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離した手、繋がるもの ②


 カレンの手を離し、バリアの外へと飛び出す。

 俺が走り出したのを、不審な動きとして察知したのだろう。触手たちは一斉に、ターゲットを俺へと変更する。


 まずは剣が必要だ。

 さっき弾き飛ばされた剣を拾いに走る。太い触手に物理攻撃は効かないが、雑魚を蹴散らすには剣が要る。魔力は、本体に見舞う一撃のために温存しておかなければならない。


「あと少し……うおっ!」


 顔面を狙って思い切り振り抜かれた触手を、すんでのところで姿勢を低くして避ける。その勢いのまま、床に転がっている剣のもとへと滑り込んだ。


 よし、これで武器は取り戻した。あとは雑魚を蹴散らしながら部屋の奥へ向かい、至近距離から本体に炎魔法をぶち当てるだけだ。


 ……その「だけ」が難しいのだが。



 殺気追尾の発動条件として、追尾が完了するまでは目を瞑っていなければならない。

 極めて無防備になるわけだが……自分でなんとかするしかない。攻撃の瞬間、カレンはつばめの回復に全力を出す。カレンのバリアに頼るわけにはいかないのだ。


 だが、無数の雑魚触手たちが襲いかかってくる中、目を瞑って殺気追尾に集中できるのか?



(いや、できるできないじゃない。やるしかないんだ)


 気合いを入れて、雑魚触手の合間を掻い潜る。スマートウォッチを見ると、カウントアップは02:01となっている。残り2分。


 進路を塞ぐ雑魚だけに集中し、剣を振るう。殺気の糸が通じていた方向を思い出しながら、部屋の奥、暗い方へ――……。



 やがて闇が深くなり、敵の姿が見えづらくなる。まずいな、と思った矢先、目の前にステータス表示が現れた。



 スキルレベルアップ『気配察知』【C】→【B】

 (ブランチ)スキル獲得『気配投影』【C】



 敵の気配が、何となく感じられていた程度から、より詳細に感じられるようになる。しかも『気配投影』というこのスキル、感じ取った気配を、視覚情報として視界に投影することができるようだ。


 闇の中に、赤い敵影がくっきりと浮かび上がった。これなら闇の中でも――目を瞑っていても、敵の動きを知ることができる。


「はは……っ!」


 ハイになってるのか、こんな状況なのに笑いが込み上げてくる。

 スキルは、ダンジョン内で必要となった能力が優先的に開花するという。よくできたシステムだ。



 闇に惑うことはもうない。雑魚触手たちの居場所、動き、次にどういう攻撃を仕掛けてくるのかまでも、闇の中にくっきりと「視る」ことができる。


 残り1分40秒。


 足に絡みつく触手を斬り落とし、吐き出された毒霧から身をかわす。いや、避けたつもりだったが、肺の奥がズキリと痛んだ。


 毒を食らったらしい。カレンにかけてもらっていた毒耐性バフは、既に効果が切れていたのだ。

 何度か大きく咳き込んで、それでも立ち止まらず、転げるように前へと走る。


 毒を治癒している暇はない。残り1分20秒。俺が毒に倒れるよりも、タイムリミットが来る方が早い。



 前へ――……敵の近くへ!




 そしてある地点を越えた時、ふいに周囲が変質した。


 恐らく、気配察知のスキルを持っていなくとも分かったであろうほどの、はっきりとした空気の変容。どろりとした風が頬に触れ、全身をまさぐられているような不快感に襲われる。


 間違いない。「本体」の懐に入った。

 視界には、本体らしき気配の姿はどこにもない。雑魚触手たちの気配が投影されるのみだ。しかし、確信する。俺たちを閉じ込め、ここまで追い込んだ悪意の主が……近くにいる。



 雑魚触手共はいよいよ怒り、またその挙動には焦りが見られた。奴らの親玉が危険に晒されているのだ。当然の反応だろう。


 一瞬前まで俺が立っていた場所に、その身を鞭のようにしならせた触手が大挙してなだれこむ。ほんの少しでも動きを止めたら、袋叩きにあうことは間違いない。


 だが、望むところだ。こちらとて、動きを止めるつもりなどない。


 残り1分――!



 目を閉じて、周囲の気配に集中する。瞼の裏の闇の中に、敵の姿が投影される。その気配を右へ左へと避けながら、俺はさらに『殺気追尾』をかける。


 視界に翻る、無数の糸。


(くそ、また……雑魚の気配が邪魔だ!)


 意識の力で糸を引きちぎり、選り分けていく。

 頭痛がひどい。恐らく、今のスキルレベルで出来る以上のことを、俺はしようとしているのだろう。察知した殺気を選別するまでは、出来ないはずなのだ――本来は。


 目を瞑ったままで剣をふるい、次々に襲い来る触手を両断する。戦いながら、次々と俺に向けられる無数の殺気を選り分けていく。


(どれだ? 本体に繋がる糸は一体どれだ? さっきは集中すれば見分けることができた……今度もできるはずだ!)



 あと何秒残されているのか、スマートウォッチを見て確認することはもはやできない。いくばくの時間も残されていないことだけは分かる。


(集中……集中するんだ……)


 頭痛をこらえ、数え切れないほどの殺気の糸の中から、たった1本の正解に目をこらす。


 もっと、もっと集中しろ!



 そうして自分を鼓舞した矢先、頭の中からぶつんと嫌な音が聞こえた。

「限界を超えた」……それを自覚するのと同時に、眼球の奥に激痛が走り、鼻から生温い液体が垂れる。


(あ……や、ば……い……)


 酷い耳鳴りが響き渡る。キーンと鳴る不快な音のほか、あらゆる音が遠くに聞こえる。それと同時に、奇妙な浮遊感が俺を襲った。


 浮いてる……?

 いや、倒れている……。



 平衡感覚を失い、身体は仰向けに倒れつつあった。脳と身体の接続が途切れたかのような、抗い難い脱力感。右手が剣を取り落とす。

 暗い視界の中に、俺を目掛けて振りかぶられた無数の触手が見える。


(駄目だ、死――……)


 頭が床に叩きつけられる、まさにその直前。


 


 ――見えた。


 視界の中央に、たった1本の糸がくっきりと浮かび上がった。




「カレン、今だ!」


 スマートウォッチの向こうへ叫び、倒れながらも、金色の糸に手を伸ばし手繰り寄せる。


 ――捕まえた。



炸裂炎弾(グレネード・ファイア)最大出力(オールアウト)!」


 ありったけの魔力を振り絞る。目を瞑っていても分かるほどの猛火が、闇の中に立ち上った。



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