それぞれの理由 ②
「……で、もらったのがこれってわけだ」
肩のあたりをふよふよ飛び回る機械を指差して、俺は言った。
カレンは胡散臭そうに、双子は物珍しそうにそれをまじまじと見る。
つるりとした銀色の球形ボディ。広角レンズに望遠レンズ、各種センサーを搭載した最新型ハイテク機械。
「管理庁管轄のモニタリング単眼だと。環境モニタリングだけじゃなくて、アプリでダンジョン用スマートウォッチと連携させれば生体モニタリングもできる優れもの。こいつで俺の『ダンジョン喰い』スキルのデータを収集して、それを管理庁に提出すれば、俺はダンジョン免許を取り上げられずに済むってわけだ」
「なるほど? ダンジョン免許を人質に取られて、ていのいい実験動物にされたってわけですね」
うっ。やっぱそうだよな。
そこに関しては吉野さんもだいぶ申し訳なさそうにしていたので、俺としてはあまり責めたくないのだが……まあ、良いように利用されてるよな。
「はあ……やっぱ大人怖えーかも」
「だから言ったでしょ。信用しすぎちゃ駄目ですよって」
「ま、いーじゃんいーじゃん。何にせよ、これに見張らせてたらダンジョンには入れるんだろ?」
そう言いながら、つばめは単眼を強めにつつく。球形のボディはよろめきながらも、器用に空中でバランスを立て直し、また俺の周りを飛び始める。
「まあな。ただ、入れるダンジョンに制限はかかるらしい」
どこのダンジョンなら入って良いのか、どこは入っちゃ駄目なのか。詳細は最新AIが搭載された、この単眼が全て教えてくれる。
『探索したいダンジョンの名称をおっしゃっていただければ、探索の可否をお伝えできます。もしくは、現在地から最も近い探索可能ダンジョンを検索することも可能です』
中性的で柔らかな声が対応する。
試しに「偉月高校の旧校舎ダンジョンは?」と訊いてみると、単眼は小さなランプを明滅させたのち「探索不可ダンジョンです」と答えた。
「え、あそこ駄目なんですか」
カレンが渋い顔をする。
『偉月高校旧校舎ダンジョンは、当該教育施設の主要収益資源として登録されています』
カレンの不満にも、単眼は律儀に説明を返す。
『当該ダンジョンの消失に伴う経済損失が許容基準を超過することが予測されるため、探索不可ダンジョンに指定されています』
なるほど。ダンジョンの難易度云々ではなく、万が一それが消失した時の損害がどれくらい出るかで探索可否が決まるらしい。
そりゃ、実入りの良いダンジョンを消滅させられちゃ、たまったもんじゃないだろうからな。当然といえば当然だ。
「えー、じゃあこないだみたいな激しょぼダンジョンしか入れなくなるってことですか?」
カレンの不満が更につのる。ところが単眼は『いいえ』と、穏やかな声でそれを否定した。
『ダンジョン消滅時の損失評価は、ダンジョン化以前の施設運用実績と比較して算出されます。ダンジョン化により本来用途での使用が制限されていた施設については、用途回復による利益増加が考慮されます。従って、そのようなダンジョンについては探索が許可される場合もあります』
「……ん?」
「「ん?」」
俺と双子が首を傾げる中、カレンだけは「あー、なるほど」と納得する。
「それって、用途として代替可能かどうかも影響してきます?」
『はい。用途が他施設で代替可能な場合、当該施設固有の利益としては算出されません』
「逆に言えば、唯一無二の価値を持つ施設は、ダンジョン消滅による利益増が見込めるということですね」
『その通りです』
「そっか! なら大丈夫ですね!」
何を納得したのか、カレンの表情がにわかに明るくなる。
「聞きましたよね? てことは多分、主要駅とか歴史的建造物とかはいけると思うんで、これからはそのあたりをメインに探索していきましょう」
「待て待て待て。すまん本当に申し訳ないんだが噛み砕いて説明してくれ」
「んもー、ちゃんと聞いてて下さいよ」
聞いてたんだよ。聞いててなお分からなかったんだよ。
カレン大先生の解説によると、つまりこういうことだ。
かつてこの世界にダンジョンが出現し始めた頃、多くの施設がダンジョン化により使用できなくなった。
そんな中で、最も人々の生活に影響を与えたのは、駅や空港などの交通施設のダンジョン化だった。
大規模交通施設が使えなくなったことにより、人の移動も物流も軒並みストップし、世界経済は恐慌状態に陥った。
鉄道や航空は、別の場所に新しく作りなおすにはあまりにコストがかかりすぎる。
ズタボロになった経済の中、のろのろもたもた復興しているうちに、やがて魔法による長距離移動技術が確立した。
かつての交通網が充分に復旧しないまま、人々は人間や物を魔法で輸送し始めた。代替輸送が可能になったことにより、リスクを冒し高いコストを支払ってまで、旧交通網を復旧させる旨みは減っていった。
そのようにして、鉄道や航空による移動はすっかり廃れてしまったというわけだ。
「で、ここからが本題なんですけど」
カレンが、桜色の髪をくるくる指に巻き付けながら言う。
「魔石利用による輸送技術が確立した今なお、旧式の長距離輸送の復活にはそれなりの価値があります。現状、輸送のために消費されている高出力・安定出力の魔石は極めて貴重だからです。一方で、発電魔法や燃焼魔法のために使われる魔石は、比較的安価に調達することができる……つまり、旧式輸送路を魔力により回すことが出来れば、大幅なコスト減が見込まれるわけです。ここまでは分かります?」
「えと……えと……」
つぐみが、一生懸命理解しようと頭を回している。俺は何となく理解できたが……カレンの言い回しは、ちょっと難解すぎるな。
「あー、要するにアレだろ。昔使われてた交通が復活したら、今よりも移動とか輸送が安く済んでハッピー」
「……そうです、ハッピー」
ざっくりとした俺の要約に、カレンが乗っかる。
「で、輸送が安くなると物流が活発になります。高すぎるコストや物理的な輸送路の破断によって抑制されていた物流が復活すると、その分の経済が……」
「ダンジョンがある時よりも、なくなった方が良くね? ってなる」
「「なるほどー!」」
ようやく納得した双子が、ポンと手を打つ。
俺がダンジョン探索を制限されるのは、スキル:ダンジョン喰いによりダンジョンが消滅する可能性があるからだ。
消滅すると経済的損失をこうむるダンジョンには入れない。逆に言うと、消えても大して影響のないダンジョンや、或いはなくなったほうが良いダンジョンなんかには、探索許可が降りるというわけだ。
「じゃあ、AIちゃん。検索して下さい」
カレンが、浮遊している単眼をチョンとつつく。
「この付近で探索可能なダンジョンのうち、一番ドロップが美味しいのはどこ? 難易度は問わないものとします」
単眼はしばらく「思考中」のオレンジ色のランプを点滅させたのち、『検索結果を登録済みスマートウォッチに転送します』と告げた。
手首から振動が伝わる。単眼から転送されたデータを更にカレンと双子に転送し、それからようやく内容を見る。
「マジか」
表示された文字列に、俺は思わず呟いた。双子も似たような反応。カレンですら、ほんの少し驚いたような表情をしている。
――渋谷駅。
単眼が推奨してきたダンジョンは、誰もが知る超有名ダンジョンだった。




