時渡りと屯所 -其の弐-
「いや、あの、はい…分かりました。信じます信じますから、刀、突きつけるのはやめてください」
両手を上げて美祢さんに降参のポーズを取る。
怖すぎて嫌な汗が止まりません。
本当に、切実に。
「分かってくれておおきに。せやけど、ちょいときつう言い過ぎたかもしれへん…堪忍な?」
刀を鞘に納めながら、美祢さんが申し訳なさそうな顔で言う。
きついどころか、ほぼ脅しでしたけど!?
「でもな、あんたが上辺だけやのうて、心の底から信じへんとなんも始まらへんねん」
いや、まだ心の底からは信じてませんけどね!?
と思った瞬間、にっこりと微笑まれて背筋が凍った。
圧がすごい!!この人怖すぎる!!
「ここは幕末の京。あんたは魂の巫女様。ほんで、鬼から命を狙われる存在なんよ」
……はい?
待って。こんな重苦しい雰囲気の中悪いんだけど今、この人なんて言った?
"鬼から命を狙われる存在"?
「そんなの聞いてませんけど?!」
「あ」
あ、じゃない!!あ、で済む問題じゃあない!!
「梗夜様に口止めされとるの忘れとったわ…」
口元を手で覆い、うちから目をそらしながら呟く美祢さん。
命を狙われる存在って…。
そういえば、その梗夜様って人はうちを守るためにこっちに連れてきたって、美祢さん言ってたな…。
でもさ、現代よりも幕末にいる方が死ぬ確率高いんじゃない?動乱の時代でしょ?
歴史の中でも幕末は特に好きだし、それはそれで別にいいかもしれないけどさぁ…。いや、よくないか…。
突拍子のなさすぎる話の連続に、おもわず虚空を見つめて現実逃避をしそうになる。
…でも、この人が嘘を吐いているようには見えないんだよなぁ。
「…美祢さん、さっき言ってた鬼ってなんなんですか?」
気を取り直して、冷や汗をかいている美祢さんにそう聞けば、
「ま、まぁいつかは聞かなあかんことやったし…大丈夫大丈夫…」
うちの問いには答えず、顔を真っ青にしながらぶつぶつとなにか呟いている。
「彩葉ちゃん、悪いんやけど鬼については梗夜様から聞いてくれへん?うちからはこれ以上言えへんから、な?」
「は、はぁ…。分かりました」
必死の形相にしぶしぶ頷けば、美祢さんは胸を撫で下ろし、可愛らしい笑顔を向けてくれる。
「ほんまおおきになぁ。そんなことより彩葉ちゃん、こっちに来る前に梗夜様に何か言われへんかった?」
あー…気絶する直前に何か言われた気がする。
えっと確か、
「大人しく待っとけよ。沖田を迎えに行かせるからって…」
「ああ、迎えには沖田はんが来はるんやね」
「あの、もしかしてその沖田って…」
幕末、京、沖田と来たら!!
「沖田総司だったりします?!」
「せやで」
ビンゴーー!!
「とりあえず、そろそろ着替えよか。さすがにその格好で外をうろついたらあかんわ」
内心ガッツポーズをするうちを美祢さんが上から下まで見て、苦笑いをする。
そりゃそうだ。
学校帰りだったわけだから、今の格好は制服でスカート。この時代じゃ足とか肌なんて出さないもんね。
はしたないって言われちゃうんでしょ。
仕方ないから着替えるとしましょう。
◇
「うん、よう似合うとるわ」
「ありがとうございます」
美祢さんが用意してくれたのは、臙脂色の上衣と灰色の袴。
時間をかけて着せてもらい、一緒に着付けの仕方も教えてもらった。
おばあちゃんの影響で着流しくらいなら着れるけど、袴は初めてだからさっぱり。
鏡を見ながら、用意されていた白い髪紐で髪を一つに結い上げた。
結い上げた髪を見ながら、はたと気づく。
初めてだから苦戦すると思ったのに意外とすんなりできたな?
「そろそろ来はる頃やな」
鏡と睨めっこをしながら不思議な感覚に首を傾げていると、美祢さんがそう呟いた。
すると、
「こんにちはー」
間延びした声が入り口の方から聞こえてきた。
「ちょうど来はったね」
美祢さんが戸口に繋がる襖を開けると、その近くに一人の男が立っている。
「いらっしゃい、沖田はん」
「どうも美祢さん。彩葉は?」
「ここにおるよ」
ずいっと背中を押されて男の前に突き出された。
「…本物?」
男に顔をじっと見られる。
おお、すごい美形。
「心配せえへんでも本物や」
「うん、そうみたいだね。相変わらずのアホ面だし」
「あ…っ!?」
アホ面!?
初対面なのにアホ面って言われた!!
…いや、もしかすると向こうからしたら初対面じゃないのかも。美祢さんみたいに。
相手は自分のことを知ってるのに、自分は知らないなんて変な感じ。
それに生きてる時代が違うのに、なんでうちのことを知ってるんだろう?
「じゃあこの娘は僕が預かるよ」
「はいな。あとは頼んます」
にこやかに手を振る美祢さんに見送られながら、男…沖田さんと一緒に誠屋の外へ出た。
「ああ…」
外に出るとそこにある光景に口から小さく声が漏れた。
本当だ。町並みが全然違う。
住宅やスーパーが並ぶはずのところには、平家が建ち並び、着物姿の人達が当たり前のように行き交っている。
もちろん洋服を着た人なんていない。
今更だけど本当に違う時代に…幕末に連れて来られたんだと実感してしまった。




