↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弦食イヅルはダンジョンに嫌われている  作者: 深見萩緒
第3章:ダンジョン・イーター
PR
58/64

それぞれの理由 ④


「ただいまー良い匂いするー」


 あわいさんが帰ってきた。夕飯の支度がギリ間に合ったことに、俺はひそかに胸を撫で下ろす。



「おかえり、あわいさん」

「ただいま。何の匂い?」

「肉味噌ナスビの匂い」

「肉味噌ナスビー!」


 仕事用カバンを玄関に放り出して、あわいさんは「やったーおいしそー」とバンザイをする。


 長い付き合いなので分かるんだが、あわいさんがこういうテンションの時は、めちゃくちゃ疲れてる時だ。



「仕事、忙しい?」


 肉味噌ナスビをよそいながら尋ねると、あわいさんは洗面所から「まあね」と答える。手を洗ったあと、うがいはしっかり3回以上。我が家の鉄則だ。


 今日の夕飯は肉味噌ナスビに、スーパーで買った袋入りサラダ。それに白米。

 疲れてるあわいさんのために、デザートにプリンまでついている。



「……イヅル君、なんか良いことあった?」

「うっ……いや別に」


 誤魔化すと、あわいさんは「あったんだな」という顔でにこりと笑う。



 俺があわいさんの疲れを見抜けるように、あわいさんも俺のあらゆる感情を見抜いてくる。


 とかく付き合いが長いのだ。もう10年以上も経つ。

 父さんと暮らした年月よりも、あわいさんと過ごす日々の方がすっかり長くなってしまった。複雑な思いではある。


 こうして食卓を囲みながら他愛のない話をする日常にも、すっかり馴染んでしまった。


 ただ、変わったこともある。



「つーわけでさ、次は渋谷駅に潜ろうって話になってて、色々準備中」

「渋谷駅か。あそこは人が多いよ。一応当日枠もあるけどまず取れないから、ちゃんと予約して行きなね。ネットで出来るから」


 いつまでも変わらないと思ってた日常は、ゆっくりと、しかし着実に変化している。


 ダンジョンに入れるようになってから、特にその変化は著しい。


 毎日が苦痛じゃなくなった。

 同世代との差を痛感しなくても良くなったし、そういえばあれから学校に来ていない――辞めたなんて噂もある――国木やその仲間たちにいじめられることもなくなった。


 目標が出来て、それに向けて努力する喜びも知った。

 父さんにまた会えるんじゃないかという希望も生まれた。



 同じように見えて、何もかもが違う……ほんの数ヶ月の間に、たくさんの変化があった。


 だからだろうか。ふと、思うことがある。



 訪れるのは、良い変化だけだろうか? ……と。



「あ、そうそう」


 ダンジョンの話題の延長で、思い出したようにあわいさんが言う。


「再来週また何日か帰らないから、留守番お願いね。通しの探索任務が入ってさ」

「分かった。詳しい日程決まったら教えて。どこ探索?」

「東京駅」


 箸の間から落ちたナスビが、べちゃ、と音を立てて皿の上に着地した。

 一瞬放心したのち、落ちたナスビをつまみ直して口へ運ぶ。さっきまで充分に美味しかったはずなのに、なんだか妙に味気なく感じる。



「……そっか」

「久々の大規模探索だよ。もちろん、樹さんも探索対象に入ってる」

「……」


 東京駅。父さんが行方不明になった、最難関ダンジョン。


 ここで「俺も連れて行ってくれ」と言えたらどんなに良いか。



 異空間管理庁の公的な探索業務は、非公務員の公募参加枠もいくつか準備されている。


 が、東京駅の探索ともなれば、倍率は死ぬほど高いし条件も厳しい。俺なんか、まだまだ逆立ちしたって無理な話だ。



「……気を付けて」

「ありがとう、油断しないで行ってくる」


 あわいさんは強い。これまでも何度か東京駅探索に駆り出されて、そのたびに無事に帰ってきてくれる。



 ぐにぐにと柔らかいナスビを口に運び、機械的に咀嚼して飲み込む。

 不安は口にはしない。噛んで飲み込んで――以前はそれで終わりだった。


 だけど今は……俺には希望がある。不安を不安のまま飲み込むだけじゃなく、それを血肉にすることができる。



 いつか――いつか俺も、あわいさんと一緒に東京駅に潜れるくらい、強くなろう。


 大切な人が帰ってくるのをただ待っているだけじゃなくて、すぐ側で大切な人を守れるくらい、強く。



「ごちそうさま」


 箸を置いて手を合わせると「早食いはよくないよ〜」と、茶化し混じりの叱責が飛ぶ。

 汚れた食器をシンクに運びつつ、俺はそれを軽やかに無視した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。