ダンジョン・イーター ①
部屋の中はがらんとしていて、モンスターの気配もない。
しかし――何者かの気配はある。それは俺だけでなくカレンも、双子も感じているようだった。何者かが息を殺して、俺たちを見ている。
「何なんですかね。敵対するならするで、さっさと攻撃してきて欲しいんですけど。ちゃちゃっと倒して外に出たいし」
カレンがスマートウォッチに視線を落とす。俺もつられて、自分のスマートウォッチを確認する。
気付けば、帰還予定時刻まであと10分しかない。生きるか死ぬかという経験をした直後に、たかが制限時間を気にするなんて、おかしな話だ。
だが、気になるものは気になる。免許を取得して間もないのに、いきなりペナルティを食らうなんて御免だ。
あちらから来ないのなら、こっちから仕掛けてやれば良い。前回と同じように、この部屋に倒すべき敵がいるのだとすれば――……
「……スキル『殺気追尾』」
目を閉じると、暗闇の中に金色の光が見える。やはり俺に――俺たちに殺気を向けている誰かが、この空間のどこかにいる。
しかし、なんかちょっと変だ。向けられている殺気は極めて細い。免許試験の時は、もっと太い糸がしっかりと繋がっていた。まるでその殺気の強さ……俺たちに対する悪意の強さを反映しているかのように。
対して、この殺意の糸は何だ? 今にも千切れそうな、細く頼りない糸……。
手を伸ばし、糸に触れる。わずかな震えと共に、感情が伝わってくる。
――怖い、食われる、怖い。
その時、誰かが俺の襟首を掴み、思い切り引っ張った。「ぐえっ」と踏まれたカエルのような声が出る。
それと同時に、ダァン! と、巨人が足踏みをしたかのような凄まじい音が聞こえた。思わず目を開ける。金色の糸が視界から消えると同時に、信じられない光景が広がった。
天井が落ちている。畳一枚分程度の天井――学校にありがちな安っぽい合板の天井が、不釣り合いなほど重々しい音を立てて落ちたのだ。
それは危うく俺を直撃するところだった。というか、カレンが俺の首根っこを捕まえて跳躍していなければ、ミンチになっていただろう。
「…………!」
これにはさすがに、声もなく慄くことしかできない。カレンが舌打ちをした。不甲斐ない俺にか、また面倒臭そうなダンジョンギミックにか…………どっちもだろうな。
落ちた天井は、鎖か何かで吊り上げられるようにするすると戻っていく。そしてまた――ダァン!
今度は俺も反応できた。前に跳躍し、転がって受け身を取る。
――怖い、怖い、捕食者だ。
――殺す、殺さなきゃ。
「ははーん、なるほどな」
歯を食いしばりながらにやりと笑う。
こいつ――結局のとこ正体が何かは分からないが、とにかくこいつは――カレンの予想通り、俺にビビっている。
捕食者……そうか、俺は捕食者か。
ダンジョン喰い。どう食うのかは依然として不明だが、少なくともダンジョンがビビりまくるほどのシロモノではあるらしい。
「前と同じ方法でやる。殺気追尾で燃やし尽くしてやる」
「良いですけど、これ避けながらですよ。できます?」
カレンがそう言うと同時に、再び天井が床を鳴らす。それをしっかり避けてから「問題ない」と親指を立てる。
「前も、敵の攻撃をかわしながら追尾した。あれと同じだ」
むしろ攻撃が大ぶりなぶん、避けやすいまである。
……と、俺は自信満々だったのだが。
「でも先輩。天井はモンスターじゃないですよ? 気配察知できるんですか?」
………………。
………………確かに。
「確かにそうだ! 気配察知できねえ! 目ェ閉じたら死ぬ!」
くそ、あとちょっと考えが足りなかった。いや、待てよ。
「お前のバリアじゃダメなのか? 大抵の攻撃は跳ね返してたろ」
「無理ですね、多分ですけど」
また落ちてきた天井を避けながら、カレンが言う。
「あれは攻撃じゃなくて、空間の圧縮です。『地図書き換え』スキルに抗いながら、瞬間的にダンジョン構造を変化させているわけです。つまりアレも――」
ダァン! また落下。
「……ダンジョン外皮で覆われている可能性があります。そうなると、魔力で構築したバリアなんて一瞬でグシャ! です」
「なるほど。じゃあカレンが俺を誘導するか、それか抱えて――」
自分でも無茶だと思う作戦を説明しようとしたその時、
「「いづるーーーん!!!」」
双子の声と共に、ガクンと首に衝撃が走った。急に体が軽くなり、視界はぶれ、焦点が定められない。
猛スピードで何かに引っ張られている……いや、何かにすくい上げられたまま運ばれている。
一瞬の混乱ののち、バランスを立て直して左右を見る。右につばめが、左につぐみが、それぞれ武器を構えて俺と並走している。
足元――正確には尻の下だが、そこを見れば見慣れない布……いや、半透明の膜のようなものが、俺を乗せて緩やかにたわんでいる。ちょうど金魚すくいのポイですくわれたような感じだ。
「うおっ……なんだこれ」
「良いでしょ! うちらの魔力で編んだ魔力網だよ!」
「こんな使い方すんのは初めてだけどな!」
双子それぞれの武器から金色の鎖が伸びていて、真ん中でくるりと円を描くように交差して、その円の中に膜が張られている。
俺はその膜に捉えられ、双子と共に地上数メートルあたりを飛んでいるわけだ。
「これで目ェ瞑ってても大丈夫だろ!」
「天井攻撃は、うちらがしっかり避けるからね!」
なるほど。これなら機動力もあるし、天井攻撃は難なく避けられそうだ。カレンに俺を抱えて走ってもらうなんて、最悪な事態を許容せずに済む。
カレンの方を見ると、彼女は悪戯っぽくニヤッと笑って頷いた。多分カレンも、俺を抱えて走る絵面を想像していたんだろう。
「よし……やるぞ!」
気合いを入れるための一声に、「やっちまえー!」と、つばめが発破をかけた。




