EP 11
「ニャングルの算盤」
異変は、静かに、始まった。
「……は? 店を、閉める?」
ある朝、ニャングルが、血相を変えて、事務所に、飛び込んできた。算盤は、握っていなかった。それだけで、ただ事では、ないと、わかった。
「村の、商店が、次々と、潰れとるんや。リーザの、地下ライブの、会場も。ルナの、薬草店も。立て続けに、立ち退きや」
「立ち退き?」リベラが、眉を、ひそめた。「なんで、また」
「土地の、権利書が——いつの間にか、別の会社の、もんに、なっとるんや」
ニャングルの、声が、震えていた。
「"アバドン商会"。聞いたことも、ない、よそ者の、会社や。そいつらが、村の土地を、片っ端から、買い占めとる。それも——ぜんぶ、合法的に、や」
龍魔呂は、その話を、黙って、聞いていた。
そして、立ち上がった。
「……そのアバドン商会とやらは、どこにいる」
拳を、握る。悪党なら、沈める。それが、龍魔呂の、やり方だった。
「待ちんさい、龍魔呂さん」
リベラが、龍魔呂を、制した。
「これは——あんたの、拳じゃ、どうにも、ならん」
「アバドン商会の、やり口は、こうじゃ」
リベラが、机に、書類を、広げた。
「まず、村の、商店に、金を貸す。低い、利子で、親切にな。困っとる店主は、喜んで、借りる。じゃが——契約書の、隅に、小さい字で、書いてあるんよ。"返済が一日でも遅れたら、土地の権利を譲渡する"とな」
リベラの指が、契約書の、細かい条文を、なぞった。
「で、わざと、返済日を、わかりにくくしたり、振込先を、急に変えたり。村のもんは、難しい契約書なんぞ、読めん。気づいたら、一日、遅れとる。その瞬間——土地を、根こそぎ、奪われる」
「……汚ねえ、やり方だ」龍魔呂が、低く、唸った。「そんなもの、悪党じゃねえか。なら、俺が——」
「だから、待ちんさい、言うとろうが」リベラが、鋭く、遮った。「あんたが、アバドン商会の、奴を、沈めて、どうなる? 契約は、契約じゃ。法的に、有効なんよ。商会の人間を、一人、二人、叩きのめしても、土地は、戻らん。むしろ、あんたが、傷害で、捕まる。村が、"暴力で、契約に逆らった"と、される。それが、狙いかも、しれん」
龍魔呂は、拳を、握ったまま——その手を、どうすることも、できなかった。
(……俺の、力が)
(効か、ねえ)
初めての、感覚だった。
どんな悪も、龍魔呂の、刃の前では、等しく、沈んだ。だが——この、敵は。拳が、届かない。沈めても、沈めても、契約という、紙が、村を、奪っていく。
龍魔呂は、自分が、いかに、無力かを——思い知った。
「……じゃあ、どうすりゃ、いいんだ」
絞り出すように、龍魔呂が、言った。
リベラは、にやり、と、笑った。
その笑みは——いつもの、お節介な笑みでは、なかった。
第八話の夜、龍魔呂が、垣間見た、あの、昏い、修羅の、笑みだった。
「法には、法で、やり返すんよ」
リベラの、戦い方は——龍魔呂が、見たことの、ないものだった。
彼女は、まず、アバドン商会の、契約書を、隅から隅まで、読み込んだ。三日、三晩、寝ずに。そして——一つの、"穴"を、見つけた。
「あったで」
リベラが、契約書の、一点を、指した。
「この、譲渡条項。"返済が遅れた場合"と、書いてある。じゃが——"遅延の通知義務"が、抜けとる。つまり、アバドン商会は、"返済が遅れましたよ"と、村のもんに、知らせる義務を、果たしとらん。これは——この大陸の、商取引法、第十二条に、違反しとる」
ニャングルが、目を、丸くした。
「ほ、ほんまか!? そんな、細かい——」
「うちはな、ニャングル」リベラの、目が、光った。「依頼人を、救うためなら、どんな細かい、法の、穴でも、見つけ出す女じゃ。……これで、契約は、ぜんぶ、無効に、できる」
だが、リベラは、それだけでは、終わらなかった。
「ついでに、な」彼女は、別の書類を、取り出した。「アバドン商会の、背後を、調べた。……こいつら、ただの、悪徳商会じゃ、ない。希少種族を、"商品"として、売買しとる、シンジケートの、フロント企業じゃ」
龍魔呂の、目が、鋭く、なった。
廃坑の、人攫い。あの、背後にいた、影。
「土地を、買い占めとるのは——村の、希少種族を、囲い込むため、じゃ」リベラの声が、低く、なった。「キャルル。リーザ。キュララ。ルナ。みんな、珍しい、種族じゃろ。月兎族、人魚、天使、エルフ……。こいつらを、合法的に、村ごと、手に入れて——売り飛ばす、つもりなんよ」
「……っ」
「じゃが——」リベラは、にやり、と笑った。「うちが、先に、手を打った。商取引法違反で、アバドン商会の、契約を、ぜんぶ、無効化。さらに——奴らの、"奴隷売買許可証"の、不備も、見つけた。こいつを、突けば、奴らの、商売の、根っこを、断てる」
リベラは、龍魔呂を、見た。
「あんたの、拳の、出番は——その後じゃ。法で、奴らを、丸裸にしてから。最後に、あんたが、止めを刺す。それが——いちばん、効く」
龍魔呂は、リベラの、戦い方を、ただ、見ていた。
法廷で。書類で。言葉で。彼女は、巨大な、シンジケートと、たった一人で、渡り合っていた。剣も、闘気も、使わずに。
そして——一つ、また一つと、奪われた土地を、取り戻していった。
(……すげえ、な)
龍魔呂は、素直に、思った。
(俺には、できねえ)
(俺は、沈めることしか、できねえ。だが、こいつは——法で、人を、救う)
リベラの、専門性。ニャングルの、経済の知識。それは、龍魔呂の、武力とは、まったく、別の、"力"だった。そして、この戦いでは——その力こそが、村を、救っていた。
龍魔呂は、自分が、無力であることを、認めた。
だが——不思議と、悔しくは、なかった。
むしろ。
(……俺にも、できることが、あるはずだ)
龍魔呂は、考えた。
リベラが、法で戦う。ニャングルが、算盤で戦う。なら——自分は。
自分の、できることで。
その夜。
龍魔呂は、村の、広場に、立っていた。
土地を、奪われかけ、不安に、怯える、村人たち。立ち退きを、迫られ、明日をも、知れない、商店主たち。
その、村人たちのために。
龍魔呂は——大鍋を、据えていた。
「……食え」
ダイヤの包丁で、刻んだ、野菜。エンジェル・スマートフォンで、買った、地球の、調味料。村の、食材と、混ぜ合わせ、煮込んだ、特大の、シチュー。
黒胡椒の、香ばしい、匂いが、広場に、立ち込めた。
「不安な、時こそ……腹を、満たせ」龍魔呂は、ぶっきらぼうに、言った。「腹が、減ってちゃ、戦えねえ。リベラが、法で、戦ってる。お前らは——食って、待ってろ。村は、守る」
村人たちは、おそるおそる、シチューを、受け取った。
一口、すする。
「……あったかい」
「……うまい」
「……龍魔呂、さん」
凍えていた、村人たちの、顔に。少しずつ、温もりが、戻っていく。不安が、和らいでいく。一杯の、温かいシチューが、ばらばらだった、村人たちの、心を——一つに、繋いでいった。
「リベラさんが、戦ってくれてる」
「俺たちも、諦めちゃ、いけねえ」
「龍魔呂さんも、いる。大丈夫だ」
ピコン。
龍魔呂の懐で、板が、鳴った。
『不安な人々の心を、料理で繋ぎとめました』
『村の結束に、貢献しました』
『+250 P』
龍魔呂は、その数字を、見て——静かに、笑った。
拳では、ない。
法でも、ない。
だが、龍魔呂には——人の腹を、満たし、心を、繋ぐという、力が、あった。
それも、立派な——村を、守る、武器だった。
【幕間・配信にて】
『はぁい、みんなー! 天使配信者の、キュララだよ☆ 今日も、ポポロ村から、生配信ー!』
村の、片隅で。
天使の、キュララが、ゴッドチューブの、配信を、回していた。隣では、人魚の、リーザが、不安そうな顔を、している。
『今、村が、ピンチなのー。悪い商会に、土地を、狙われててー。でもね、でもね!』
キュララが、カメラを、龍魔呂の、炊き出しに、向けた。
『見てー! あの、鬼神龍魔呂さんが、炊き出しを、してくれてるのー! こわーい顔だけど、すっごく、優しいんだよー! このシチュー、めちゃ美味しいのー!』
配信の、コメント欄が、神々の、書き込みで、埋まっていく。
『おっ、Death4が炊き出しwww』
『元殺戮者が、村のために大鍋振るってるの、ジワる』
『ルチアナの推し、いい方向に育ってんなぁ』
『シチュー美味そう。神貨送るわ』
天上では、ルチアナが、その配信を、肴に、酒を、飲んでいた。
『ふふん。あたしの、second life提供者、人気者じゃーん』
そして——配信の、向こう。
遠く、離れた、闇の中で。
その、配信を、見ている、もう一つの、影が、あった。
アバドン商会の——いや、その背後の、シンジケートの、首魁。
「……ほう。法で、邪魔をしてくる、弁護士。そして、あの、鬼……」
冷たい、声が、闇に、響いた。
「合法的な、手段が、潰されたか。ならば——仕方が、ない」
「力で、奪るとしよう。希少種族を、村ごと——な」




