ふた組のふたり組 ①
古いモルタル作りのビル、今はもうない都立高校の名称が、赤錆びたプレートに掲げられている。
待ち合わせはこの場所で合っている……はずだ。これといった目印がないので不安になる。
「イヅルせんぱ〜い!」
しばらくスマホをいじっていると、やがて聞き慣れた声が俺を呼んだ。通りの向こうから、よく目立つ桜色がぶんぶんと手を振っている。
「先輩、地味ですねえ。ぜんっぜん目立たないので先輩と確信するまでに時間がかかりましたよ。もっと派手な格好したら?」
「余計なお世話だ、歩くランドマークめ」
無事に合流した俺たちは、あとの2人の姿を探す。
あとの2人というのは、織部兄妹のことだ。
退院後、俺たちは双子たっての希望により、パーティを合体させることとなった。
それぞれ団体免許を持っているパーティ同士なら、ダンジョン内での協力は自由に認められている。パーティメンバーが増えればその分探索の効率も良くなるし、俺たちとしても断る理由はなかった。
思わず顔がニヤける。団体免許を持っているパーティ同士。良い響きだ。つまり、そういうことだ。
「先輩、ちゃんと免許証持ってきました?」
「当たり前だろ。肌身離さず持ってる」
カードケースの中には、夢にまで見たダンジョン免許証が入っている。
こないだの免許試験は中止になりこそすれ、ダンジョン内に飛ばされていたスタンドアローンの単眼が俺たちの動きをつぶさに記録していたことで、その動きを評価され、審議ののち無事に合格となった。
そう、合格だ。合格。
「うわー、すっごいドヤ顔。パー限ブロンズでよくそこまで誇らしげに出来ますね」
「うるせえ、こちとら一生涯ダンジョンとは無縁だと思ってたんだ。良いだろうが、多少誇っても」
そりゃ元単独免許(しかも上級)持ちに比べたら、パー限中級なんて子供の遊びみたいなものだろうが。
それでも、免許は免許だ。正直、めちゃくちゃ嬉しい。今すぐにでもダンジョンに入りたい……のだが。
「遅いですね、あの小鳥ども」
「言い方悪ィな。一応パーティメンバーになるんだから、あんまギスんなよ」
織部兄妹はまだ来ない。と言っても待ち合わせ時間を過ぎているわけではないので、適当にスマホをいじりながら気長に待つことにする。
「へえ。このダンジョン、異空間化防止策が出回る前にダンジョン化して、廃校になったんだと」
ネットで調べた情報を披露すると、カレンは興味なさそうに「ふーん」と言った。いつものことだ。その態度を意にも介さず、更に続ける。
「ダンジョン化したのが日曜日だったから、犠牲者はほとんどいなかったらしい。……あ、休日練習に来てたサッカー部が何人か巻き込まれてるが、全員脱出って書いてあったな」
「どうでも良いですって。要するに、ほとんど人を食ってないダンジョンだから、激よわで攻略難易度が低いってことですよね?」
「そういうことだ。ドロップがショボいらしくて、探索者も少ない。練習するには打ってつけだと思うが、どうだ?」
カレンから「訓練にちょうど良いダンジョン探して下さい。低難易度で良いんで、混んでないとこ」とメッセージが来たのは、退院してすぐのことだ。
そんなことを言われても、つい先日免許を取ったばかりの俺が、ちょうど良いダンジョンなど知っているはずもない。
……と文句を言うと、「ダンジョン探しは男性がリードしてくれないと」とか何とか。
そんな、デートでどこのランチやカフェに行くかを探すようなノリで、ダンジョンを探せと言われても困る。
とはいえ文句を言ったとて、じゃあ私が探しますねなどと言う殊勝な女ではない。
俺はカレンに命じられるまま、ダンジョン口コミサイトを漁りまくり、そして見つけたのがこの廃校ダンジョンというわけだ。
「あーあ、ドロップショボいのかぁー」
「低難易度で良いって言ったのはお前だろ」
「低難易度の割にドロップ美味しいダンジョンもあるじゃないですか」
「そういうとこは大体クソほど混んでる……って、口コミサイトに書いてあったぞ」
まあ、23区内のダンジョンは難易度にかかわらず、どこもそれなりに混んでるんだが。
ここは三鷹市。大型ダンジョンは混んでいるものの、ここのようなショボいダンジョンにはほとんど人がいない。
「今日はドロップ狙いじゃねえんだから、良いだろショボくても」
「モチベの問題ですよー」
そう、今日のダンジョン探索はドロップ狙いではない。レベル上げでもないし、スキル獲得狙いでもない。
今日の目的はまずひとつ、俺の新スキルの確認だ。
スキル『ダンジョン喰い』と『接続』……この2つの新スキルを試してみて、実戦での運用方法を考えること。
それから、もうひとつの目的は……
「織部つばめッ! ただいま到着しましたァーッ!」
「あっぶねー! ギリ? ギリセーフでしょ!」
騒がしい2人が、通りの向こうから全力疾走して来る。待ち合わせ時間は午後1時。現在時刻も午後1時。ぴったりというか、ギリギリというか。
「危なかったな、お前ら。カレンとの約束に1秒でも遅刻してみろ、どうなるかわかんねえぞ」
「「ギリセーフだから!」」
声を合わせてセーフを主張する双子に、カレンは「そうですね、ギリセーフです」とスマートウォッチを見ながら言う。あれは秒針まで確認してる顔だ。
そう、今回のダンジョン探索の目的のもう1つは、こいつら2人だ。
織部つばめ・つぐみ兄妹と4人パーティを組むにあたり、攻撃や防御のクセ、それと所持スキルの確認をして、スムーズに連携を取れるようにしなければならない。
「それにしても、パーティ合体すぐオッケーしてくれるとは思ってなかったな。ダメ元だったけど、誘ってみて良かった。一緒に頑張ろうね、カレン!」
「そうですね、高難易度ダンジョンの中には、3人以上のパーティじゃないと入れない所もありますから助かります」
「ちょ、めっちゃ打算じゃん!」
「うふふふ」
女子2人がじゃれ合って(?)いるのを見ながら、俺は肘でつばめをつつく。
「おい、何でまた俺たちと」
するとつばめは切れ長の目を丸くして「え、つえーから?」と、分かりきったことを言う。
そりゃそうか。カレンがいる以上、俺たちより強いパーティなんてそうそう存在しない。強いパーティと組みたいと思うのは当然のことだ。
そこで納得したところに、つばめは更に「あと、かっけーし」と追加する。
「あー、カレンな。確かにあそこまで強いと、かっけー以外の感想が」
「ちげーよ、かっけーてのはいづるんのこと」
ん、俺?
「助ける義理もねえ俺たちを、命懸けで助けてくれてさ。俺ら、すげー態度悪かったのに、全然気にしてない感じでさ。何つーか、かっけーなと思ったわけ」
「…………」
会話を終わらせようと、小さく呟いた「ふーん」という一言が、果たしてつばめに届いたかどうか。
きびすを返し、ダンジョン入り口の無人受付機でパーティ登録と探索手続きを始める。
……顔、赤くなってないよな?
びっくりした。何の話かと思って真面目に聞いていれば、あそこまで真正面から褒められるとは思ってなかった。流石に照れる。
顔の火照りを左手で払いながら、受付機のタッチパネルを叩く。探索人数と予定脱出時間を入力し、最後にパーティ名を登録する画面になった。
後ろできゃあきゃあ騒いでいる女性陣+つばめを振り返る。
「なあ、パーティ名どうする?」
「ちょーど今、その話してた!」
つぐみが、カレンと顔を見合わせてくすくす笑った。そして、
「「即席めおと団と愉快な子供たち!」」
声を揃えてそう言うと、女子勢は堪りかねたようにケラケラ笑い始め、俺は頭を抱えてため息をつくのだった。




