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中年サラリーマンの俺だけど、会社の斜め向かいの席のギャルになぜか懐かれている  作者: 只野 唯
第2章

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第5話 やっぱり俺じゃないな


 人は、自分でも気づかないうちに期待してしまうものらしい。


 山本はそんなことを考えながら、パソコンの画面を見つめていた。

 資料作成。

 数字の確認。

 メールの返信。

 やることはいくらでもある。

 それなのに集中できない。

 理由は分かっている。

 分かっているからこそ、認めたくなかった。

 視界の端。

 数列向こうの席で、朝倉が笑っている。

 その隣には遠藤。

 コピー機の前で何か話しているらしい。

 遠藤が何か言う。

 朝倉が肩を揺らして笑う。

 そんな光景を、ここ最近よく見るようになった。

 別におかしなことではない。

 同じ会社だ。

 年齢も近い。

 話す機会だってある。

 それなのに。

 どうしても目が行ってしまう。


「山本さん」


 声を掛けられた。

 顔を上げる。

 同じ部署の高橋だった。


「ん?」

「何見てるんです?」


 山本は慌てて視線を戻した。


「別に」

「ふーん」


 高橋はニヤニヤしている。

 嫌な予感がした。

 こういう顔をしている時の高橋は、大抵ろくなことを言わない。

 案の定だった。


「朝倉さんと遠藤くん、仲良いですよね」


 山本の指が止まる。


「そうかな」

「そうですよ」


 高橋は当然のように言った。


「最近よく話してるじゃないですか」

「そうだね」

「お似合いですよね」


 胸の奥に、小さな棘が刺さる。

 山本は何も言わない。

 高橋は気づいていない。

 ただ世間話をしているだけだ。

 だからこそ余計に痛い。


「朝倉さんには、ああいう人が合うのかもしれないですね」


 高橋は遠藤の方を見ながら言った。


「ああいう人?」

「ちゃんと引っ張ってくれる人」


 その言葉が、不意打ちみたいに胸に刺さった。

 山本は黙る。

 高橋は続ける。


「遠藤くんって分かりやすいじゃないですか」


 確かにそうだ。

 遠藤は迷わない。

 思ったことを口にする。

 人の輪の中心にいる。

 誰とでも話せる。

 明るくて。

 若くて。

 自信がある。


「朝倉さんも元気なタイプだし」


 高橋は笑う。


「案外合うんじゃないですかね」 


 山本は曖昧に笑った。


「そうかもね」


 それ以上は何も言えなかった。

 高橋は雑談のつもりだったのだろう。

 適当な話をして、自席へ戻っていく。

 残された山本は、画面を見つめたまま動けなかった。

 ちゃんと引っ張ってくれる人。

 その言葉が頭の中を回る。

 自分は違う。

 すぐ分かる。

 昔からそうだった。

 前に出るタイプじゃない。

 誰かを引っ張るより、後ろから支える方が楽だった。

 学生の頃も。

 社会人になってからも。

 ずっとそうだ。

 家族の介護をしていた時だって同じだった。

 自分がどうしたいかより、何をすべきかを優先してきた。

 気づけば四十代になっていた。

 結婚もしなかった。

 恋愛も途中で止まった。

 止めたというより、後回しにしていたら終わっていた。

 そんな人生だ。

 だから。

 朝倉の隣に立つ男として考えた時。

 真っ先に浮かぶのは遠藤みたいな人だった。

 若くて。

 行動力があって。

 未来があって。

 隣を歩いても自然な人。

 それに比べて自分は。

 年齢差だけでも十分だ。

 休日は寝て終わる。

 健康診断の結果に一喜一憂する。

 最近は魚定食が落ち着く。

 そんな男だ。

 ふと視線を上げる。

 朝倉が席に戻っていた。

 何か楽しそうにパソコンへ向かっている。

 ネイルの光る指先がキーボードの上を動いている。

 その横顔を見るだけで、少し嬉しくなる。

 その事実が、また苦しかった。

 好きにならなければ楽だった。

 知らなければよかった。

 告白なんてされなければ。

 いや、違うか。

 山本は小さく息を吐く。

 嬉しかったのだ。

 あの日。

 夜のオフィスで。

 好きです、と言われた時。

 本当はどうしようもなく嬉しかった。

 だから今、苦しい。

 嬉しかったからこそ。

 手放さなければいけない理由ばかり探してしまう。

 山本は視線を落とした。

 キーボードの上に置かれた自分の手。

 少し年齢の出始めた指。

 静かなオフィス。

 胸の奥に沈んでいく感情。

 そして。

 結局、たどり着く結論は一つだった。

 ――やっぱり俺じゃないな。

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