EP 13
「鬼龍、牙を剥く(前)」
夜明けとともに、それは、来た。
砂塵を、上げて、迫り来る、アバドン商会の、襲撃部隊。数十人の、傭兵。武装した、ならず者。
そして、その先頭に——鎖に、繋がれた、巨大な、魔獣が、いた。
「グルォオオオオオッ!!」
二本角の、漆黒の、巨体。牛とも、熊ともつかぬ、異形。背丈は、家屋を、超え、一歩、踏み出すごとに、大地が、揺れた。
「ヘルバイソン……!」キャルルが、青ざめた。「魔窟級の、魔獣を、使役して……!」
要塞化した、ポポロ村の、防壁の上で。
龍魔呂は、その魔獣を、静かに、見据えていた。
「……あれが、切り札か」
部隊の、後方で。
馬上の、男が、嗤った。アバドン商会の——いや、シンジケートの、首魁。冷たい目をした、痩せた男だった。
「フハハ! 抵抗は、無駄だ! このヘルバイソンの、前には、要塞など、紙屑同然! 大人しく、希少種族を、差し出せば——村人の、命だけは、助けてやろう!」
村人たちが、震えた。
その、巨大な、魔獣の、威容に。
だが。
「——一人も、渡さねえ」
龍魔呂の、声が、響いた。
防壁の上に、立つ、その男の、手には。
ダイヤの打った、本焼きの、包丁——では、なく。
今は、まだ、何も、握られていなかった。
「リベラ」龍魔呂は、背後の、リベラに、告げた。「お前の、"罠"の、出番だ。奴らが、村に、手を出した、この瞬間——」
「ああ」リベラが、頷いた。手には、あの、偽造許可証の、写しと、大陸当局への、告発状。「奴らは、もう、終わっとる。世界中から、追われる、お尋ね者じゃ。……あとは」
リベラは、龍魔呂を、見た。
「あんたの、出番じゃ。鬼神龍魔呂」
「ああ」
龍魔呂は——防壁から、飛び降りた。
たった一人で。
巨大な魔獣と、数十人の、部隊の、前へ。
「フハハ! 一人で、出てくるとは! 命知らずめ!」首魁が、嗤った。「ヘルバイソン! その、愚か者を、踏み潰せ!」
「グルォオオオッ!!」
ヘルバイソンが、突進した。
家屋ほどの、巨体が。地を、揺るがし、龍魔呂目掛けて——突っ込んでくる。
村人たちが、悲鳴を、上げた。あんなものに、当たれば、人間など、一溜まりも、ない。
だが、龍魔呂は——動じなかった。
すっ、と。
半身に、構える。鬼神流の、歩法。
そして——突進してくる、ヘルバイソンの、その、巨大な、突進を。
紙一重で、躱した。
「なっ……!?」
首魁が、目を、剥いた。
躱しざま、龍魔呂の、手刀が、ヘルバイソンの、脚の、関節を——打った。
ゴッ、と。
鈍い、音。
巨大な、ヘルバイソンの、巨体が——大きく、よろめいた。
「グ、グォ!?」
鬼神流の、極意。どんな、巨体であろうと、関節という、構造の、急所を、的確に、打てば、その動きを、止められる。龍魔呂は、五年間の、闘技場で——自分より、遥かに、巨大な、魔獣を、何体も、屠ってきた。
魔獣の、相手など。
龍魔呂にとっては——慣れた、ものだった。
「……まだ、だ」
龍魔呂の、目が、冷たく、光った。
そして——彼は、空に向かって、手を、かざした。
「来い」
その、瞬間。
龍魔呂の、頭上の、空間が。
ビキ、と、罅割れた。
村人たちが、息を、呑んだ。
それは——あの夜と、同じ、光景、だった。
収穫祭の夜。龍魔呂が、Death4化し、暴走した、あの時。次元の壁を、破って、現れた、武器の、コンテナ。
だが——今回は。
違った。
コンテナから、漏れる光は、赤黒い、殺気では、なかった。
龍魔呂の、意志に、応じた、澄んだ、白い、光だった。
「ガジェット」龍魔呂は、ぽつりと、呟いた。「お前の、置き土産……今、使わせて、もらうぞ」
それは——遠い昔。
まだ、この世界に来る前。流浪の日々に、龍魔呂が、出会った、一人の、発明家。ガジェット。Death4の、暴走を、案じて、彼が、龍魔呂のために、遺した、コンテナ。
あの夜は——その武装が、Death4に、引きずり出され、村を、滅ぼす、凶器に、なりかけた。
だが、今は。
龍魔呂が、自らの、意志で。村を、守るために——それを、握る。
コンテナから、龍魔呂の手に、収まったのは——巨大な、対魔獣用の、武装。砲、だった。
「これは……魔獣を、仕留めるための、もんだ」龍魔呂は、その砲を、構えた。「人には——向けねえ。だが」
龍魔呂は、よろめく、ヘルバイソンに、狙いを、定めた。
「魔獣、てめえは——別だ」
ズドオオオオオンッ!!
轟音。
放たれた、一撃が——ヘルバイソンの、巨体を。
吹き飛ばした。
「グ、グォオオオ……」
家屋ほどの、巨体が。地響きを立てて、崩れ落ちる。気絶——いや、無力化。龍魔呂は、的確に、魔獣の、急所だけを、撃ち、暴れる力だけを、奪った。命までは、奪わない。掟が、その引き金にすら、刻まれているかのように。
「ば、馬鹿な……ヘルバイソンが、一撃で……!?」
首魁が、戦慄した。
防壁の上の、村人たちが——歓声を、上げた。
「すげえ! 龍魔呂さんが、魔獣を、倒した!」
「やった! やったぞ!」
龍魔呂は、煙の立つ、砲を、肩に、担ぎ、首魁を、見上げた。
その姿は——もはや、暴走する、天災では、なかった。
掟を持ち、力を、制御し、村を、守る——鬼神。
「次は」龍魔呂が、低く、言った。「お前らだ」
ピコン。
『村を脅かす魔獣を、無力化しました』
『力を、正しく、振るいました』
『+600 P』
【空の上にて】
その光景を、ユイは、空から、見ていた。
『……たつまろ』
ユイの、声が、震えた。
『あのコンテナを……自分の、意志で、使えるように、なったんだね』
あの夜——収穫祭の、暴走。あの時、ユイは、雷で、あのコンテナを、撃ち砕こうと、した。あれは、村を、滅ぼす、凶器だと、思ったから。
だが、違った。
同じ、力。同じ、武装。
それを、暴走で、振るえば——天災に、なる。
掟を持ち、意志で、振るえば——守る力に、なる。
『力は……変わってない。変わったのは、君の、心だ』
ユイは、微笑んだ。
『リベラさんが、くれた、掟。憂くんが、くれた、笑顔。村のみんなが、くれた、信頼。……それが、君の、鬼を、神に、変えたんだね』
『宿せ、鬼に、神を』
師範の、言葉が。今、地上で、形に、なっていた。
【地上・戦場】
だが——戦いは、まだ、終わって、いなかった。
魔獣を、失った、首魁は——逆上した。
「おのれ……! こうなれば!」
彼は、懐から、笛を、取り出し、吹いた。
すると——部隊の、後方から、もう、数体の、魔獣が、現れた。先ほどの、ヘルバイソンより、小型だが、数で、押し寄せる、群れ。
「全軍! 突撃! 村を、蹂躙しろ! 希少種族を、攫え!」
魔獣の、群れと、傭兵たちが——要塞化した、ポポロ村に、殺到した。
「来るぞ!」龍魔呂が、叫んだ。「みんな、配置に、つけ! 鉄線と、罠を、使え!」
ここからは——龍魔呂、一人の、戦いでは、ない。
村人たちの、総力戦。
キャルルが、月兎族の、古武術で、傭兵を、投げ飛ばす。ルナが、ネタキャベツを、投げ、「ふとんがふっとんだー!」の、絶叫とともに、敵を、爆風で、吹き飛ばす。ニャングルが、後方で、的確に、指示を、飛ばす。リーザの、歌声が、村人たちを、鼓舞する。キュララが、その、勇姿を、ゴッドチューブで、配信し——神々の、声援(と、賭け)を、集める。
そして——龍魔呂が。
その、中心で。
押し寄せる、魔獣を、次々と、なぎ倒していく。
要塞と、なった村は——敵を、寄せ付けなかった。
だが。
その、混戦の、隙を、突いて。
一人の、傭兵が——村の、奥へ、忍び込んでいた。
その、手には。
魔法の、捕縛具。
そして、その、傭兵が、狙う先には——逃げ遅れた、一人の、小さな、影が。
「……あれ? おにいちゃんたち、どこ?」
避難しそびれた、憂が。
ぽつんと、立っていた。




