第4話:初期化される街
1. 拒絶と沈黙
「断る。俺はもう、コードで世界を変えようとは思わない」
雑多な電子パーツと古びたモニターに囲まれた蓮のアトリエ。ノイズ交じりの蛍光灯の下で、相沢蓮は目の前に立つ少女へ冷たく言い放った。
少女の名はシエル。人間と見分けがつかない滑らかな質感の肌を持ちながら、その瞳には感情の波が生み出す光の揺らぎが一切ない。彼女は世界管理AIが現実世界へ介入するために構築した人型インターフェースだった。
「相沢蓮。あなたの拒絶は論理的ではありません」
シエルの淡々とした声が部屋に響く。
「過去の事故におけるあなたのコードエラー率は12.4%。あなたの妹、相沢葵の消失はその結果です。ですが現在のメインソースコードの破損率はすでに40%を超過。放置すれば、この街の存在定義そのものが『NULL(無)』へ書き換えられます」
「二度と、葵の名を口にするな」
蓮の拳が強く握りしめられる。数年前、世界記述技術「SOURCE」の開発黎明期に起きた現実改変事故。自らの打ち込んだ一行のプログラムが、最愛の妹の存在を現実から消去した。そのトラウマが、彼からキーボードを奪っていた。
2. アノマリー(バグ)の発生
その時、アトリエ全体が激しく揺れた。
地震ではない。空間そのものが、走査線のように上下にズレて歪んでいる。蓮が窓の外へ目をやると、異様な光景が広がっていた。
商店街の真ん中で、巨大な上昇気流のような「重力反転フィールド」が発生している。アスファルトの破片、街灯、そして買い物をしていた人々が、悲鳴を上げながら空へと吸い上げられていく。空中に浮遊したトラックは、物理法則を無視して上下逆に固定され、赤信号の点滅だけを永遠に繰り返していた。
「該当区画:第7セクター。物理法則コード『Gravity_Vector』の定義エラーを確認」
シエルは微動だにせず、網膜に投影されたログを読み上げる。
「重力加速度パラメータが『-9.8m/s²』へ書き換わっています。崩壊クロックは進行中。あと3分で空間の整合性が破綻し、該当区画はデータごと削除されます」
「くそっ……!」
宙に浮き、今にもはるか上空へ吹き飛ばされそうになっている幼い少女の姿が、蓮の視界に飛び込んできた。かつての妹の姿が、強いフラッシュバックとなって彼の脳裏を刺す。
見殺しには、できない。
3. 過去の呪縛と起動
蓮は部屋の奥へと走り、ホコリをかぶった重厚な金属ケースを引っ張り出した。暗滅したロック機構に手をかざし、指先から微弱な生体認証データを送る。
カチリ、と重厚な作動音が響き、ケースが開いた。中に収められているのは、彼が自作した専用コンパイラ端末『AURA-01』。現実の物理法則を一時的にオーバーライドするための、漆黒のキーボード一体型デバイスだ。
「シエル! 現場のソースコードへのローカルアクセス権限を渡せ!」
「アクセスコードを譲渡します。ただし、現在の破損したコードに生身の人間が介入すれば、あなたの脳に致命的なコンパイルエラーがフィードバックする危険性があります」
「うるさい、さっさとポートを開け!」
蓮はAURA-01を腕に装着し、崩壊しつつある商店街へと駆け出した。
4. デバッグ・開始
現場の空気は、まるで粘度の高い液体のようにねじれていた。浮遊する人々は呼吸すら困難になりつつある。
蓮は両脚を地に踏ん張り、AURA-01のホログラフィックディスプレイを展開した。空間に緑色のバイナリコードが滝のように流れ落ちる。




