寄るかで悩んだが、外に向かって歩いているうちに、喫茶店なんかで書いたら上手くまとまるかもしれないと思って、足を向けた。


 商業区画にある喫茶店は、人も少なく、とても落ち着いた雰囲気だ。生徒が何人かいることもあるが、多くても3、4人程度。後は無口な義体が働いている程度である。


 私は何枚かの用紙をまとめたファイルを取り出すと、新しいA4の紙をその上に重ねた。


 これからは、今までの疑問を書き連ねたものに加え、あの日、ルイと一緒に見たものを整理しようと考えていた。


 一先ず私は、いくつかの単語を箇条書きにした。


『血の付いたイヤリング』


『ペアリングにしては大きさが違う』


『まるで男女のペアリング』


『手紙?』


『私には見せられない』


『不思議な通路』


『義体は通れない。でも、生徒が入っていい区画でもない』


『誰が通るための通路?』


 そこまで書いた私は、ふむ、と思案気に唸ってみせる。


 誰、か…。


 引っ掛かりを覚えていた存在が自然と私の脳に浮かぶ。荒唐無稽かもしれないし、根本、関係があるか分からなかったが、書き出した言葉たちを丸で囲んだ後、そこから線を一本引っ張って、大きな文字と結び付ける。


『大人たち』


 労働シェルターにいるはずの、大人たち。その中には、私の血を半分ずつ分けてくれた両親もいるはずなのだ。


 でも、本当に労働シェルターなんてあるのか?


 子どもと大人を別々に分けて育てなければならない必然性なんて、ないんじゃないだろうか?


 あの薄闇に覆われた通路を思い出す。


 ルイが言うことが正しければ、別世界に通じていそうな闇の先には、また同じくらいの大きさのドアがあったという。


 もしかして、大人たちがその先にいるのではないだろうか?


 だとしたら、何のために隠されているんだろう。


 例えば、子どもを観察したり、テストしたりしているとか…?


 実は、自分たちの正体を突き止める子どもが現れるのを期待しているのかも。そうした特別な子どもたちには、特別な労働を任せるのかもしれない。それこそ、自分たちと同じような役を。


 もしかすると、ルイはそれをどこかで知ったのかもしれない。大人を見た、とか。


 窓の外を行き交う生徒もだいぶ少なくなってきた。活発な生徒たちは、すでにゲームセンターかカラオケか、ボウリング場にでも吸い込まれたのだろう。


 ああかもしれない、こうかもしれない…と悩んでいる間に、また夕刻が迫った。


 イマイチ、これという結論は出ていない。しかしながら、このシェルターの“秘密”と呼べるかもしれない憶測は立てられた気がする。


 レポートをファイルにまとめてバックに入れる。それから、曇り一つない真っ白なコーヒーカップを手に取った。


(……明日、ルイ君にレポートを見てもらおう。うん、きっとそれがいい)


 レポートに区切りをつけた私は、コーヒーをひと口、ふた口ほど飲んだら、席を立とうかと思っていた。すると、そんな私のテーブルに一人の影がやって来て、こちらに話しかけてきた。


「お勉強ははかどっていますか?」


 声がしたほうに顔を向ければ、サファイアの瞳と目が合った。マキナである。


「マキナか。びっくりしたよ」


 相変わらずコミュニケーションのテンポ感が独特だ。たくさんいる生徒の中でも際立つ白い髪と青い瞳を持った彼女に急に隣に立たれるとびっくりするのだが…。何度言ったって、マキナの急に声をかけてくる悪癖は直らない。


「まあ、ぼちぼち?自分でできるところまではやってみたけど…っていうレベル」


「なるほど」とそのままマキナは私の隣に腰かける。


「ちょっと、マキナ」


「はい?」


「四人掛けのテーブルなんだから、わざわざ隣に座らなくても…向こう、空いてるよ?」


「隣に座ると何か問題があるのですか?」


「そう言われると…」


「ならば構わないのでは?」


「あー…」


 内心、他の生徒にこうしているのを見られたらどうしよう、と思っていた。この座り方は恋人関係みたいだったからだ。


 私は少し逡巡した。ここでそれをマキナに伝えるのは自意識過剰な感じがしたからだ。でも、やっぱり変な誤解をされて、それがツヅリに伝わってしまってはたまらないと考え、私はマキナにバツが悪そうな声音でこう告げる。


「…あのね、マキナ。こういう座り方だと、私たちそういう関係なのかなって誤解されるよ?」


「そういう関係とは?」


 いや、分かってよ…という言葉は飲み込んだ。


 マキナは空気が読めない人だ。高校生活が始まって少しの間は、彼女の頭脳明晰さや美貌のほうが目立っていた。だが、彼女のことを知るにつれて、とりわけ『友だちになって』とお願いされて以降は変人ぶりのほうが顕著になっていた。なるほど、これだけスペックが高いのに友だちや恋人がいないわけだ、と納得できるほどに。


「付き合ってるのかな、って思われるってこと」


「なぜ?」


「な、なぜ?」


 反射的な速度で打ち返されて、私は面食らう。


「はい。不思議です。隣に座っただけで恋人になるのであれば、私はサクラやダイキとも恋人になります」


 サクラやダイキというのは、教室内においてマキナの隣の席になっているクラスメイトだ。


「いや、違う違う。そういうことじゃなくてね?」


 私は大仰にかぶりを振って説明を続ける。


「ほら、教室は自分で選んだ席じゃないじゃん?しょうがなくそうなっただけで…でも、喫茶店の席――今は、私の隣を選ぶ必要がないでしょ?向こうに座れるんだから」


「ふむ」


 思案気な声を出したマキナだったが、顔はいつも通りだ。


 青い瞳は見開かれたままで、誰もいない正面の席を見つめている。ぱちり、とまばたきする際に踊る白いまつ毛はこの世のものとは思えないくらい繊細で、一本、一本が照明の光を反射して輝いていた。


「しかし、公園のベンチや図書館の席などでは、よく恋人関係でない者同士が隣合っていることも多いように思われます。アイもよくレイジとそうしていませんでしたか?」


「え、あー…それはそうなのかもだけど…うぅん、難しいなぁ」


 それから少しの間、私はどうにかマキナにも分かるように説明できないかと努力したが、残念なことに、私の言語能力では彼女を完全に納得させることはできなかった…というか、彼女が常に数秒もかけずに出してくる、例外パターンが多すぎるのだ。


「上手く説明できなくてごめんね、マキナ」


「なぜ謝るのですか?」


「えぇ…なんか、申し訳ないから?せっかく聞いてくれたのに」


「アイ」


 不意にマキナから名前を呼ばれて顔を向けると、また、彼女の顔が私のすぐ目の前にあったのだが、それで飛び上がるより先に、なぜかマキナの白い手が私の頬に触れた。


「私はむしろアイに感謝しています。みんな、私がこうして説明を求めると面倒そうにどこかへ行ってしまうものですから。こんなふうに相手をしてくれるのは、アイぐらいのものなのです。だから、ありがとう、アイ」


 何度も、何度も名前を呼ばれて、しかも、端正な顔が近いから、不覚にも胸がときめく。ツヅリというものがありながら(いや、まだ恋人ではないのだが…)、他の人に魅力を覚える自分を情けなく思いつつ、これはしょうがないだろうとも考える。


「ど、ど、どういたしまして。でも、マキナ、近い、近いって。何度言わせるの、これ」


「あぁ、すみません。どうもこういうのが未だに苦手で…なかなか学習できないものですね」


 真顔のまま離れていったマキナは、一拍置くと、私に向かって芸術作品のような微笑みを向けてきた。


「ですが、感謝しているのは本当です。アイが友だちになってくれて本当に良かったです」


「あ、いえいえ…私も、ありがと…」


 つい、顔が熱くなる。それはまるで、マキナの指のぬくもりが顔全体に広がっていったみたいだった。


「…まぁ、そうですね。アイが恋人、というのも、興味深い状況かもしれません」


「えっ、ちょ…からかわないでよ…」


 それから私は、羞恥と居心地の悪さの逃げ場をコーヒーに求めるべく、カップを口につけていたのだが、直後、マキナの漏らしたぼやきに全神経を引っ張られることとなる。


「からかってなどいません。貴方は特別です。…ただ、だからこそ、ルイと行動を共にすること、そして、そのレポートの中身には苦言を呈せずにはいられませんね…」




 聞き間違いか、とマキナを見やる。だが、彼女は真っすぐ私を見つめていて、その眼差しは何の感情も感じ取れないほど冷たかった。


「クラス委員長として、ルイのようにルールを破ることを是とする者を容認することはできません。マザーや先生に報告する義務が私には常に生じています」


「ま、マキナ…」


「そのレポートも同様です。シェルターの歴史や成り立ちに何の興味関心も示していなかったアイがそうした疑問をまとめているのは、ひとえに、ルイの影響でしょう」


「どうして、これの中身を知ってるの」


 私は少し強めの語調でマキナを問いただしたが、彼女は一切表情を変えないまま人差し指を唇に当てると、「他の方に聞かれて困るのは、私ではありませんよ」と忠告めいたことを言ってきた。


 心を静めるべく、コーヒーに口をつける。いつもの苦味が、きちんと感じられなかった。緊張していることが自分でもよく分かった。


「中身を知られたくなければ、授業中、あんなに堂々と書かないことを推奨します。多少、目が良い者であれば、覗き見る事は造作もないでしょう」


「…覗かないのがマナーだと思うけど」


「それは失礼しました」


 悪びれる様子もなく謝るマキナに、少し苛立ちを覚える。だが、それ以上に彼女の意図がまるで分からないことへの不安のほうが今の私を支配していた。


 マキナはどうして、この話をわざわざ私にしてくる?


『探し物は、見つかりましたか?』


 唐突に、あの日のマキナの言葉が耳元で蘇る。彼女もまた、何かを知っていて、それで私を咎めようというだろうか?


「怖がっているのですね、アイ」


 内心を言い当てられて、びくりとする。そんなに分かりやすく表に出ていたのか、それとも、あの本で見た宇宙人のように、人の心を読み取る力があるとか…?


「瞳が揺れています。視線が一定ではない。呼吸も多少なりと荒くなっているようですし…まずは、誤解を解きましょう。アイを怯えさせたくて、この話をしたわけではありませんから」


 そう言うとマキナは、誰もいない席を見つめたまあ、同様に注文していたコーヒーを一口飲んだ。一つ、一つ、洗練されて無駄のない動作だった。


「じゃあ、なんで言ったの。レポートの中を盗み見たりしてまで」


 ゆっくりと、マキナの顔がこちらを向く。その際の緩慢なまばたきが不気味に見えたのだが、ふっとこぼれた少し困ったような、悲しそうな微笑みで霧散する。


「そんなにも警戒したり、不思議がったりする必要がありますか?問題児に影響を受けて危険な真似を始めた大事な友だちを案じている…こんなにも分かりやすい理由、他にないでしょう?」


「マキナ…」


 マキナは人とは変わっている。だからこそ、その感情の機微を読み取りづらいところがあるが、彼女は常に私たちを案ずる行動を取っている。


 ルイに対して手厳しい意見なのは、クラス委員長という立場を考えれば普通だし、そもそも私も、ルイのルールを無視した言動は嫌っていたのだ。


 私はちらとでもマキナを頭の中で宇宙人呼ばわりしたこと恥ずかしく思った。付き合いの長いレイジですら、私のことなんてほったらかしなのに。


「ごめんね、マキナ。心配してくれたのに、嫌な顔なんてして」


「嫌な顔…はぁ、それは分かりませんでしたが、謝る必要はありませんよ、アイ。友人を心配するのは、友人の正しい役目です」


 妙な言い回しに、私はくすっと笑みを漏らした。それに呼応するみたいにマキナもまた笑ったから、私は酷く安心した気持ちになることができた。


「それでは、行動を改めてくれますね?アイ」


「え?あー…」私は頭の後ろをかきながら、苦笑する。「ごめん、それはやっぱり約束できないかも。あと少し考えたら、色々と分かる気がするんだ。ここまできたら、やっぱり自分なりの答えは見つけたくて」


「自分なりの答えですか…」


 マキナは私の表情を観察するみたいにじっと、こちらを見つめてきていたが、ややあって、一つ深く頷くと、カップを手元に移しながらこんな物騒なことを告げてきた。


「分かりました。あと少しだけ、先生やマザーには黙っていましょう。ただし、危ない真似だけはしないで下さいね。たった一人の大事な友だちが破砕機に巻き込まれてミンチになったり、高温処理施設で丸焦げになったりした報告は聞きたくありませんから」

次回の更新は木曜日となっています!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ