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新たなスキル ⑤


「なんかわっかんねーけど、すげーんだな、いづるん」


 つばめがキラキラした目で俺を見てくるが、俺はとてもじゃないがそれに応える気にはならない。


「なんもすごくねえよ……自分でも何が何だか分かってねえんだから」


 新たなスキルがどんなものなのかも、それによってこれからどんな厄介事が舞い込んでくるのかも、さっぱり分からない。


 ただひとつ明確なのは、新スキルの登録手続きが死ぬほど面倒臭いということだけだ。

 俺のスキルリストにアンチ・ダンジョンが見つかったときも、病院で本格的な検査をいくつもやらされた。


 ようやくそれが終わったと思えば、登録のためにわざわざ霞ヶ関の異空間管理庁庁舎にまで足を運ばなければならず、ずいぶん時間を取られた覚えがある。

 またアレをやると思うとげんなりする。



 ……と、いうのをつばめに説明すると、つばめは「ドンマイ! いづるん!」と俺の背を叩いた。

 一切の手加減がなく、俺はウッと息を詰まらせる。これには吉野さんも苦笑いだ。


「悪いね、イヅル君。なるべくスムーズに話が運ぶよう、こちらからも口利きをしておこう。それと……」


 吉野さんは、談話室に入ってきた時と同様、左右と背後を確認する。そして、骨ばった人差し指を唇に当てた。


「今回の事件の詳細……特に君の新スキルのことは、他言無用で頼む」

「うちらは良いの? 知ってて」


 つぐみが口を挟む。吉野さんは「うむ」と頷いて、


「今回の事件の当事者だからね。もちろん、他の人に話してはいけないよ」

「SNSに書くのも?」

「遠慮してほしいな。友達にも先生にも、家族にも話さないでくれると……こちらとしても、手間が省けて助かる」

「はーい」


 素直に返事をしたつぐみに、吉野さんは安心したように笑いかけ、「ではまた」と言って談話室を出て行った。


 吉野さんの足音が遠ざかり、談話室にはカレンがクッキーを咀嚼する音だけが響く。




「つかさあ」


 吉野さんの気配が完全になくなるや否や、つぐみが口を開いた。さっきまで見せていた素直そうな態度とは全く違う、横柄な声だ。


「怪し過ぎん? 別にこの場でいづるんのスキル開示する必要なかったじゃんね」

「な。わざわざ俺たちに見せつけたって感じ。絶対なんか企んでるよな」


 …………。


 ……そうか?



「ここにいたのが、たまたま当事者だけだったからじゃないか? 当事者には隠す必要ないみたいなこと言ってたし」

「はあー!?」


 俺の反論に、つぐみが素っ頓狂な声を上げる。


「んなわけないでしょ! ホントに隠し事したいならさあ、知ってる人が少ない方が絶対良いに決まってんじゃん! いづるんだけ別室に呼び出すとか、もっとやりようがあると思わん?」


 まあ、それはそうだ。秘密はそれを知る人が多ければ多いほど、外部に漏れるリスクが高くなる。


「だいたい俺らとあの人、初対面なんだぜ? 初対面の相手を、そんなすぐ信用するか? しかも俺らみたいな、見るからに口の軽そうなのを!」


 自分で言うか。いやでも、確かにそれもそうだ。


 そもそも、なぜ他言無用なのか。他言無用と言いつつ、なぜ他人がいる所でスキルを開示したのか。

 言われてみれば、妙な話ではある。ではある、が……



「……でも吉野さん良い人だしなあ」

「「げー! いづるんお人よしすぎ!!!」」


 双子は大袈裟に頭を抱える。息ぴったりだ。


「さっきもアレだろ! あいつ政府のスパイだってこといづるんに隠してたんだろ!」

「スパイじゃねーだろ。普通に公務員だ、公務員」


 あれ? 公務員じゃなくて官僚か? いや、官僚も公務員か。まあ、そんなことはどうでもいい。


 そう、どうだっていいのだ。



「生きてりゃ誰だって隠し事のひとつやふたつあるもんだし。仕事してる大人ならなおさら、話せないことなんて山ほどあるだろ。それをやれ隠し事しただのぎゃーぎゃー騒ぐほど、俺はガキじゃない」

「うわ、出ましたそういう、俺は世の中のこと分かってまーすみたいなやつ」

「高校生なんてガキに決まってんだろーカッコつけんなー」

「うるっせえな、何なんだよお前ら」


 こぞってブーイングを向けてくる双子に、ハエを払うようにシッシッとやってみせる。双子はそれで余計に面白がって、「いづるん良い子ちゃんかよー」などとからかってくる。鬱陶しい。



「まーでも、そうですね」


 低レベルな喧騒の中、今まで黙っていたカレンも、やや呆れたように俺を見て言う。


「先輩は、ちょっと危機感が足りないかも。甘いというか……大人を信用し過ぎです」


 だよねー! と、つぐみが同調する。

 そうだろうか。いや、確かにそうかもしれない。


 ずっとダンジョンに入れなかった俺は、友達とつるむこともなく、同年代との付き合いよりも大人との関わりの方が多かった。


 嘲笑ばかり向けてくる同年代よりも、優しさを向けてくる大人の方に好意が傾くのは当然だ。たとえその優しさの中に、同情が多分に含まれていたとしても。


 ……大人を信用しすぎ、か。



「気付いてました? あの人、今回のトラブルのこと『事件』って言ってました。事故じゃなくて、事件。この意味、先輩なら分かってますよね?」

「……」


 正直、引っかかってはいた。事故じゃなくて事件……。


「「え、どゆこと?」」


 双子が揃って首を傾げ、「この馬鹿小鳥ども!」とカレンの罵倒が飛ぶ。


「事故は偶然起きたこと! 事件は誰かが引き起こしたこと! 今回のごたごたは、私たちが思ってる以上に面倒な案件かもしれないってことです。全く、協力するなんてホイホイ言っちゃって。やめた方が良いと思いますよー?」

「う……だい、じょうぶだろ、たぶん」


 そう言われると不安になってくる。もしかして俺、警戒しなさ過ぎか? カレンの言う通り、もう少し大人を疑ってかかるべきなんだろうか?


 しかしそれと同時に、相反するもう一つの思いも湧いてくる。

 カレンは大人を――他人を疑い過ぎだ。



「…………カレンが政府の召集を無視するのは、大人を信用してないからか?」


 以前、吉野さんが言っていたことを思い出したのだ。


 ――政府の召集に応じない。

 ――夜遊びをしている。


 カレンは意図的に大人との関わりを避けている――ように見える。それも、徹底して。



「そうですよ。大人は信用なりません」


 カレンが言う。


「……じゃあ、カレンは誰を信用してるんだ?」


 その問いに、カレンは顔を上げて真っ直ぐに俺を見た。

 その視線にドキリと胸が跳ねる。向けられた桜色の視線には一切の温度がなく、あまりにも――無感情だったから。


「そりゃ、自分に決まってるでしょう」


 カレンの言葉に、「ひゅー! かっこいー!」と双子が盛り上がる。

 しかし俺は、そんなふうに囃し立てる気にはなれなかった。



 大人は信用ならない。

 信用できるのは自分だけ。


 カレンはどんな経験をして、そんな考えを持つに至ったのか。それをどんな気持ちで受け止めたのか。

 いくら考えても、俺の想像の範疇を出ることはない。


「なあ、カレン」


 名前を呼ぶと、少女は「はい?」と素直にこちらを向く。


「……いや、何でもない。そこのチョコ取ってくれ」


 彼女が内包する昏い迷宮に、手を触れる勇気はなかった。

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