鴨と錦 -其の弐-
「まず始めの問題は…芹沢さん、ですね」
「うむ、儂か」
「なっ!芹沢さんのどこが問題だと!?」
分かっていたかのように呟く芹沢さんと、目を見開いて身を乗り出す新見さん。
「新見さんは口を挟まないでください」
ギンッと凄まじい眼光で睨まれる。
え、こわ…。
けど睨まれても頑張る。鳥肌立ったけど頑張る。
「回りくどいことは言いません。芹沢さんはただちに押し借りを止めて下さい」
「………」
芹沢さんはうちに鋭い視線を送りながらも、何も言わない。
「押し借りをする理由は、分かっているつもりです」
そう前置きをし、話を進める。
「今、浪士組は会津藩御預かりとなっていますが、給金が支給されていませんよね?これではせっかく集まった隊士達もろくにご飯が食べられませんし、必要なものすら満足に買えません。芹沢さんは自分のためじゃなく、組のために押し借りなんてことをしているんですよね?」
「………」
新見さんも、土方さんも、近藤さんもみんな黙って芹沢さんを見つめる。
土方さんにいたっては目も見開いている。
嘘だろ…!?とでも言いたげな表情をして。
「でも、押し借りなんて止めて下さい。自分が汚れ役を買っても、いずれあなたはそれが原因となって死にます。新見さんもです。それでは意味がありません」
忠実では芹沢さんは文久三年の九月十六日、もしくは十八日に土方さん、総司、左之さん、山南さんに粛清されることになっている。
そして、新見さんもその数日前に切腹を言い渡される。
それを阻止するためにも、
「なので、会津藩の本陣に一度赴き、十分な給金を支給して下さるよう交渉します!!」
ここは承諾してもらわないと。
「おい、それは本気で言ってんのか。中将殿に直接だと?図々しいにも程があるだろ」
土方さんがまた眉間に皺を寄せる。
「本気だよ。図々しいとか関係ない。実際、芹沢さんの押し借りがないとこの組は困窮するんだから。それにしっかり食べないと満足に体づくりもできないよ。もし、栄養不足で体調崩して大事な時に出陣できなきゃ意味がない。浪士組は体が一番大切でしょ?」
「………」
「…おい小娘」
黙り込む土方さん。そして無言でいた芹沢さんに声をかけられる。
「儂は先の世でいつ死ぬことになっている」
「え、そ、れは…」
言ってもいいことなのか…?
「言えんか?」
「いえ、言っても構いませんが…でも、うちは言いたくありません。芹沢さんを絶対に死なせたりしませんから。約束します」
鋭く細められた目を見据えて言う。不意に芹沢さんの周りの空気がふっと軽くなった。
「…肝が座った娘だな。天宮と言ったか、儂はお前が気に入った。押し借りは止めよう」
「本当ですかっ!?」
「ああ。男に二言などない。その代わり会津の本陣へ赴くときには儂が付いて行く。良いな?」
「もちろんです!!もう芹沢さん大好き!!」
唐突に沈黙が部屋を包み込んだ。
………あ、
「いや今の芹沢さんに対しての大好きっていうのは!お父さん…えっと父!?みたいだなって思っただけだからね!?変な誤解しないで!?」
みんながうちを変なものを見るような目で見てくる。
いやそれ、芹沢さんに対しても失礼だからね!?
「ふむ。確かに儂の娘にするのも良いかもしれんな」
「え"!?」
顎に手をやり、芹沢さんがこぼした言葉にここにいる全員が目をカッと見開いた。
新見さんにいたっては芹沢さんを凝視しながら硬直している。
「新見、何を固まっている?冗談に決まっておるだろうが」
「っですよね!」
新見さんがほっとしたように息を吐いた。
新見さん…もしかしなくても、うちのことがかなり嫌いなのでは?
「芹沢さんの場合、冗談が冗談に聞こえないから質が悪いよね」
総司が苦笑いをしながらそう言う。
いや、少なくとも総司も冗談が冗談に聞こえないから質が悪いと思うけどな、うちは。
「話を戻すぞ。天宮、他にも何かあるのか」
「は、はい!あります!」
芹沢さんの呼び方が"小娘"から"天宮"に変わったことに喜びを感じながら、この数ヶ月以内に起こることを思い出す。
うん。さっきも思ったけど、芹沢さんに関する大きな事件といえば、やっぱり‥ …
「来月の六月三日。大坂に下坂した際に相撲力士との乱闘が起きます」
これだよね。
「これは芹沢さんを含めた数名で不逞浪士の取り締まりのために大坂へ行ったときに起こります。力士が道を譲らなかったことで芹沢さんが手を出してしまってその後、乱闘になるんです。力士側には死傷者が出ます」
力士が道を譲らなかったんじゃなくて、力士が暴言を吐いたっていう説もあるけどね。
「こちら側には死傷者はおらんのか」
「それは分かりません。書物に載っていないだけかもしれませんから。なので、下坂する時にはうちもついて行きます」
だって、これは芹沢さんが粛清される原因になってしまうから。それに阻止ができれば力士の方にも被害は出ない。
「あと他には…いや、今はこれだけにしておきましょう。先を知りすぎても困りますし」
「それもそうだな」
芹沢さんはさほど気にしていないらしいが、部屋の中の空気が重たい。




