渋谷駅ダンジョン ②
「つーか物知りモノちゃんさあ、知ってたら教えてほしんだけど、俺らいつまで待ってなきゃいけないわけ?」
心底だるそうに、つばめがモノちゃんに尋ねる。
ああ。ちょうど俺も、それを知りたいと思っていた。
渋谷駅ダンジョンに入るには当日枠のネット予約が必要で、更に現地に着いてから整理券を貰わなければならない。
俺たちは午前の枠を取ったから、そう待たずに入れると思ったんだが……。
『ダンジョン探索前の待ち時間については、各ダンジョンの案内に従ってください』
そりゃそうだ。そんなもん、モノちゃんに聞いたところで分かるわけない。
人が多いので待ち時間が発生するのは仕方ないとして、それにしても待たされ過ぎる。整理券を取りに行った女子たちも戻ってこない。
「どこで油売ってんだか。ちょっと通話かけてみっか…………あ、もしもしつぐみ? お前ら遅すぎね? どこで何して……あ? ナンパ?」
しばらく相槌を打ち、つばめは「分かった」と言って通話を切った。「なんだって?」と尋ねるそばから嫌な予感がする。
「なんか……整理券のとこでナンパされたって」
「女子だけでいるとあるあるらしいな。一緒に探索しない? とか誘われるやつ」
「で、カレンが面白がって」
「ああ、目に見える」
「待合室横の戦闘シミュレーターに連れ込んで、ナンパしてきたやつをボコボコに」
「だろうな、そんなことだと」
「してるらしい、今まさに」
「今まさに!」
渋々立ち上がり、シミュレートルームへと向かう。
戦闘シミュレーターのブースがずらりと並んでいるそこの、一体どのブースにカレンがいるのか……などと、迷う必要は一切なかった。
明らかにおかしいレベルの人だかり。そこから聞こえるどよめきが、カレンという少女の存在を明白に示している。
「あ、つばめといづるん。よーす」
ブース前の待合椅子に座っていたつぐみが、右手に持った整理券をひらひらと振った。
「よーす……じゃねえだろ、どうすんだこれ」
人だかりの視線の先には、ガラス張りの戦闘シミュレーターボックスがある。
そこに崩れ落ちているのは大の大人3人。そして涼しげな表情で彼らを見下ろす少女が1人。
「こんなもんですかね。実力差、お分かりになりました? じゃ約束通り、これは貰っていきますんで」
指には何かの紙切れを挟み、ひらひらと振って見せびらかしている。
満足げに踵を返したカレンは、ガラス越しに俺を見つけて「あ、」と顔を綻ばせた。
「先輩! 見てください、やりましたよ!」
「やりましたじゃねーよ。やってんじゃねーよ」
「ほら、餃子無料券」
カレンの説明を聞くに、整理券を受け取った後にナンパされ、その時に「舐めた口」をきいたので叩きのめした……らしい。
カレンの平常運転ではあるが、まずこれが平常運転であってもらっちゃ困るんだよな。
「でもぉ、模擬戦闘やろうって言ってきたのも餃子無料券を賭けるって言い出したのも、向こうなんですよ? 私なーんにも悪くないと思いません?」
「参考までに聞きたいんだが、カレンは何を賭けたんだ?」
「1日、私を好きにして良いですよって」
「お前ほんとそういうのやめろ!!!」
やだなあ先輩、私が負けるわけないでしょう。なんてカレンは笑うが、そういう問題ではない。
じゃあどういう問題なのかと問われると答えに窮するが、とにかくそういう問題じゃないことだけは確かだ。
説教してやろうと口を開いたとき、カレンにコテンパンにされて伸びていた男と目が合った。
チンピラと形容しても差し支えのないガラの悪さ。そのギラついた視線が俺を見て、それからカレンを見て、また俺を見る。
これは俺がとばっちりを食うパターンだろうか。
そう警戒はしたものの、しかしチンピラは立ち上がる元気もないらしく、床に尻をついたままだ。
さすがにちょっと気の毒になってくるが、この状況で手を差し伸べるのもそれはそれで嫌味だろう。
どう対応しようかと考えていると、チンピラが一言。
「クソ……お前ら全員、魔犬の呪いで殺されちまえ」
そう言った。
幸い(幸いというのは、チンピラにとって)、カレンには聞こえていなかったらしい。
チンピラもそれ以上の悪態をつく元気はないらしく、呻き声と共に再び床に沈む。
「あ。遊んでる場合じゃなかった。先輩、私たちのチーム、次の次ですよ。準備始めとかなきゃ!」
「……ああ、そうだな」
(魔犬の……呪い)
そのワードに何やら不吉なものを感じつつ、カレンに追い立てられるようにして待機室へと入っていった。




