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機械仕掛けのエデン  作者: null
三章 探究の光

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11/21

探究の光.2

 次の日、私は学校帰りに早速ルイの元を訪れた。


 いつも放課後は人知れずいなくなる彼の居所を把握できていたのは幸運とも言えたが、その原因を考えると少し微妙な気分にさせられる。


「…ルイ君、ずっとレイジに付け回されてるなんて…哀れー…」


 私はルイの自室の扉の前に立ち、ため息と共に独り言を漏らす。


 どうやらレイジは、以前に煽られたことをよほど根に持っているらしく、ルイが立ち入り禁止区画に足を踏み入れないよう、執念深く放課後の彼を追跡しているらしかった。


 もはや度を越してストーカーなのでは、と正直、引いていたが、マザーやツヅリに嫌な思いをさせない役に立っていると思えば、見て見ぬフリができた。


 ルイへの哀れみを一旦頭の隅に追いやり、彼の扉をノックする。


 返事を待つ間、寮の廊下をなんとなく眺めていた。不思議と階ごとに男女で分けられている寮の通路には、突き当たりにだけ窓があり、転落防止のための柵が部屋の中と同様設けられていた。


 それ以外は殺風景なものだ。階段の踊り場に申し訳程度の観葉植物があるが、みんなの自室が並ぶ廊下は本当に何もない。


 しばらく待ったが返事はなかった。でも、レイジの報告によれば彼はもう帰っているはずなので、居留守を使われている可能性がある。


 私はもう一度ノックをした。


「ルイ君、私、アイだよ。いるんでしょ?」


 またも返事がない。


 しょうがないから、もう一度叩こうとした。すると、私の手が扉の表面に触れる寸前、ぎぃ、と音を立ててルイが顔を出した。


「なんだ」


「ちょっと用事があって」


「僕にはない」


 問答無用で身を引っ込めようとするルイ。私は慌てて扉の縁に指をかけ、それを制止した。


「あるの。私にあるの!」


 よくよく考えれば危ない行動だったかもしれない。ルイが力を入れていたら、私の指は青紫に腫れあがっていただろうから。でも、彼はそうしなかった。面倒そうな顔こそすれど、乱暴な真似は好きではないらしい。


「…はぁ…」


 ルイがわずかに扉を開く。ここで話せ、という意味だろう。


「あの、中で話してもいい?」


「断る。ここで済ませてくれ」


 一蹴してくるルイに対し、私は声を小さくして告げる。


「それはたぶん、ルイ君のほうが困ると思う」


 これだけでピンときたのだろう。彼はしばし苦い顔で逡巡したかと思うと、私に対し顎だけで部屋の中へと入るよう指示した。


 気障というか、偉そうな態度だ。これはレイジが嫌うのも頷ける。


 とはいえ、こちらの思惑通りに事が運んだので、私は少し安心していた。だから、室内に入るや否や、「この間のことだけど」と口火を切ったのだが、ルイがそれを止めた。


「待て、せっかく来たんだ。コーヒーくらい入れてから話そう」


「えっ…」


 思わず絶句する。彼の自室が殺風景だったからではない。ベッドの上に皺だらけのシャツが脱ぎ散らかされていたからでもない。それらは極めて予想通りだったが、ルイが客人をもてなすようなことを言ったのが驚きだったのである。


 私はルイの指示通り、フローリングに腰を下ろした。


 ルイは手早くインスタントコーヒーをカップに注いだ。


 こだわって買ったものなのか、アンティーク調のカップが一つと、粗雑な紙コップが一つ、机に並ぶ。言うまでもなく、私に差し出されたのは紙コップだ。


「ありがとう」


 私はお礼を口にすると、すぐさま話の続きをしようとした。だが、彼はそんなこちらの動きを制するみたいにインスタントコーヒーの種類についてゆっくり、だらだらと語り始めた。


 こんな話をしに来たのではないが、珍しくルイが自分の話をするものだから私も適当な相槌を打っていた。


 すると、そのうち彼は、「図にしたほうが分かりやすいか」なんて言って白い紙に鉛筆で何やら書き始めた。


 パッドで書くほうが便利なのにわざわざ紙に書くのかとか、そこまで興味ないけどなぁとか、色々考えて苦笑していた私だったが、彼が書き始めたのが図ではなく文字であることに気づくと、目を細めてそれをよく観察した。


『この間のことなら、口には出すな』


 何かの見間違いかと思ったが、そうではない。「どうだ?」と尋ねてきたルイの目がそれを証明していた。


 なぜ筆談する必要があるのか疑問だった。でも、ここは彼のやり方に沿うべきだ。


「えっと」と私も半ば強引に鉛筆を彼の手から奪い去る。久しぶりに握る鉛筆の木の感じがどこか懐かしい。


『なんで?』…「こういうこと?」


『僕に関わるなと言っただろう』…「これでも分からないか?」


『質問の答えになってないし、そう言われても、納得できないし』…「分からないよ」


 そこでルイはしばし考える素振りを見せた。何か迷っていることは明白だったから、気を変えさせるには今がチャンスと鉛筆をさらに滑らせる。


『何を知ってるの?私にも教えて』


 その文字を見て、彼がさらに眉間の皺を濃くする。


「まぁ、そう簡単に分かることでもないか」


 ため息交じりに、また一行。


『無理だ。もう関わるな』


『嫌』…「ごめんね、あほで」


「別に気にするな。僕からすれば、ほとんどの人間が阿保だ」…『無理だと言っている』


 それからしばらく、私たちは二種類の会話をこなした。一つはインスタントコーヒーに関する浅い会話。そしてもう一つは、白い紙面上で行われる建設的ではない応酬。


 その往復が十周を過ぎた頃、ようやくルイのほうが綴る文字を変えた。


『なぜ、そんなにも執着する?』


 私は一拍遅れて返事を書き込んだ。すでに、紙の上はぐちゃぐちゃだ。


『友だちが何か隠してる。私は、シェルターのルールに関係することなんじゃないかって思ってる』


「…っ」


 ここで初めて、ルイが分かりやすく驚いた反応を見せた。


 ちらり、と私の顔を覗き見た彼は、熟考の波に埋もれるように難しい顔をしてコーヒーをすすると、しばし沈黙を横たえた。


 こちらも根気強くルイの反応を待っていると、そのうち、また彼の持つ鉛筆が動く。


『それはレイジか?それとも、ツヅリさん?』


 私はこれについて、何も答えなかった。なぜレイジの名前が出たのかは不思議だったが、彼ではなくツヅリのほうがルイの追及の矛先になるとしたら、それは私の本意ではない。


「ふぅ…アイさんも飲むといい。悪くないぞ」


「え、あ、ありがとう」


「あぁ…」


 ルイもその点については粘っても無駄と察していたのだろう。先ほどよりも短い時間で舵を切る。


『あのときのイヤリング、まだ持っているか?』


「うん。うん、美味しいよ」


 相槌で間接的に返事をすれば、彼は満足げに頷いた。おそらく、コーヒーの味に対する反応ではない。


『アイさんがどうしても言うのであれば、教えないこともない。だが、リスクも伴うことだ。君にも、僕にも』


 リスクとは、と小首を傾げれば、彼は深刻そうに頷き、「いいか、大事なことだからもう一度図示するぞ」と余白の少なくなった紙面に文字を刻む。


『危険域に足を踏み込むことになる。アイさんだって、なんとなく感じただろう、この間の謎の通路で。言葉にし難い不気味さを』


「う、うん」


『一度知ってしまえば、その危険域からは出られなくなる。後悔するかもしれない、他の人に無責任に話すかもしれない。それは僕としては絶対に避けたい。だから、アイさんに知る資格があるかをテストしたい』


 このときまでは、危険という言葉や秘密という言葉の重さについては半信半疑といった感じだった。


 ツヅリやルイの言うことを信頼していないわけではないが、人は、実際に自分が感じたものしか正しく知れないものなのだ。だから、私は不安や恐怖、使命感の他に好奇心や昂揚感を抱いていたことは正直に話さねばならないだろう。


 ぺろり、と舌で唇を湿らせてから、彼との会話と筆談に合わせる。


「こういうテストのおかげで、良い豆ができてるってこと?」


「ああ、そうだ。悪い豆をまぜるわけにはいかない。リスクがある」


「ふーん、でも、私、テストって言葉はあんまり好きじゃないかも」


「ふっ、そうか」


 私の冗談を聞いたルイは、クマがハッキリ残った瞳を細めて不敵に笑うのだった。




「よいしょ…っと」


 私の体はドスンと音を立てて、図書館の椅子に深くもたれかかる。


 今日はいつものような広いテーブル付の座席ではなく、外の風景がハッキリと見える一人がけの座席についていた。元々利用する人間の少ない図書館だから、席なんて選び放題である。


 窓の外では、疑似太陽が沈みつつあった。図書館の利用可能時間まで残り少なかったが、私はギリギリまでここに居座り、作業を続けようと思っていた。


 すでに、私がここで作業を始めてから4時間以上が経過していた。途中で覚えた空腹感も今は鳴りを潜め、ただ、ルイに出された条件を満たすために必要な情報を処理することに集中していた。


 ルイが彼の持つ秘密を共有する条件として出したもの――それは、このシェルターについて、私が十分だと思うまで手書きでレポートを作成するというものだった。


 手書きというだけでも労苦を伴うし、出した結論や情報については、自分がどうしてそう思うのかまで記せという面倒な条件付きだ。正直、この条件を出された直後は辟易として断ろうかと思ったが、少し冷静に考えれば、それだけで一つ確実に、私の中で何かが歩みを進められるのだから楽なものだと捉え直した。


 とはいえ、ルイはそこまで具体的な指針を示したわけではなかったから、作業開始2時間ほどは難航していた。


 レポートが軌道に乗ったのはつい1時間前。シェルターを作った西暦人類の行く末に疑問を抱いてからだった。


(西暦人類って、戦争とかパンデミックで大部分が死んじゃったんだよね…。んー…私たちの先祖にあたるその人たちが、こういうシェルターを作ってまわった。だから、この場所がある。それでもって、この世界の各地にシェルターはある…。そういうのを作った人たちとか、卒業生とかが、労働シェルターで働いていて…各シェルターの管理は義体を通してやっている…)


 テキストや資料に記されている歴史だ。西暦から今の時代に移る過渡期の話。


 私は違和感なく…というか、興味もなく今までそれを受け入れてきていた。だが、よくよく考えれば不思議な点がいくつかある。


 私はそれらをレポート用紙に箇条書きでまとめていた。そのいくつかをここに抜粋する。


 一つ、なぜ、西暦人類は複数箇所にシェルターを作ったのだろうか?


 外の世界での移動は大人でもかなり危ないと聞く。それなら、一カ所にまとめておいたほうが効果的だし、安全なはずだ。


 二つ、なぜ、大人たちは義体を通してシェルターの維持管理を行うのだろうか?


 人口が大きく減った今の時代、動ける人間が少ないのは分かる。でも、それはそうとして、各シェルターに何人か大人を配置するのが妥当ではないか?大人は忙しい…とよく先生たちは言うが…。


 三つ、なぜ、シェルターを『子どもたちの教育の場』『大人たちの労働の場』と分けたのだろう?


 私たち子どもの教育という点でも、大人が働いている姿を直に見られるほうがいいに決まっている。


 私は自分で書いた文字を目で何度もなぞっていた。そうしているうちに、自然と自分の考えが口から洩れた。


「…うぅん、効率、悪くない?」


 西暦人類の行動は酷く無駄が多く、冷たい気がした。対照的に義体たちの動きはとても効率的で、温かい。マザーなんかが分かりやすい。


『大人たちは、何を考えている?』


 さっと書いた文字が、私に嫌なリアリティをもって疑問を投げかける。


『そもそも、大人たちって、どこにいる?』


『労働シェルター』


『それって、どこにある?』


『分からない』


『あるの?そんなところ』


 ひゅっ、と矢印を引っ張って書いた疑問が、私の想像力を刺激する。最近、陰謀めいた小説を読んでいたせいかもしれない。


『ないかも』


『じゃあ、大人はどこに?』


『本当は、いない?』


 流れのままに綴った自分の一文に目を落としたとき、不意に、ぞっとするものが背筋を撫でた。


(…『そもそも大人はいない説』…うぅん、これなら、ルイやツヅリが隠しているのも納得できる…?)


 恐ろしい考えに肌が粟立つ一方、核心に迫ったような気がして興奮も覚えた。しかしながら、それはすぐにありえない話だと気付いた。


 私は、十年近く前に大人たちとやり取りしたことがある。社会科見学の一環だ。無線を通じてのみだったが、マザーたちみたいな機械っぽい声ではなく、私たちと同じ肉声だった。


 きちんと姿を見たことはないが、大人がいないというほうがよほど妄想じみている。だとしたら、私たちは親もないのにどこから来たのか…。


 本の影響を如実に受けていく私自身に、思わずシニカルな微笑みが浮かぶ。だが直後、自分の論理に穴があることに気づく。


(あれ…?でも、私たちって…)


 保健体育の授業で先生がみんなに言っていたことを、ふと思い出す。


 今の私たち人間は放射能汚染の影響を受けて、生殖機能が著しく低下しているらしい。そのせいで自力での生殖が難しいから、大人になったら遺伝子データを抽出して子ども作るようになっているのだ。


 結果として私たちはみんな試験管から生まれ落ちる。そのほうが、人の体から直接生まれるより遥かに確実で安全らしい。


 でも、それ以前の時代は?


 西暦人類は、どうやって子どもを作っていた?


 彼らと私たちの体に大きな違いはない、私は学校でそう習った。


 だったら、どうやって?


 今の人類は遺伝子情報を抽出して、試験管で子どもを作る。


 西暦人類は?


 自分たちで?どうやって?どこで作るの?


 この不可思議な疑問はムクムクと大きくなっていった。


 今はシェルターの歴史や成り立ちを振り返る時間だったが、なぜだろうか、一見関係がなさそうでも、この問題は深くそれに関わっているような気がしてならなかった。


「…息抜きがてらに…ちょっと調べてみよう」


 立ち上がり、西暦人類の書籍データが保管されているコーナーへと向かう。発した言葉とは裏腹に、どこか確信めいた奇妙な感覚が私の中にあって、それは落ち葉の下で蠢く虫みたいにざわついていた。


 適当な本を借りてきて、席に戻っておよそ一時間。外はすっかり暗黒に飲まれていて、まもなく閉館時間であることを知らせる音楽が館内には流れていた。


 結論から言おう。私はどれだけの本を、ページをめくろうと、疑問を解決することができずにいた。


 それは何も、書いてあることが難しかったからではない。ツヅリやマザーとの関わりで、私の読解力は間違いなく向上していた。


 それでも謎を解決できなかった理由は、明快であった。


「……駄目だ、どこにも書いてない…」


 見つからないものを探すことに疲れた私は、大仰なため息と共に背もたれになだれかかる。


 西暦人類がどうやって子孫を自ら残していたのか――驚いたことに、それらはどんな書籍に目を通そうとも記されていなかったのである。


 一冊、二冊なら偶然で片づけられるかもしれないが、すでにその数は三十冊を超えている。端から端まで見たわけではないとはいえ…これは奇妙だった。


「ラブストーリーはたくさんあるのに……なんで…?」


 まるで、誰かがそれを私たちが知ることのないように隠そうとしているような感覚がして、思わず寒気に襲われる。


 両腕をさすりながら、高く広い天井を仰ぐ。


 この図書館自体が、意志を持った巨大な怪物に見えた。

次回の更新は火曜日となっています!

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