新たなスキル ④
「ダンジョン……喰い……?」
確認するように、ステータス表示に手を伸ばす。接続などというスキルにも見覚えはないが、それよりも異様な文字列に気を取られる。
ダンジョン喰い。
宙に浮かび上がったその文字は、指に触れる前にふっと消えてしまった。
「……想定通りで良かった。これで何もなかったら、ダンジョン外魔石使用の報告書をどう誤魔化そうかと、ひやひやしていた」
軽口を叩く吉野さんに、しかし俺は愛想笑いをする余裕もない。
何だ? あのスキルは。いつの間にあんなスキルを取得していたんだ?
スキル取得時の表示を見た覚えがない……ということは、俺が気を失っている間に取得したのか。
それに、想定通りとはどういうことだ? 吉野さんは、俺があのスキルを獲得することを予想していたのか?
次から次へと疑問が湧いてくる。
「先輩、さっきのスキルって……」
ステータス表示を見たカレンも、怪訝な顔をしている。
「あれ何ですか? ダンジョン喰い?」
「カレンにも分からないのか」
「聞いたことありません。ダンジョンを……食べる?」
数多のスキルを取得しているカレンが、聞いたこともないというスキル。もしかして、新種スキルか。
吉野さんの方を見ると、説明を求められることが分かっているのだろう。やや複雑そうな顔をしている。
「どういうことですか? このスキルは一体……吉野さんは、俺がこのスキルを取得したことを知ってたんですか?」
「スキルの詳細は、私も全く分からない。ただ、君にこういうスキルが発現するであろうことは知っていたというか、予測していたというか……今回の事件が起きた時、もしやと思ったんだ。いや、もしやではなく『まさか』かな。まさか本当に、ダンジョンを消滅させ得るスキルが発見されたのか……と」
ダンジョンを消滅させ得るスキル――ダンジョン喰い?
「何と言ったものかな。未知の部分もあり、機密上離せないことも多いのだが」
「話せる範囲で構いません。説明して下さい」
「そうだな」
カレンや双子の方を横目で見て、吉野さんは少し考え込む。そして、口にする言葉を慎重に選びながら語り始める。
「ダンジョンを消滅させる方法というのは、長年研究されていることなんだ。ダンジョンから得られる恩恵は多いが、このままあらゆる空間にダンジョンが出現し続ければ、人類が安全に使用できる空間は減っていく一方だからね」
――だから現在進行形で、ダンジョンを消滅させるあらゆる方法が研究されている。
ダンジョンの中では、魔石を使って空間魔力を上書きすることによって、モンスターが発生しない安全地帯を広げることができる。
その技術が応用できないかと、これまではもっぱら魔具を中心とした研究が推し進められてきたそうだ。
「だが、これがあまり上手くいっていない。そこで近年では魔具だけでなく、魔法でもスキルでも使えそうなものをしらみ潰しに探っていこうという方針になってね。相当数の人員を割いて、ダンジョン消滅に有効な手法が探索されている。私はそのうちの『スキル探索担当』というわけだ。君は……」
吉野さんはふと言葉を切って、どこか切実な視線を俺へ向けた。
「『アンチ・ダンジョン』という唯一無二のスキルを持っている君は、ダンジョンの総数管理に有用なスキルの使い手として、リストの上位に載っているんだ」
「……前から?」
「そう、ずっと前から」
「吉野さんは、……俺を監視するために管理庁から派遣されて来てた……ってことですか」
吉野さんが頷くのを、俺はどこか納得した気持ちで見ていた。
「君と接触し、アンチ・ダンジョンの性質を見極められる機会を待つ。それが私の仕事だった。そのために君を受付バイトに誘い、君と共に業務にあたっていた」
「…………」
前から気にはなっていた。何の変哲もないダンジョンの受付業務に、わざわざ異空間管理庁のエリートが配属されるものだろうか? 高校の職員とか、区役所の役人とかで充分何とかなるだろうに。
疑問に思いつつも、若手有望株をスカウトしたいのかな? なんて、それらしい仮説を立てて勝手に納得していた。吉野さんが誰かを勧誘しているところなんて、一度も見たことがなかったのに。
そうか……最初から俺が目当てだったのか。
俺を受付のバイトに誘ったのも、俺を手元に置いておくため。
アンチ・ダンジョンの性質を見極める……それがどういうことなのかは分からないが、ふらふら遊び歩かれるよりも、バイトとして目の届くところに置いておく方がずっといいという判断だろう。
そしてその思惑通りに、俺はこうして「ダンジョンを消滅させるスキル」の頭角を現したというわけだ。
「幻滅したかい?」
「や……正直、よく分かんねー」
身近な大人に隠された真意があった……とはいえ、「騙された」と被害者ぶるほどの要素は特にない。
なにか酷いことをされたでもなし、吉野さんの俺に対する態度は一貫して誠実だったし、ダンジョンの受付バイトに誘ってくれたのは正直ありがたかった。
今だってそうだ。立場上難しい部分もあるだろうに、吉野さんは可能な限り俺に誠実であろうとしてくれている……と、思う。
「仕方ないんじゃないすか。仕事だし。今さら気にしないですよ」
視界の端で、カレンが不満げに顔をしかめるのが見えた。「また先輩は、甘っちょろいことを言って」とボヤく彼女の声が聞こえるようだ。もちろん、聞こえる気がするだけなので無視する。
「すまない、そう言ってくれると私としても救われる。その上で更に厚かましいお願いではあるんだが……無理強いはしない。君が嫌なら断ってくれて良い。ただ……出来ることなら、これからも我々に協力してほしい」
「まあ別に、良いですけど」
サクッと承諾すると、吉野さんは少なからず驚いた顔をした。あれ、これもしかして、俺が断る想定だったのか?
「え、まさかですけど人体実験的な感じだったりします? なら嫌ですけど」
「まさか!」
ちょっとした軽口のつもりが、吉野さんは本気にしたらしい。「君に害が及ぶようなことは、私が許さないよ」などと、妙に熱の入った調子で俺の冗談を否定する。
「いやさすがに冗談ですけど……日常に支障ない程度で良いんなら、協力しますよ」
「……ありがとう」
吉野さんが手を差し出してくる。握手を求められているのだと気付くのに一瞬かかってしまって、俺は「あ、はい」と慌てて右手で応じる。
握手をする。それも大人と。変な感じだ。
吉野さんの握手は力強く、表情は真剣そのもの。自分に悪意はないのだと、どうか信じてほしい――そんな表情。
俺は精一杯の誠意をこめて、その手を握り返す。それでも、吉野さんの緊張がゆるむことはなかった。




