閉じるダンジョン ④
壁の動きは緩やかだ。じっと凝視していてようやく動いていることが分かる程度だ。
だが緩やかではあっても、確実に動いている。
ここから出るか壁を止めるか――どうにかしなければ、教室はいずれ俺たちの身体より狭くなり、骨と肉とを砕くだろう。
……最悪な死に方だ。
「どうする? 何か手はあるのか?」
「うーん……とにかく壁を攻撃しまくって穴を開けるしかないですね」
「でも、ダンジョン外皮は物理も魔法も効かないんだろ?」
「効かないからって何もしないんじゃ、ぺちゃんこミートになるだけですよ」
「嫌な表現だな!」
しかしその通りではある。
カレンが壁の1点に人差し指を向けた。俺も同じ場所へ剣先を向ける。
「閃刺!」
「炸裂炎弾!」
カレンの指先から閃光が、俺の剣先から炎弾が、同時に放たれた。合わせれば相当な威力のはずだ……が、虹色の魔力干渉バーストが広がり、魔法は壁に届かない。
「バフをかけてもう一度やりましょう。1点を集中して攻撃してれば、穴くらい開くかも。ほら小鳥ども! ぼさぼさしてないで加勢して下さい!」
カレンの呼びかけに、しかし双子は反応しなかった。青ざめたまま互いに目を見合わせて、こくりと頷き合う。
「あのさ、俺たちのスキルで何とかできるかも」
「はいはい、良いから加勢を………………えっ?」
カレンが、珍しくぽかんと口を開ける。とはいえ――俺も同じ表情をしているんだが。
何とかできる? カレンさえ手こずっているこの状況を?
「ほら、免許試験の時……うちらカレンたちにいたずらしたんだよね」
「いたずらって……あ、ダンジョン構造がめっちゃ変わったやつか」
「そう、それ。あれの話なんだけどさ、」
つぐみが説明を始める。
「試験、落としてやろーと思って。つばめのマッピングスキル、覚えてる? 現在フロアだけじゃなくて、ダンジョン全体の地図を作ったの」
覚えている。
ダンジョンの内部構造は、人の目が入って初めて確定する。普通は「入ったエリア」のマッピングしかできないはずが、つばめはまだ到達していない未確定エリアのマッピングができていた。
「あれさ、うちらのスキルなんだよね。ちらっと話したと思うけど……うちら2人で同時に『地図書き換え』を使ったら、ダンジョン構造を好きにいじれんの」
そうだ。あの時、ダンジョンに入って一番最初の部屋には、ドアが2つあった。
双子が先にひとつのドアを選び、俺たちは自然ともう片方のドアを選んで先に進んだわけだが……それが罠だったというわけか。
多すぎるドアや行き止まり、ぐるりと元の場所に戻ってきてしまう通路……ダンジョンの奥へ進ませまいとするあの構造は、双子が俺たちに仕掛けたいたずらだったのだ。
で、以前はそんなしょーもないいたずらに使われたスキルだが。今まさにこの状況を打破するために……
「……使える」
呟くと、双子がウンウンと頷いて同調する。
「だろ! ダンジョン、がいひ? とかってのが、物理も魔法も弾き返すんだとしてもさ!」
「ダンジョン構造を変化させるっていう、ダイレクトなパワーには抵抗できないんじゃね? って思って!」
確かにそうだ。少なくとも、このまま効きもしない攻撃を繰り返すよりは余程勝算がある。
「ていうか、そんな便利スキル持ってんなら最初から言ってくださいよ!」
カレンがもっともなキレ方をするが、つぐみも「だって!」と即座に反論する。
「低難度ダンジョンにしか効かないし、それに……一度使ったらしばらく使えないんだもん」
「しばらくって、いつまで?」
じわじわと迫り来る壁を横目に問うと、つぐみはバツが悪そうに目を逸らしながら「……あと31時間」と答えた。
「駄目じゃねえか!」
「駄目じゃないですか!」
ハモった。
いや、コントみたいなことをしている場合じゃない。
今も壁は教室を削り続けている。でかい黒板が突っかえになってスピードは落ちているようだが……動きは止まっていない。
俺たちに残された時間は良くてあと1時間弱だろう。俺たちが潰されるのも時間の問題だ。
31時間もちんたらしてる暇はない。何とかできるかもとはなんだったのか。
「話は最後まで聞けって!」
つばめが、俺たちのブーイングに待ったをかける。
「だからさ、思ったんだけど……いづるんの接続スキルで俺らに接続して、カレンが俺らのスキルを使えねえかな?」
「…………なるほど?」
カレンが考え込むので、俺も考える。
今は俺とカレンが接続し、互いの相反するスキル――アンチ・ダンジョンと祝福――を使用することで、それぞれのデバフを打ち消している。
そこに加えて、カレンと双子とを接続する。そして『地図書き換え』だったか……そのスキルを使ってダンジョン内部構造を任意の形に変化させる。
一定時間経過しなければ再使用ができないという制限は、スキル使用者が変わることで無効化される可能性がある。
「……いけるかも知れませんね」
「ああ、俺に4人全員に同時にスキルをかけるなんて高度な技が可能ならな」
投げやりにそう言うと「何言ってんですか」とカレンが俺の頭を小突く。
「先輩ならできますよ」
「根拠は?」
「だって私がこんなとこで死ぬはずないですから」
信じてるのは俺の実力じゃなくて、自分の幸運の方か。
まあいい。可能だろうが不可能だろうが、できなきゃ死ぬだけだ。
「――『接続』」
光の糸が俺たちを繋ぐ。正確には、俺を経由して双子とカレンとを結びつける。
脳がぐらりと揺れる感覚。やはりキャパがギリギリなんだろう。かなりしんどい。
足元に力が入らなくなり、迫り来る壁にもたれ掛かる。
「先輩、接続するスキルを絞れませんか?」
気づかうように俺の肩に手を添えながら、カレンが言った。
「私のスキル量は膨大ですから、全てをリンクさせると負担が大きすぎるのかも知れません。必要なスキルだけ接続させられないか、試してみてください」
「あ、ああ……そうだな」
集中して、選択していく。
俺とカレンの接続では、必要最低限――アンチ・ダンジョンと祝福のスキルだけを。
双子とカレンの接続では、地図書き換えと地図固定のスキルだけを。
これはどうやらそれほど高度なテクニックでもなかったらしく、すぐにコツを掴めた。すとんと頭の中がすっきりして、脳がはち切れそうな感覚が抜けていく。
助かった。スキルのキャパオーバーは、免許試験の時に殺気追尾で死ぬ思いをした。もうあんなのはごめんだ。
「いけた。カレン、確認してみてくれ」
「……うん、いけてますね。じゃあやりますか」
迫り来る壁に、カレンが手をかざした。その時、また頬にピリッとした刺激を感じる。
空気がざわめいた。どこからか響く重低音が壁を震わせる。この音は俺以外にも聞こえているようで、双子がきょろきょろと辺りを見回す。
「な、なにこの音……」
「おい、見ろ! 壁が!」
つばめに指摘されるまでもなく、その変化は明白だった。さっきまではわずかずつ動いていたはずの壁が、今や目に見えてスピードを上げている。
バキバキと、凄まじい音を立てて黒板が砕けた。天井の蛍光灯が割れ、破片が降り注ぐ。
壁はあっという間に空間を食らい尽くしていく。今や教室は肩幅より狭くなり、俺たちはやむを得ず動く壁に背をつける。
「カレン! 早くしてくれ!」
俺の叫びに返事をする代わりに、カレンは静かに目を閉じた。
そして息を深く吸い込んで、
「――……スキル『地図書き換え』」
スキルを発動する。
バキン! と何かが折れるような音がした。黒板が砕けた時の音よりも鋭く、破裂に近いような音。それと共に、迫り来る壁が硬直した。
バキン! また音。音と共に壁が――いや、壁だけではなく床も、天井も――がたがたと猛烈に震え始める。
「無駄ですよ、抵抗したって」
薄っすらとカレンが笑い、壁に添えていた手を握る。まるで敵の心臓を握り潰すかのようなその動作に、ダンジョンが軋むような悲鳴を上げた。
そして――
バキン!
ひときわ大きな音が鳴ったかと思うと、ついに壁に穴が空いた。ちょうどドアを建てつけるのに良さそうな長方形の空間が開き、その先には通路が繋がっている。
「ふん、これが限界ですかね。走りますよ! ついてきて!」
壁に空いた空間に向かって、カレンが走り出した。双子がそれに続き、俺がしんがりを務める。
ダンジョンは何とかして『地図書き換え』に抗おうと、通路を大きくうねらせた。
そのたびにカレンが、うねりを抑え込むかのように手のひらで押し返す。壁はあえなく押し戻され、道が開いていく。
バキバキと壊れ軋むような音は、今や四方八方から聞こえていた。
とりわけ大きな破壊音が背後から鳴り響く。振り返ると、俺のすぐ後ろから通路が閉じつつある。少しでもスピードを緩めると、壁に飲み込まれてしまう。
「おい、急げ!」
前を走る双子をせっつくが、双子も全速力で走っていることくらい分かっている。遅れがちなつぐみの背を押しながら、肺が破れそうになるのも構わずに走る。
「出口です! 飛び込んでッ!」
カレンの叫びを聞いた瞬間、確認もせずに思い切り前方へと飛び込んだ。
「うっ! おわっ! いてっ」
双子の上に重なるように倒れ込む。「いたーい!」と文句を言うつぐみに軽く謝罪して、息を切らしながら背後を振り返る。
俺たちが走り抜けてきた通路は、今まさに閉じていくところだった。解けた靴紐が挟まれそうになっていることに気が付き、慌てて引っ張る。
そうして、壁はぴたりと閉じた。あと少し遅ければ、これに挟まれて圧死(窒息死か?)していたかと思うと、肝が冷える。
しかし敵は俺たちを捕らえ損ねた。次は俺たちが攻勢に移る番だ。
「さて……どこだろうな、ここ」
袖に表示した地図を見る。窓もドアも通路も何もない、だだっ広い部屋。
ダンジョンにしては簡素過ぎる――異質なこの光景に、覚えがある。
「免許試験の時も、こういう部屋にいましたよね。一番強〜いやつが」
「だな」
ここは恐らくダンジョンの真奥。
俺たちを閉じ込めた何者かがいるとしたら、この場所だ。




