閉じるダンジョン ③
カレンの言葉を、すぐには咀嚼できない。
「俺が……ダンジョンに嫌われてる?」
「ちょ、ちょい待ち!」
つばめが口を挟む。
「変だろ、それ。ダンジョンは人間じゃねーんだからさ! 好きとか嫌いとかないだろ!」
「人間ではありませんが、人格かそれに準ずる何かはありますよ。私の持論ですが」
ダンジョンには明確な意思がある――……カレンがたびたび主張する仮説だ。
ダンジョンは、所詮はただの空間だ。
魔素に満ち、モンスターを生み出し、人間を捕食し成長する空間。まるで生きているかのようだが、生物とは定義されていない。
ひとつ発生した小さな錆が、周囲を酸化しながらじわじわと広がっていくように。あるいは窓ガラスについた水滴が、ゴミや羽虫なんかを巻き込みながら、周りの水滴を飲み込んで大きく成長していくように。
あくまでも『現象』――と、一般的には認識されている。
だが、カレンはそうは思っていない。
「ダンジョンからの悪意……長いことダンジョンを彷徨っている間、それを感じることは何度かありました。ダンジョンは人間を認識してますし、こっちの出方によって思考し対応を変える……それくらいの知能はあると思ってます」
「で、この状況が」
つばめが、人差し指を立てて天井へと向ける。
「ダンジョンが思考した結果ってわけ?」
「そうです」
「で、何で俺が嫌われてるどうのこうのって話になるんだよ。嫌われるとしたらお前の方があるだろ」
こんな馬鹿みてーに強い女が入ってきたら、そりゃダンジョンもビビって嫌がるに決まってる。俺なんかを嫌う前に。
しかしカレンは、やたら演技くさい仕草で「チッチッチ……」と人差し指を振る。「想像力が貧困ですねェ」と、まるで名探偵気取りだ。
「何がだよ」
「もし自分がダンジョンだったら、って考えてみて下さい」
――もし自分が、ダンジョンだったら?
「強いは強いけどただ強いだけ、モンスターを狩るだけの私と」
カレンの細い指が、俺に向けられる。
「捕食者である、イヅル先輩。どっちの方が脅威かと言われたら……当然、捕食者の方を警戒するでしょう」
双子の視線が一斉にこちらを向く。カチ、コチ、カチと秒針の音がやけに大きく聞こえる。
「……いや、そりゃまあ」
何か言わなきゃいけないような気がして、何を言うべきかも分かっていないのに口を開く。
「新しいスキルな、そういう名前だったけどさ。でもどういうスキルかも分かってないし、怖がられるも何も、そもそもまだ一度も使ったことないんだぞ」
そもそも使ってみようにも、どんな効果のスキルなのかすら分からないので、使いようがないのだが。
「先輩は慎重派ですね。どんなスキルか分からないんなら、取り敢えず使ってみれば良いんですよ」
「そんな考えなしに使って、やばいことになったらどうすんだよ」
「私はさっき使ってみましたよ、ダンジョン喰い」
え。
「使えませんでした。レベル不足……なわけはないので、先輩にしか使えない何らかの理由があるんでしょうね」
ええ……。
そういえば、今の俺とカレンは接続状態にある。カレンはいつでも俺のスキルを使えるわけだ。
いや、だからって人のスキル勝手に使うなよと言いたいところだが、ひとまず飲み込む。
本題はそこじゃない。カレンにすら使えないスキル、ダンジョン喰い。
もし本当に俺がダンジョンに怖がられてるのだとしたら、ここでダンジョン喰いを使うことで、何か突破口が開けるだろうか。
やってみる価値はある。この閉じた教室で、何かが起こるのを待ち続けるよりは、少なくとも。
「……分かった。何が起こるか分からないから、みんな警戒しておいてくれ」
立ち上がり、武器を構える。机を端にどけて教室の真ん中に立ち、全員が背中を互いに預け、どこからどんな反応が来ても対処できるようにしておく。
「じゃあ、やるぞ。――スキル:ダンジョン喰い」
体内を魔力が駆け巡る。その流れがピークに達したとき、動きがあった。
頬に走る電流。ピリッと皮膚を刺激するその感覚は、ダンジョン内で何度か感じた痛みと同じだった。
そう……免許試験の時も今回も、この痺れを感じたあとにダンジョンがおかしくなったのだ。
「今の! 分かったか?」
同意を求めるが、3人とも怪訝な顔をしている。何も感じなかったらしい。俺にしか分からない感覚……スキル由来の感覚なんだろうか。
(いや、待てよ。そもそも免許試験の時は、まだダンジョン喰いは取得してなかったよな? だとしたらあの感覚は、スキルとは関係ない……?)
「ねえ、なんか変じゃない?」
思考の海に沈もうとしていた意識を、つぐみの声が呼び戻す。顔を上げると、つぐみはドアがあった方――つまり廊下側の壁を凝視している。
「壁……さっきより近い気がすんだけど」
言われてみれば、部屋の寸法が変化している気がする。教室は、教卓側を短辺とする長方形だった。それは今もそうなんだが、なんだか細長くなっている……気がする。
「気のせいじゃないぜ」
地図を見ながら、つばめが青ざめた顔で言った。
「壁が迫ってきてる。今もちょっとずつ、動いてる」
「ふうん」
カレンが、口の端に笑みを浮かべて言った。
「この部屋ごと、私たちを潰そうってわけですね」




