渋谷駅ダンジョン ①
休日、渋谷駅前のカフェで時間を潰そうなんて考えた俺が馬鹿だった。
どちらを向いても人、人、人。カフェに空席などあるはずもなく、俺はテイクアウトのコーヒーを右手に持ち、当てどなく駅前をうろうろしている。
一緒にいるカレンは、手に持ったハニーカフェラテをとっくに飲みきってしまったらしく、実に暇そうだ。
(駅前って、こんなに混むんだな)
ダンジョンに縁のない生活をしていたから、知らなかった。
駅構内でのダンジョン発生が多発した結果、かつては交通の要だった電車は、今では移動手段としてはほとんど使われていない。
それでも駅前にこんなに人が多いのは、渋谷駅ダンジョンに挑戦する人が集まっているからだ。
駅ダンジョンは、構造やギミックが単純な割にドロップが美味しいということで、一定の人気がある。
特に渋谷駅ダンジョン、新宿駅ダンジョンあたりは、中堅探索者の域に足を突っ込み始めたくらいの学生で溢れている。俺もその1人だが。
そろそろ待ち合わせの時間になるが、織部兄妹はまだ現れない。
……と、スマートウォッチに着信が入った。噂をすれば織部つばめからだ。
「はい、もしも……」
『い、いま走っ……! はっ……あとごふ、ごふん……げほっ! ぶふぇ!』
そしてブツリと通話が切れる。
「何て言ってました?」
「あー……いま死ぬ気で走ってるけど5分遅れるって」
5分後、息を切らして汗だくな織部兄妹が、ようやくハチ公前に現れた。
呼吸もままならない様子で咳き込んでいる双子に、カレンは「遅いですよ!」と容赦ない声を浴びせる。
「私との約束に遅刻するなんて、信じられません。先輩は一度も遅刻なんてしたことありませんよ?」
「そりゃ、遅刻なんざした日にゃ、何を要求されるか分かったもんじゃないしな」
「んー、今日はクレープな気分ですかね。この辺に美味しいクレープ屋さんがあるらしくて、シュガーバタークレープが絶品だそうですよ」
双子は絶望的な顔をするが、俺にはどうすることもできない。ご愁傷様だ。
双子の息が整うのを待ってから、俺たちは渋谷駅ハチ公口前ダンジョン探索者用待機所へと向かう。
探索メンバー全員が揃わないと入れないから、双子がもう少し早く着いていればここでゆっくり座れたんだが。まあ反省もしていそうだし、これ以上文句は言うまい。
渋谷駅ハチ公前ダンジョン探索者用待機所というのは、その長ったらしい名称の通り、渋谷駅周辺のダンジョン探索を予約している人だけが使えるスペースだ。
飲食オーケー、ダンジョン探索に役立つパンフレットなんかも置いてある。
『あなたの探索者偏差値はいくつ? 実力を正確に把握して、将来に役立てよう!』
『楽してレアスキル! 効率重視探索のオキテ』
『渋谷区役所異空間探索課、職員募集のお知らせ』
……等々。
パンフレットを手に取っては、ぱらぱらとめくって眺める。
一番しっかり目を通したのは『自分の適性を知ろう! あなたにぴったりの就職先診断』という、そこそこ分厚めのパンフレットだ。
自分のダンジョン探索能力をポートレート化する過程が説明されていたり、それによって狙うべき就職先がリスト化されていたりと興味深い。
「いづるん、そんなの見て楽しーの?」
心底興味なさそうな様子のつばめに、「ああ、楽しい」と素直に答える。
「ダンジョンに入れなかった頃は、ダンジョン関連の進学とか就職とか、夢のまた夢だったからな。将来どうなりたいとか、そんなこと考えたくても考えられなかった。だから、こういうパンフレットを手に取れる立場になったってだけでも、俺は嬉しいし楽しい」
「……ふーん」
学生服の下に着たパーカーの、だらりと伸びた紐をもてあそびながら、つばめがこちらを横目に見た。
「なんかさ……改めてだけど、ごめんな、いづるん」
「あ? 何が」
「いや、あー、何つーか」
もにょもにょと何かを言うつばめ。
何を言いたいかは何となく分かるが、分からないふりをする。
「んなことより、こんなんあるぞ。『渋谷駅の歴史〜東京最大級のターミナル駅はいかにしてダンジョンに沈んだか〜』」
「いづるん、そーゆーの読むの好きなタイプ? 俺苦手」
「面白れーのに」
蛇腹折りのパンフレットを開く。
明治時代に駅舎が開業し、多くの路線を組み入れながら次第に栄えていった歴史。忠犬ハチ公のエピソード。戦禍からの復興、近代化、そしてダンジョン化……。
「へえ、『一瞬で全域がダンジョン化した東京駅に対し、渋谷駅はいくつかの区間に分かれて段階的にダンジョン化しました』だってさ。ダンジョン化にも色々あるんだな」
「ふーん」
めちゃくちゃどうでも良さそうだ。カレンといいこいつといい、興味がない時の反応が分かりやすすぎる。
『期間を空けて段階的にダンジョン化した渋谷駅を、それぞれ同一の渋谷駅ダンジョンとみなすかどうかは、現在でも専門家の意見が分かれています』
俺たちの(というか俺の)話を聞いていたんだろう。鞄の中に入れていた単眼が話しかけてくる。
銀の球体が常にふわふわ浮いていたんじゃ目立つことこの上ないので、ダンジョン外では鞄に入っているよう指示してある。
その通りにしてくれているのだが、たまにこうして豆知識を披露し、存在をアピールしてくる。
「おー、モノちゃん張り切ってんな」
つばめが、俺の鞄を覗き込みながら言う。
ん? モノちゃん?
「何だよモノちゃんって」
「こいつの名前。いちいちモノアイって言うのも面倒だろ」
「たった4文字を面倒くさがるなよ」
『承認しました。モノちゃんを私の識別名称として登録します』
なんか気に入ってるし。




