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ダンジョン・イーター ②



 双子の魔力網(マジックウェブ)に運ばれながら、殺気の糸を探る。

 こちらに怯えているからだろうか、殺気はまるでその存在を隠そうとしているかのように細く弱々しく、なかなか捕捉できない。


 しかし敵は怯えつつも、俺に対する殺意を捨ててはいない。



 10回目の天井攻撃が不発に終わり、敵は痺れを切らしてきたようだ。ギイィと古い扉が軋むような音がして、その後で天井から何かが落ちた。


 ひとつ、ふたつ、みっつ……それ以上。

 それらは床を跳ね、壁に跳ね返り、その衝撃で分裂する。みるみるうちに数を増やしていく、それはスライムだった。最初の教室で倒した、あの白スライムだ。


 ただし今度のやつは、分裂しても大きさが変わらない。バスケットボールくらいの大きさのやつが、際限なく増えていく。



 そのうちのひとつが床で大きくバウンドし、俺の乗っている魔力網に飛び込んできた。慌てて剣を構えるが、そういえばこいつら、斬ったら増える。


「くっそめんどくせえ! 炎魔法で燃やすしか――」

雷撃槍(サンダースピア)! せんぱ〜い!」


 飛んできた雷撃がスライムを貫き、焼き尽くした。向こうから、カレンがぱたぱたと手を振っている。


「雑魚は任せて下さい! 先輩は早くダンジョン倒しちゃって〜!」


 そう言いながらも、カレンは雷撃を多方向(オールレンジ)に展開して、増え続けるスライムを増える以上の速さで倒していく。


 全く、心強いことこの上ない。



 天井攻撃の回避は双子に、スライム共はカレンに任せ――……俺は目を瞑る。


 身の安全をみんなに託して、視界の全てを闇で覆う。



 気配察知に引っ掛かった無数のスライムが、赤く浮かび上がって星空のようだ。その細い殺気の糸をかき分けて、本命を探す。


 糸をかき分ける作業は、前にやった時より随分と楽だ。身体に負担がかかる感じがほとんどない。

 俺のスペックが上がったのか、単に敵が弱いからなのか……まあ、何でも良い。



「……ようやく見つけた」


 細い細い糸を手繰り寄せ、束ね合わせ、その出所を辿る。


 ダァン! と、天井が落ちる音がすぐ背後に聞こえた。双子はなるべく俺に負担がかからないように飛んでくれている。たまに慣性に引っ張られてよろけるが、魔力網から落ちそうになるほどではない。


 これなら、やれる。



「いくぞ。スキル『殺気追尾』――……炸裂炎弾(グレネード・ファイア)!!!」


 燃え上がった炎が、掴んだ黄金の糸を駆け上がっていく。殺気の主へ――このダンジョンの本体へ。



 その後はもう、前回と同じだった。


 凄まじい悲鳴が上がる。目を瞑ったままなので確かなことは言えないが、恐らく今、部屋中の壁という壁、床や天井に至るまでが激しくのたうち回っているのだろう。


 殺気の糸がほぐれ、細く弱々しくなっていく。あと一撃で沈む。そんな確信のもと、俺は再び炎魔法を放った。


 ぎゃあああぁぁぁあ!!!


 耳をつんざくような絶叫。そして――……




 目を閉じたままの闇の中に、何かが見えた。青い……光。



 初めは米粒ほどの大きさだった光は、瞬きひとつの間にピンボールほどにまで大きくなる。


 ……いや、大きくなったんじゃない。近付いてきたんだ。遠くにあった光が、滑るように俺に近付いてきて、今や手を伸ばせば触れられる位置にある。青い光。



 そういえば、あの時もそうだった。


 試験免許ダンジョンを消滅させた時。

 あの時は魔力を使い果たしてしまって、倒すと同時に気絶してしまったわけだが……気を失う直前に、見た気がする。これと同じ青い光を。



 恐る恐る、光に触れてみる。熱くもなく冷たくもない光は、俺に触れられると同時に、更に俺に近寄ってくる。

 そして……俺の胸に、吸い込まれていった。



 ――スキル獲得『空間圧縮』



 暗闇の中に文字が浮かぶ。それでようやく、俺は理解した。


(そうか、これが……ダンジョン喰い(イーター)……)




 目の前の闇がうっすらと明るくなる。目を開けると、俺はいつの間にか青空の下に佇んでいた。

 ここは……建物の屋上か? さっきまで、あのだだっ広い部屋の中にいたはずだが。


「あ、いづるんやっと目ェ開けた!」


 視界の中に、つぐみが割り込んでくる。「大丈夫?」と尋ねられ、ほとんど反射で頷く。

 まあ大丈夫ではあるんだが、状況は全く理解できていない。どこだここ。いつの間にこんな所にいたんだ。



「先輩、私たちの声も聞こえてなかったんですか? ずっと呼んでたのに」

「あ、ああ……悪い、聞こえてなかった。気ィ失ってたわけじゃないんだが」

「じゃ、何が起こったかも分かってない?」


 頷くと、カレンはやれやれと肩をすくめ「消えましたよ」と言った。


「消えたんです。ダンジョンそのものが。免許試験の時と同じ」

「あっという間だったぜ!」


 つばめが口を挟む。


「いづるんが炎魔法食らわせたら、すげえ音が鳴って、それから。なあ?」

「そうそう、なんか壁とか床とかが全部歪んで、それからパッて映像が切り替わるみたいに、いつの間にかここにいたんだよね」


 つばめとつぐみの説明によると、いつの間にか建物の屋上にいたという感覚は俺とあまり変わらないらしい。要するに、こいつらも何も分かってないということだ。



「ひとまず、下に降りましょうか」


 スマートウォッチを気にしながら、カレンが言う。


「今ちょうど、帰還予定時間ぴったりです。下に降りてたらちょい過ぎるくらいですかね」


 カレンの言葉に頷き、俺たちはぞろぞろと屋上から退散する。

 幸い、どのドアにも鍵はかかっておらず――というか、どのドアも朽ち果てておりドアとして機能しておらず――俺たちはスムーズに下の階まで降りることができた。



 正面玄関に、ダンジョンの無人受付機がぽつんと立っている。今やダンジョンではなくただの廃校でしかない建物に、最新鋭の機械が置いてあるというのは、なんだか奇妙な光景だ。


 俺たちの接近を感知したのだろう。無人受付機のスリープモードが解除される。

 画面に現れた『帰還』の文字をタッチすると、ピンポーンと電子音が鳴った。


『帰還操作を確認しました。登録パーティ名:即席めおと団と愉快な子供たち。登録者4名は順番に、フルネームを発声して下さい』


 順に名前を発声すると、機械は声紋認証で俺たち全員の期間を認証する。


『パーティ全員の帰還を確認しました。警告です。帰還予定時間を7分超過しています。規定により10分未満の超過にペナルティは適用されませんが、当該事案は軽微違反記録として免許情報に記録されます』


 音声を聞いてカレンはケロッとしているが、双子は「あ〜」と肩を落とす。軽微違反記録は、それひとつでどうこうなるものではないが、積み重なるとペナルティとなる。



『ダンジョン内で取得した魔石、その他物品を提出してください。魔石の個人所有は規定により禁止されています。その他物品は当施設で売却するか、登録済み個人用ストレージに保管してください』


 音声案内に従って、取得した魔石を提出する。無人受付機のボックスに魔石を入れて蓋を閉めると、魔石は魔素に分解され回収される。


 今回は敵も雑魚ばかりだったし、米粒くらいの魔石しか取れなかった。アイテムも結局、しょうもない魔結晶ひとつだけ。

 カレンは相談なしに『売却』ボタンをタッチしていたが、異を唱えるものは誰もいない。


『提出された魔石と、当該ダンジョンの魔素照合を行ないます。照合完了までしばらくお待ちください』


 画面にプログレスバーが表示される。お約束のように残り90%くらいのところで固まったバーを見て、俺はやれやれと肩を落とした。


 免許を取って早々に違反記録を食らったのは痛いが、まあペナルティじゃないだけマシとしよう。

 今回の目的はおおよそ達成した。双子の能力も充分に分かったし、俺のスキルについても分かった。


 まだ昼過ぎだし、このあとどっかで飯でも食いながら、スキルの運用について話し合いでもするか。



 ……などと、悠長に考えていたその時だった。


 ビーッビーッと、けたたましいビープ音と共に、無人受付機に備え付けられているパトランプが赤い光を振り回し始める。


『異常を検知しました。当該ダンジョンの魔素検出値が基準を大きく下回っています。管理者への通報を実行します。探索者はその場で待機してください。異常を検知しました。当該ダンジョンの魔素検出値が……』



 …………そ、



「そりゃそうだ!」


 小うるさいビープ音の中、思わずツッコミを入れてしまう。

 そりゃそうだ。ダンジョンは消滅した。ダンジョン魔素が検出されるわけがない。



「ちょ……やばいんじゃねえのこれ! どうすんだよ! 俺ら悪くねーよ!」

「通報するって言ってるけど、うちら逮捕されるん!? やだー!」


 双子は軽くパニックになっているし、カレンはカレンで


「うわーめんどくさそ…………逃げますか」


 などとのたまっている。



「馬鹿、逃げたら余計に事態がこじれるだろうが!」

「でもでもいづるん! これ絶対怒られるって!」

「まあ怒られるは怒られるだろうが、仕方ないだろ。ダンジョンが消えたのは本当なんだから」

「消えたとか他人事みたいに言ってますけど、正確には消したのでは? 先輩が」

「あーね、確かに、いづるんが」

「そうそう、いづるんがなー」


 こいつら……。



「分かった分かった、この際もう全部俺のせいで良いから、ひとまず逃げるのはやめとこうぜ。おいそこのピンク頭、機械壊すのもナシに決まってんだろ」


 馬鹿どもの暴走を止めつつ、止まらないビープ音に顔をしかめる。


 一体俺は、いつになったら厄介事から解放されるのだろうかと、ため息をつきながら。


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