時渡りと屯所 -其の壱-
──ちゃん…
いろはちゃん…
「ん…」
誰かに名前を呼ばれた気がして、ゆっくりと目を開けた。ぼやけていた視界がはっきりしてくると、見知らぬ天井が目に入る。
「ああ、ようやっと起きた」
そこに、これまた見知らぬ女の人がひょっこりと映り込む。
綺麗な琥珀色の髪に碧眼‥しかも美人さんだ…。
「彩葉ちゃん?大丈夫?」
「ん…もうちょっと…寝かせてほしい…」
「なんや、寝ぼけとるんかいなこの子は」
そう言うと、女の人は両手をうちの頬に優しく当てがい、
ばちんッ!!
「いっったぁ!?」
「ふふ、目ぇ覚めたやろ?」
おもいっきり叩いた。
飛び起きたうちの頬を今度こそ本当に優しく手を当てがい、撫でてくれる。
「確かに目は覚めましたけど…」
今のは酷すぎませんか?というかこの人、誰?
うちの名前を知ってるみたいだけど、こんな美人な知り合いなんていたっけ?
「あの、いきなりで申し訳ないんですけど、あなた…誰ですか?」
おそるおそる目の前の美人さんに問いかける。
こんな美人なら、そうそう忘れることはないと思うんだけど…。
「…ああ、そうか、そうやったな。うちは美祢や。よろしゅうな」
美祢さんがどうしてか一瞬不思議そうな顔をしたあと、姿勢を正して頭を下げた。
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
うちも布団の上で慌てて頭を下げる。
あと、ここはどこ?
なんでうちはこんなところで寝てたの?
「ふふ。相変わらず思っとることがよう分かるわぁ」
可愛らしなぁ、とくすくすと口元を隠しながら上品に笑う。
相変わらず、と言うってことは、前にうちと会ったことあるってこと?
「まぁまぁ、そないに警戒せんの」
そんなことを言われましても。自分は知らないのに、相手が自分のことを知ってたら警戒だってする。
「まあ、説明せえへんことには始まりまへんな。ここは幕末の京にある『誠屋』っちゅう店や。一応質屋をやらせてもろうとる」
「はあ…ん?」
今、なにか引っかかる単語があったような?
「美祢さん、今、幕末って言いました?」
「せやで‥ってもしかして彩葉ちゃん、梗夜様からなんも聞いてへんの?」
美祢さんがこれまた不思議そうに首を傾げる。
「聞いてないも何も、梗夜様って誰ですか?」
「ほんまに聞いてへんの?梗夜様はうちの主でな?ほんで、うちはあの人の式神や」
「は!?式神!?」
式神って陰陽師が使うあの式神!?本物!?
そういえば、公園で会ったあの男。
「人払いの結界を張ってるからな」って言ってた気がする‥。
「梗夜様ったら…迎えが来るまで面倒見とけなんて言うとったけど、何も知らんなんて聞いてへんよ…」
「何か言いました?」
「いや、なーんも言うてへんよ」
にこりと取り繕うように美祢さんが笑う。
美祢さんの話が本当ならあの人は陰陽師ってこと?
あんな無理やり人を誘拐する人が?
…なんか思い出したら首の後ろ痛くなってきた。
「梗夜様はね、魂の巫女様…つまり彩葉ちゃんを守るためにこの時代に連れて来はったんよ」
魂の巫女?うちを守る?一体何から?
眉を寄せていれば、またくすくすとおかしそうに笑う。
「不思議そうな顔してはるなあ」
「そりゃまあ…さっぱり意味が分かりませんし」
魂の巫女なんて初めて聞いた。
漫画とかアニメの中の世界みたい。
「まあ、あとから絶対に聞く話やし、なんも知らへんのも可哀想やから巫女様についてだけは説明しといてあげよか。しっかり聞きいよ」
「…はい、お願いします」
なぜだか急に重苦しくなった空気に、崩しかけていた姿勢を正す。
「あんたはね"魂の巫女"いうて、特別な力を持った巫女様なんや。その名の通り魂…そして命を司る巫女」
「魂と命を司る巫女…」
なんだそりゃ。そんなもの今までに一度も聞いたことないぞ。
「彩葉ちゃん、あんた昔っから怪我したとき傷治るの早かったやろ?」
「はい、まぁ…」
美祢さんの言う通り、うちは昔から怪我が治るのが格段に早かった。
擦り傷程度なら二日もあれば傷跡なんてなくなるし、普通の人なら完治に三ヶ月かかる骨折をしたとしても、一ヶ月で治りきってしまうくらいには。
「でも、それってただの体質なんじゃないですか?」
「ちゃう。それは魂巫女の治癒力が普通の人間に比べて、ずば抜けて高いからや。魂巫女は力さえ開花すれば、自分の傷だけやなくて人の傷をあっちゅう間に治せるし、力が強ければ病だって癒せるんよ」
「へ、へー…」
どうしよう。話が突拍子すぎて頭がついて行かないんだけど…。
人の傷を治せる?病だって癒せる?
そんなのありえないでしょ。
「巫女は何人もいるわけやない。数百年にたった一人だけ生まれる奇跡の巫女様。それがあんたや、彩葉ちゃん」
透き通った碧い目がうちを捉える。
ああ、納得。やっぱり、
「ファンタジーっていうやつですね。分かります」
「いや、全然分かってへんやろ」
「うっ!?」
呆れ顔の美祢さんに平手で頭を叩かれた。
だって!!全然意味分かんないし!!
あと平手のはずなのに叩かれた所がすごく痛いんですけど!?容赦なさすぎでは!?
叩かれた頭をさすりながら美祢さんに抗議する。
「だってうち、神社とかの娘じゃないんですよ?一般家庭で生まれた普通の人間ですよ?」
「そんなん、とうの昔から知っとるわ。でもあんたが魂の巫女様なんは、ほんま。これはまぎれもない事実や」
事実って…もしそれが本当なら、とんでもない事実なんですけど。現実味もないし。
そうか。これ夢か。じゃないと、説明がつかない。
「美祢さん。さっき幕末とか京とかって言ってましたけど、トリップなんて出来るわけないですよ。しかも魂の巫女とかよく分かんないし、そんなの漫画とかアニメの中だけの話で、うちは夢でも見てるだけ…」
なんでしょ?と続くはずだったうちの言葉を遮ったのは、一振りの刀。
「え…」
一瞬にして、うちの首元に白く輝く刀が当てられていた。
待って、いつの間に…?というか、どこから出てきた…?
「み、美祢さん?え、あの、これ本物です…?」
「どうやと思う?」
夢とは到底思えない、そして偽物とは思えないひやりとした感覚に顔から血の気が引いていく。
「彩葉ちゃん。あんたが今見とるもんは夢やない、現実や。ここは幕末の京。あんたは魂の巫女様。今、目の前にあるもんをきちんと見ぃや」
首元に当てられている刀に少し力が入る。同時にうちの背中に嫌な汗が流れた。




