閉じるダンジョン ②
カチ、コチ、カチ。時計の秒針の音がやけに響く。
いや、あれを時計と表していいものか。教室の壁にかかった円盤状のアナログ時計らしきものは、見慣れた文字盤こそあるものの、針は秒針それ1本しかない。秒針だけがひたすらに、ぐるぐるぐるぐると回り続けている。
「5分経ったが……特に変化はないな」
スマートウォッチに視線を落としながら言う。
おあつらえ向きに用意された4組の椅子にそれぞれ座り、俺たちは何かが起こるのを待っていた。
罠としか思えない状況で、こちらから何か行動を起こすよりもまず、向こうの出方を見ようということになったのだ。
だが――何も起きない。
窓の外は血のように赤く、モンスターの気配はなく、ドアはない。これ以上待ったところで何も起こりそうにない、完璧な沈黙だった。
「カレン、もう良いでしょ」
カレンの待機指示に従っていたつぐみが、とうとう痺れを切らして立ち上がる。
「窓割って廊下に戻ろ。ここで待ってたって時間ロスするだけだし」
つぐみの言い分ももっともだ。探索時間は無限ではない。規定の帰還時刻を超過すれば、超過時間に応じたペナルティを受けることになる。それは避けたい。
「そうですね。じゃあちょっと、窓割ってみて下さい」
カレンが、つぐみとつばめを促した。「俺がやる」と言ったつばめはロッドを構え、廊下側の窓に向けて氷塊を放つ。
ガシャン! と大きな音がして、しかし砕けたのはつばめの氷塊の方だった。
窓に到達するまえに粉々になった氷塊は、虹色の障壁のようなものに阻まれた――ように見えた。何だ、今のは?
「ん……おっかしーな。つぐみ、援護頼む」
「オッケー。じゃバフかけていくよー」
先端を尖らせた氷が、今度はつぐみの風による勢いも加わって、次から次へと窓に襲いかかる。
氷が窓へ襲いかかるたび、やはり見間違いじゃなかった。窓の手前に虹色の光輪が閃く。
氷塊の威力は凄まじいのだろうが、その全ては光輪に弾き返される。結果は変わらなかった。
「何だよこの窓、防弾ガラスかよ! しゃーねえ、もっとバフかけて……」
「その必要はないですよ」
更に魔法威力を高めようとするつばめを、カレンが静かに制止した。
立ち上がり、指先を窓へと触れさせる。
「――……閃針」
カレンの指先から目も眩む光が閃き、思わず腕で目を覆う。金属同士がぶつかり合うような高い音が響いた。
金属音は何度か不自然に反響し、やがて消える。「ほら」と言うカレンの指先を見る。窓には傷ひとつついていない。
「うっそだろ! カレンの魔法でもダメなのかよ!」
つばめは心底驚いているようだが、しかし俺は「あのカレンでも歯が立たない」状況に見覚えがあった。
免許試験ダンジョンの触手には、カレンの斬撃が一切効かなかった。物理攻撃無効バフがかかっていたからだ。
無効系は厄介だ。こちらの攻撃力や魔力など無関係に、条件に合う攻撃を文字通り無効化する。
つまりこの部屋にも――
「魔法無力化バフがかかってるんだな?」
「いえ、違います」
違うんかい。
くそ、だいぶドヤ顔で言ってしまった。恥ずかしい。いや待て恥ずかしがってる場合じゃない。
無効化バフがかかっていない? じゃあ何で、魔法攻撃が通らないんだ?
分からないが、魔法がダメなら物理はどうだ? 俺の剣術スキルはCで大したことはないが、それでも薄いガラスくらいは切れるはずだ。
「多分ですけど、物理も通りませんよ」
剣を構えた俺を見て、カレンが言う。俺はとりあえずそれを無視して、窓ガラスに剣を振り下ろした。
金属とガラスがぶつかり合う音がする……かと思いきや、そうはならなかった。
ズッ……と鈍い音と共に、虹色の光輪に剣が受け止められる。食い込ませようと力を込めても、剣は細かく震えるだけで1ミリも動かない。
「ほらね、無理でしょう」
ここまでやれば、カレンの言うことに納得するしかなかった。「確かに」と一言、剣をしまう。窓も壁も何事もなかったかのようにそこにあり、傷ひとつついていない。
「いや……これどーすんの」
つぐみが、俺の心境を代弁してくれる。魔法も効かない、物理も通らない。出口はない。何が起こってるのかも分からない。
どうすんだ、この状況。
「ま、一旦座って下さい。恐らくこうじゃないかという仮説はあるんです。長い話になりますから、座って話しましょ」
カレンに促され、俺たちは再び席に着く。「では、私の推論をお話します」とカレンが話し始め、まるで学級会議でも始まったかのようだ。
「まず基本的な話からしますが……ダンジョン外皮の耐久性については知ってますか? イヅル先輩は当然知ってるでしょうけど、小鳥どもは?」
案の定、双子は首を横に振る。俺は知ってる。
ダンジョン外皮の耐久について――中級ダンジョン免許の試験範囲外項目ではあるが、「こんなん知ってて当然ですよ」とのカレンの意向により勉強させられた。
カレンが俺に目配せをした。俺から説明しろということらしい。多分俺の理解度チェックも兼ねているので、やや緊張する。
「あー、ダンジョンって、特定の入り口からしか入れないだろ? あれって、ダンジョンが外皮を持ってるからなんだ。ダンジョン外皮はめちゃくちゃ硬くて、空間切断機とか、そういう特殊な機械を使わないと裂いたり壊したりできない。だからダンジョンへの入り口は限られてるし、出口も限られてる」
分かるか? と確認すると、双子は分かっているようないないような顔で、一応頷いた。構わず続ける。
「で、ダンジョン外皮ってのは通常、物理攻撃とか魔法攻撃とかは一切通らない。スキルによる無効化とも違う、ダンジョン外皮特有の防御機構があるらしいんだ。そいつを何とかしないとこには、ダンジョン外皮には傷ひとつつかない」
……と、こんな説明で合ってるよな?
カレンを横目で見ると、どうやら彼女の合格ラインに達したらしく、満足げに親指を立てている。
それは良かったが、説明をしているうちに嫌な予感に辿り着いてしまった。
なぜ今、ダンジョン外皮についての説明を求められたのか。
「っておい。まさか、この部屋」
「そのまさかです。ダンジョン外皮で覆われてます」
うっ、と息が詰まる。双子は何だか分かってなさそうな顔をしたのち、徐々に事態が飲み込めてきたのか、互いに顔を見合わせる。
「窓に攻撃したとき、虹色の光が見えたでしょう? あれは魔力干渉バーストと呼ばれるもので、ダンジョン外皮を攻撃した際に見られる特徴的な現象です。わざわざ攻撃しなくても、壁を触ったまま指先に軽く魔力を流してみれば分かりますよ」
「いや、待て待て待て。なんで壁がダンジョン外皮なんだ? ここはダンジョン内部だろ」
「外皮ってのは便宜上の呼び方であって、ダンジョンが有する結界構造のひとつに過ぎません。必ずしも外側にだけあるとは限りませんよ」
「そうだとしても、普通はないだろ」
「普通はないですね」
普通はあり得ない。またこれだ。
免許試験の時もそうだった。ダンジョン構造の大幅な変化、外部との通信遮断、いるはずのないボスモンスター……普通ではあり得ない現象が立て続けに発生した。今回もそうなのか?
「多分、ぜんぶ先輩のせいだと思います」
「何でだよ! お前さ、こんな時に冗談は……」
文句が尻すぼみになったのは、カレンの顔を見て、冗談を言っているわけではないことを悟ったからだ。
「……え、マジ?」
そんなわけないよな? と同意を求めるように双子を見るが、当然この2人が何かを知っているわけもなく、首をかしげるばかりだ。
「マジです」
きっぱりと、カレンが言った。
「イヅル先輩、ダンジョンに嫌われてるんですよ」




