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機械仕掛けのエデン  作者: null
三章 探究の光

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10/25

探究の光.1

本日より三章がスタートします!

シェルターの謎に向き合い始めたアイのこれからを、どうぞ見守って下さい。

 シェルターの中は、安定した気候にある。


 つまらない言い方をしてしまうと、かつての世界にあった春夏秋冬なるものが存在しないわけだが、毎日を暮らしていくのにこれほどありがたいことはない。


 以前、夏や冬の疑似体験をする授業が開かれたが、あれは最悪だった。


 夏の灼熱は、私たちを数十分もまともに立っていられない状態に陥れるし、冬の凍てつきは、体を丸めていないとカチカチなる歯の勢いで頭痛が酷くなったからだ。


 ただ、少しだけもったいないと思うのは、服装の幅がそう広くないことだろうか?物語の中で見かけるような分厚いコートなんかを着てみたい気もする。


 私は…頭の片隅に潜んでいるアレやコレやを追い払うために、そんなことを考えながら待ち合わせの場所に足を進めていた。


 翻るミニスカートの裾。今日もガーリーな自分には満足だ。でも、言葉にし難い疑問が足枷みたいについてまわるこの頃は、嫌いだ。


「ふー…集中、集中…」


 目的地が近づくにつれて、独特な臭いが強まる。獣臭、というやつだろうか。


 ゲートが目視できるようになると、そのそばに立つ彼女の姿も見えてきた。デニムのジーパンにブラウスを着たツヅリの姿である。


「ツヅリ!」


 少し遠めから手を振りながら走り出す。そうすれば、彼女もおずおずと手を振りつつ、ゆっくりこちらに歩いてきた。その場で待ってくれていいのだが、こういう生真面目さも、彼女の魅力だ。


「ごめん、私から誘ったのに…待った?」


「いいえ。大丈夫。私もさっき来たところだから」


「お、デートのテンプレート。せっかくなら、言う側になりたかったかも」


「え?え?」


「なんでもない。行こっ!」


 ちょっと困ったふうな顔のツヅリの手を引く。彼女はわずかに抵抗するか迷ったようだが、すぐにそれを受け入れ、手を繋いだまま私と共にゲートで入場券を買い、中へ入った。


 今日のデートは定番の動物園である。


(まぁ、デートというか…私がこの間、心配させたことのお詫びって言って無理やり連れだしたんだけども)


 立ち入り禁止区画の一件の後、ツヅリは寮と学校の間にある公園にて、しばらく私の胸で涙を流していた。


 泣き終わって、ツヅリが動き出したのは、日がほとんど沈んだ後だった。


 顔を上げた彼女は、真っ赤に泣き腫らした瞳で私を寸秒見つめたかと思うと、何か、酷く疲弊した様子で再び俯き、「ごめんなさい、取り乱したわ」と呟いた。


 不安がそうさせたのだ。


 ルールを遵守したい気持ちが強すぎるがゆえだ。


 私がルイと一緒になって叱られるのを哀れんだのだ。


 ――そんなふうには、思えなかった。


 立ち入り禁止区画の内側で見つけた、『明らかに義体には通れない扉』、『血の付いたイヤリング』、『まるで男女用に作られたみたいなペアイヤリング』。


 ルイは、それらに加えて何かを見つけていた。きっと、『手紙』だった。


 マキナは、まるで私たちの場所が分かっていたみたいにやって来ていた。しかも、『探し物は見つかりましたか』なんて、意味深なことを言ってきた。


 ツヅリは、多くのクラスメイトがただの悪戯と呆れかえっていたルイと私の行動について、酷く情緒の乱れた様子で咎めてきた。


 みんな、まるで、何かを知っているみたいだ。


 私の知らない何かを…。


(あぁもう、ダメ。ダメだって)


 頭を左右に振り、昨日の夜からずっと繰り返している思考をどうにか追い払う。一時的なものだと分かっていたが、何もしないよりマシだった。


(今日はただ、ツヅリと二人きりになれる時間を楽しめばいいよ)


 自分にそう強く言い聞かせ、私に引っ張られるままのツヅリを振り返る。彼女の顔は未だ少しだけ不安そうだったが、無理やり作った私の笑顔にあてられたのか、そのうち、遠慮がちに口元を綻ばせた。


 それでいい、と思った。


 天空は青く澄み渡り、雲一つない。たとえ作り物だったって、こんなに胸がスカッとするのならば、たいした問題ではないのだ。


「ねぇ、ツヅリ、まずは何を見たい?ライオン?ゾウ?キリン?それとも、トラとか!?」


 私が勢いよくまくし立てて尋ねれば、ツヅリはどこかおかしそうに目を細めてから、「アイは、何を見たいの?」と聞いてきた。


 正直、ツヅリと一緒ならなんでもいい。だから、とりあえず園内をぐるりと巡ることができるコースを提案した。


「私はそれで大丈夫」


「よし、じゃあ、行こう!」


 手を繋いだまま、再スタート。まずはトラのいる檻からだ。


「あの、アイ…」


「ん?」


 振り返れば、ツヅリは気恥ずかしそうに視線を二人の手に落とした。


「い、いつまで、繋いでおくの?」


 愚問だ、と私は悪戯っぽく笑う。


「いつまでも!」




 動物園を一周した私とツヅリは、途中のペンギンエリアに戻ってきて、パラソルの下、パフェで舌鼓を打っていた。


 冷えたクリームが程よい疲労感を覚えていた体を癒す。甘味が過剰すぎると食傷気味になるなと感じるが、多幸感はどれだけ過剰でも良いと思える時間だった。


 少しだけでも、彼女の影に寄り添えただろうか…。いや、そんな物事が簡単にいくはずもない。


 人の心はフィクションの中で綴られるほど、容易く動きはしない。それならば、きっと西暦人類たちは自分たちを絶滅の危機に追いやるほど、破滅的な戦争を起こさなかったはずである。


 フィクションのような出来事は、時間と、愛と、運命とが揃ったそのときにのみ起こりうるのだろう。


 ならば、せめて私は時間と愛だけでもツヅリに捧げよう。自己満足かもしれないが…運命の歯車が噛みあったその瞬間に、他の物が足りないなんてカッコ悪いことにはなりたくないから。


「アイ?」


 声をかけられたことで、私はふと我に返った。


 目の前には不思議そうな顔をしたツヅリ。


 しまった、デートの途中だったと笑顔を作る。本を読むことが習慣化して、しばらく経ったからだろうか、どうにも難しいことを考えるようになってしまった。


「あ、ごめん、ぼうっとしてた。なに?」


「いや…疲れた?」


 私は首を左右に振る。


「うぅん。ちょっとだけ考え事!らしくもなく頭使っちゃった」


 両手に握りこぶしを作っておどけてみせれば、ツヅリはほんのり微笑む。


「ふふ…口元にクリームをつけて?」


「え、嘘」


 慌てて拭うも上手く取れていないらしく、ツヅリにはずっと、「違う、そこじゃないわ」と言われていた。


 そのうち、どうやったって取れない気がしてきた私の頭に妙案が浮かんだ。


「ツヅリ」


「はい?取れていませんよ」


「んーん、ん」


 言葉なく、頬を少し彼女に向ける。これで伝わるだろうかとちょっと心配だったが、こちらの意図するところは十分に伝わったのだろう。ツヅリの頬は赤くなっていた。


「えっと、あの…どうしたん、ですか」


「ほら、分かるでしょ。テンプレート」


 クリーム取って欲しいの、と言外に示せば、ツヅリは頬を紅潮させたまま視線を逸らす。


「テンプレートは、フィクションの中の話です。現実でああいうことをしている人って、あんまり見ませんよ」


「周りの人は関係ありません。ほら、お願いだよ、ツヅリ」


「えぇ…」


 しつこく頬を向けていると、ツヅリは少し逡巡した様子で身を乗り出してから、そっと指先でクリームを拭き取った。そして、綺麗な指先に蠱惑的に宿った白を紙ナプキンで落とした。


「あ」


 微妙に期待していたものと違う。せめて、拭った後にぺろりとしてくれるのを希望していたのだが…。


「…その『あ』は、『ありがとう』の『あ』で間違いないですよね」


 じっとりとした目つきでツヅリに睨まれた私は、どこか残念な気持ちと同時に嬉しい気持ちも抱いて笑っていた。


「うん、もちろん!ありがとう、ツヅリ」


「え、あ…どう、いたしまして」


 ツヅリがあんな目で睨む相手なんて、私以外、この世にいるだろうか。いや、いない。彼女は私以外には、だいたい無感情に見える淡白な眼差しを向ける。


 それは特別感だ。そして特別は、幸福だ。いつかツヅリの特別な人になりたいと願っている私にとってはとりわけ。


 私が幸せそうにこにこしていたせいか、ツヅリはどこか照れ臭さを隠すようにしてペンギンゾーンのほうへと視線を投げた。私も、それにならって顔の向きを変える。彼女と同じものが見ていたかった。


 ペンギンは白と黒の体毛を持つ、愛らしい鳥類だ。ぱたぱた、よちよち歩く姿がみんなに人気で、この動物園のお土産コーナーにあるぬいぐるみを持っている生徒も多くいる。


 私はペンギンが水の中を滑るように泳ぐ様を見て、ぼんやり思ったことを口にする。


「なんでペンギンって、翼もないのに『鳥類』なんだろうね」


 ペンギンの体はつるりとしていて、足はあっても手や翼のようなものは少しもない。他のフラミンゴとか、タカとかはきちんとあるのに。


 ツヅリはそのぼやきを聞いて、ふぅっとため息を吐くみたいに答えた。


「それは、復元された生物だから…」


「復元…あー…なんか、先生が言ってたような」


 なんとなく、授業で教えられた気がするけど、上手く思い出せない。そんな私に、ツヅリが丁寧にレクチャーしてくれた。


「戦争が大きな被害を与えたのは、人間だけではないの。むしろ、他の生き物のほうが、絶滅したり、奇形になったり、酷い目に遭ったの。元の形を失っているか、この世から消えてしまっているかのどちらかの生き物しかいなかったから、復元して、こうして飼育しているのよ。…後の世のためにね」


「へぇ…」


 なるほど。彼らもあの空や太陽と同じか。


「復元されてても、可愛いものは可愛いね」


「…ええ、そうですね。可愛いものは可愛い」


 私の言葉を繰り返し呟いてみせたツヅリの声音には、どこか優しい感じが宿っていた。


 顔を上げれば、彼女は私をじっと見つめていた。パチっ、と視線が交差したところで、盗み見ていたことを隠すみたいにツヅリが顔の向きを変える。


「え、なに。どうしたの」


「…いえ、別に」


 このタイミング…とピンとくるものがあって、私は悪戯っぽい笑みと声音でツヅリに問いかける。


「嘘だぁ。本当は『アイも可愛い』って思ってたんじゃないの?」


「え」


 ツヅリが目を丸く見開く。図星だ、と嬉しくなっていたのも束の間、彼女は表情を手で隠して俯くと、「……クリーム、反対側にもついてますよ」と抑揚なく告げるのだった。




 動物園でのデートを終えて寮に帰ろうと言うとき、すでに疑似太陽は西の空へとだいぶ傾いていた。


 夕暮れ時に差し迫ってはいないが、もう数時間もすれば日没となるだろう。


 歩き回った疲労感により重くなった足でゲートを出て、寮への帰路につく。ここからおおよそ三十分程度は歩くことになるため、少しだけ億劫だ。


 かつては車だとか、バスだとか電車だとかいう公共交通機関なるものがそこら中にあったらしい。でも、それは人が多く住む地域でないと採算が取れないということで、このシェルターには用意されていない。


 動物園のある区画から水平線のほうを見やれば、どこまでも続く田園や森林が広がっている。無論、あれも本物ではない。空を映す天井と同じ仕組みが壁に施されているのである。


「お土産、レイジの分は買って来なかったけど、絶対あいつうるさいよ」


 何気なく、レイジの文句を口にしたが、反応がなかったので、私は不思議に思って足を止めてツヅリを振り返る。


 彼女は少し離れた場所で立ち尽くしていた。その視線は真っすぐ森や田園のほうに注がれていたのだが、キラキラした瞳にはどこか寂しそうな色が宿っていた。


 胸の詰まる横顔だ。私は思わず息を忘れ、佇むツヅリを見つめていた。


 風に吹かれ、ツヅリの黒髪がそよそよと揺れる。行く先のない風と同じように、彼女の考えは知れる者のいないどこかへと消えていくだけなのだろうか。


(ダメだ、やっぱり…)


 今にも消えそうなツヅリの姿を見ているうちに、私は昼前に自分へと言い聞かせた、『今日はツヅリと一緒の時間をただ楽しめばいい』という考えを手放さなければならなくなった。


 ツヅリは何かを知っている。しかも、誰にも話せない何か、そのままにしていては、宿主の胸のうちを食い荒らすような何かを。


 彼女と一緒に過ごすうちに、ツヅリの痛みを自分のもののように思うように――いや、思いたくなっている私にとって、それは決して看過できることではなかった。


 ツヅリが内側に抱えるものの正体を突き止めなければならない。そうしなければ、痛みを和らげる方法すら思いつかないだろう。


 だが、彼女に直接聞いたところで効果があるとは思えない。この間の展望台のときみたいにはぐらかされるのが関の山だ。


 だったら、マザーに聞くか?


 少し考えてから、私はその案を却下した。


 立ち入り禁止区画の一件の反応から考えるに、ツヅリの抱えている秘密は『他の人に知られると不利益な内容』である可能性が高い。直感的にだが、おそらく、『シェルターのルール・規則に反するもの』だと思われる。だから、ルイの行動や彼に追従した私を叱ったのだ。


 そういえば、ツヅリは公園で私を叱ったとき、『巻き添えになるかもしれない』と言った。


 あれは、どういう意味なのだろうか?巻き添えになるとしたら、それは誰の巻き添えだろうか?


 少し考えれば、答えは明白だった。


(こうなったら、もうアテはあの人しかないよね)


 私は大事そうに懐中時計を見つめている少年のことを脳裏に描きながら、よし、と気持ちを強めるのだった。

続きは明日、日曜日に更新です!

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