それぞれの理由 ③
『渋谷駅は、かつてトップクラスの利用者数を誇る交通の要所でした。渋谷駅を含む旧山手線沿線駅の一部機能が復旧した場合、現在当該ダンジョンから得られている利益を上回る経済回復が見込まれます』
「えー、そうかなあ?」
単眼の説明に、つぐみが首を傾げる。その感想には俺も同意だ。
渋谷駅ダンジョンは中級〜上級レベルの超大型ダンジョンで、規模の割に難易度が手頃なので探索人気が高い。
多くの人が探索し、魔石もアイテムもかなりの数を持ち出しているはず――つまり、現時点でも相当の経済効果を生んでいるはずだ。
にもかかわらず、消失した方が良いダンジョンだとは……ダンジョン化する前の方が栄えていたとでもいうのだろうか。
「駅って、そんなにみんな使ってたんかな? うちら全然知らないもんね」
「な。都内ならバスで移動すりゃいいし、別に不便とかないよな」
『ご参考までに、1998年時点で渋谷駅の1日の利用者数は100万人を超過していました』
「え、さすがに嘘だろ。1日に100万人ってなんじゃそりゃ」
「盛りすぎでしょ。駅に入りきらないじゃんそんなん」
『当時の東京都の主要駅の利用者数は、上位3つまでは全て1日100万人を超過していました。更に詳しい情報が必要ですか?』
「「嘘だー!」」
双子と単眼がコントのようなやり取りを繰り広げている間に、カレンは手際よく渋谷駅ダンジョンについて調べている。
よく出てくる敵、ドロップアイテム、平均探索時間……。
「へえ。ドロップアイテムのレア度の割りに、攻略難易度は低めなんですね。これはなかなか、探索しがいがある」
カレンの呟きを聞きながら、俺はちらりと時計を見た。時刻は16時を過ぎた頃。
集合したのが昼過ぎで、それからファミレスで飯を食いながら、吉野さんから聞いたことなんかを説明していたわけだから、まあそんなもんだ。
今からダンジョンに潜るとすれば、サクッと浅いとこだけ探索する、とかになるが……
「3時間くらいかけてじっくり探索したいな」
カレンはもちろん、そんなつもりはない。じっくりたっぷりと潜る気満々だ。
この時間からフル探索はちょっと。と俺が制止する前に「あ、それ無理!」と手を挙げたのはつぐみだった。
単眼とコントを繰り広げながらも、こっちの会話もしっかり聞いていたらしい。
「ごめんね、うちら今日、チビどものお迎え当番なんだ。そろそろ行かなまずいし、渋谷駅行くならまた別の日にしよ!」
「チビども?」
尋ねると、つぐみはスマホの画面を見せてくる。
画面の上でピースしているのは、つぐみとつばめによく似て生意気そう……いや、快活そうな2人の幼児だ。
「俺ら、下に弟と妹いんの。下も双子でさ」
「めっちゃ可愛いよ! 写真見る?」
いくつか写真や動画を見せてもらう。仕草も言動も何もかもが、つぐみつばめをコピーしたかのような幼児。
なんつーか、遺伝子ってすげえな。
「ま、そんなわけだから、ごめんね! 今日の探索はパス!」
「……仕方ないですね、分かりました」
カレンの顔から笑みが消える。
しかしすぐ、期待に満ちた目で俺の方へと向き直る。
「じゃあイヅル先輩、2人で」
「あ、悪い。俺も今から3時間はちょっと」
申し訳ないが、今日は晩飯当番だ。疲れて帰ってくるあわいさんに、なんか美味いもん食わせなきゃならない。
説明すると、カレンは「そうですか……」とうなだれた。
いつもみたいに不貞腐れるでもなく、しゅんと頭を垂れるその姿に、少し胸が痛む。
つぐみは「カレンごめんねー! また今度ね!」とカレンをハグし、いよいよ駄弁っている時間もなくなったのか「じゃまたね!」と駆け足で去っていく
。それを追うようにつばめも「またなー!」と走り去る。騒がしい奴らだ。
双子に散々いじられた単眼が、機械なのでそんなわけはないが若干くたびれた様子で俺の元へ戻ってくる。
「……先輩も帰りますよね? じゃあ、また後で日程調整のメッセージ送りますから」
「あー、そうだな」
…………。
少し考えてから、俺は単眼をちょいとつついた。
「ここから近くて、待ち時間も含めて1時間くらいで探索できるダンジョンないか?」
「!」
カレンが、ぱっと顔を上げる。その桜色の瞳と目が合わないように素早く顔を逸らし「あー、なんつーか」と後付けの理由を探す。
「少しでも経験積んどきたいし。1時間で探索できるような小さいダンジョンなんざ、敵もドロップもショボいだろうけど。その、なんだ」
それでも良かったら。ごにょごにょ。
尻すぼみになった俺の声と反比例するように、カレンの表情に光が差す。
「しょうがないですねえ!」
頬を紅潮させ、カレンはえっへんと胸を張った。
「しょぼダンジョン探索しても面白くもなーんともないですけど、先輩のためです! 付き合ってあげましょう!」
あっという間に、いつものカレンに戻る。
単眼から送られてきたデータによると、ここから徒歩で5分ほど行った先にある高架下の元居酒屋が、条件を満たしているそうだ。
カレンは軽い足取りで俺の前を行く。
「なあ、カレンってさ」
その後ろ姿に声をかけると、カレンは振り向かないままに「なんですー?」と返事をする。
ふわふわと揺れる桜色の髪。ダンジョンに捕らわれ色変になる前……彼女の髪は、元々はどんな色だったのだろう。
高慢で自信家ないつものカレンと――さっきみたいに、まるで迷子になった子供みたいに、心細そうで不安そうなカレン。
どっちが元々のカレンなんだ?
ダンジョンに捕らわれる前は、どんな人間だった?
……なんて、訊けるわけがない。
「……別の武器とか持ってねーの? 刀じゃなくて、飛び道具とか」
「ないですよ。遠距離なら魔法で充分ですもん。え、先輩もしかして武器2個持ちしたい?」
しょうもない話をしながら、俺たちはぽっかりと空いた隙間を埋めるために、しょうもないダンジョンへと向かうのだった。
向かった。の、だが。
「…………あるんだな、ダンジョンに臨時休業って」
ダンジョン入り口は封印スキルで閉ざされ、その上に「無人受付機の不具合につき臨時休業」という張り紙が素っ気なく貼り付けてある。
まずいぞ、これは。
変に期待を持たせた分、ここでやっぱり今日はダンジョン探索できませんなんてことになったら、カレンの機嫌は大暴落だ。
どうやってカレンの機嫌を取ろうか。恐る恐るカレンの様子を窺おうとした、その時。
「ぷっ……あはははは!」
耐えられなくなったと言わんばかりに、カレンは笑い始めた。
「臨時休業……臨時休業って! あはは! そんなことありますー?」
腹を抱えて爆笑している。即座に状況を理解できずぽかんと眺めていた俺だったが、爆笑するカレンにつられて、やがてじわじわと面白くなってきてしまう。
「ちょ……お前、笑いすぎだろ」
「だって、ダンジョンが臨時休業って……ラーメン屋じゃないんですから……あははは、あーダメだ、笑いすぎて涙出てきた」
「おいこれ写真撮って双子に送ろうぜ」
「良いですねえ……ぷぷ」
良い角度から写真を撮り、「まさかの」という一言付きで双子に送る。
カレンはまだツボに入っているらしく、「臨時休業……初めて見た……」などと言いながら肩を震わせている。
「あーあ。これもう、今日はダンジョンお預けですね」
「……! そうだな」
でかくなり過ぎそうなニヤけを誤魔化すために、俺はきょろきょろと辺りを見回す。
そして、見つけた。見覚えのあるキッチンカー。
「なあカレン、あれ」
指差すと、カレンもそれが何だか気が付いたらしい。「ああ!」と手を叩く。
俺たちが初めて会った時、リンチから助けてくれたお礼にカレンに奢った、フルーツジュースの店だ。
こんな所でまたお目にかかるとは思っていなかった。商売が繁盛しているようで何よりだ。
「今日はあれ飲みながらだべっとくか」
「そうですね。私、いちごがゴロゴロ入ってるやつがいいなー」
「先に言っとくが、自分で買えな?」
「あはは、たかろうとしてたのバレました?」
ころころと笑いながら、キッチンカーへと駆けていく後ろ姿を微笑ましく見る。
――良かった。
カレンの機嫌を損ねなかったことじゃない。いやそれも良かったは良かったんだが、もう少し別の意味も含めて。
ダンジョンのこと以外でカレンが笑っているのを見ると、何故だか心が弾む。
「先輩どれにします?」
「んー、柑橘系のさっぱりしたやつがいいな」
「あ、シークヮーサーありますよ」
あれこれ言いながらジュースを買い、適当な石段に腰掛ける。手のひらから伝わる冷たさが、絡みつく湿気の不快感を軽減してくれる。
「思うに、あの小鳥どもは感覚派すぎるんですよね。私もたいがい感覚優先ではあるんですけど、あの2人はそのレベルじゃなくて。だから知識を叩き込んだら化ける余地があると……」
得意げに、つらつらと持論を述べるカレンに相槌を打つ。さっきから、俺のジュースは全然減っていない。
今日、夕飯当番じゃなかったら良かったのに。
ぼんやり、そう思った。




