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殺意を辿れ ①


 重々しい音を立てて、扉が開く。

 その先の空間は薄暗く、中の様子はよく見えない。かなり広いが遮蔽物は少なく、がらんとしているようだ。


「あ、あそこ……!」


 息を潜めていたつぐみが、部屋の中央あたりを指して声を上げた。薄闇の中に、誰かが倒れているのがぼんやりと見える。

 駆け寄ろうとしたつぐみを、カレンが制止した。


「焦らないで。まずは明るくします。『魔力点灯(ライトニング)』」


 幾つかの魔石を手のひらの中で擦り合わせ、魔力を練り込む。魔石から散った火花が流星のように飛び散って、空間に光を灯す。


 部屋が広いので、カレンだけでなく俺とつぐみも同じように魔力点灯を行なう。

 暗く広い部屋の隅……俺たちが立っている側から、少しずつ少しずつ明るくなっていく。



 ――空気が震えた。



 俺たちの魔力でこの空間を満たすことを、良しとしない存在がいる。

 まだ光の届かない闇の中で、「それ」がざわざわと動く気配がした。


(……『気配察知』)


 辺りを探る。何かがいる。


 ……何かがいることしか分からない。感知不能。つぐみが言っていた通りだ。



 周囲に走らせていた視線を、倒れているつばめへと向ける。

 カレンもつぐみも、なぜ彼にすぐさま駆け寄らないのか。その理由はすぐに分かった。


 つばめの胴体に、何かが巻き付いている。暗闇より伸びたそれは、蛸の手に似た質感をしている。しかしよく知っている蛸のような可愛げのあるサイズではない。

 俺の胴体よりも太いのではないかと思われる触手が、まるで幼児がおもちゃを取られまいと守っているかのように、つばめの周囲にぐるりと巻き付いている。


 あれが、このダンジョンのボス。



 視認できている触手に集中し、もう一度気配察知をしてみる。触手の気配は部屋のずっと奥――俺たちの光が照らせていないエリアから続いている。しかし、本体の気配まで辿り着く前に、気配は有耶無耶になって霧散してしまう。


「……本体の居場所が分かりませんね」


 カレンが呟くのが聞こえ、俺は多少なりとも驚いた。カレンの気配察知のスキルレベルは、俺よりもずっと高い。そのカレンが気配を辿りきれないとは、一体どういうことだろうか。


「というか、本体がいない……? 正体が分からない……潜伏スキルを使ってる気配もないし……」


 困惑している俺たちを嘲笑うかのように、闇の中から1本また1本と触手が伸び出す。つばめを捕まえている触手より幾分か小ぶりだが、それでも脅威を覚えるには充分すぎる大きさだ。

 つぐみがわずかに後ずさった。あの触手に、あれだけ酷い怪我を負わされたのだろう。瞳に恐怖が滲んでいる。



「あの触手に、絶対捕まっちゃ駄目」


 つぐみが言った。


「あれに捕まったら、スキルとか魔法、勝手に使われる」

「使われる?」

「あいつ、つばめの持ってるスキル使ってくんの! 魔力もつばめから吸い取ってる。攻撃してダメージ入れても、つばめから体力吸い取って回復するし……うち、つばめを死なせないようにしか戦えなくて、だから……」


 つぐみは悔しそうに唇を噛む。


「つばめ、うちをかばって捕まったの」


 唸るような声と共に、とうとうつぐみの目から涙が溢れた。



「泣いてる暇があるなら、そのつばめだかすずめだかが持ってるスキル、全部教えてくれません?」


 泣き言を一蹴するカレンの言葉に、慰めの言葉を探していた俺もハッとする。

 そうだ、今はあいつに勝つことだけを考えるべきだ。


 活を入れられたのは、俺だけではないようだった。恐怖に塗り潰されていたつぐみの瞳に、戦意の火が灯る。


 倒れているつばめの背は、よく見ればわずかに上下しているのが分かる。

 まだ生きている。まだ、望みはある。



「じゃあ言うね。つばめのスキルは――……」


 触手と一定距離を保ちながら、つぐみが説明を始める。敵はこちらの戦力を測っているのか、幸いまだ攻撃してくる気配はない。


 つばめのスキル――つまり、敵が使ってくる可能性のあるスキルを、俺も頭に叩き込む。

 気配察知に魔力感知などの感知系スキル。斬撃や刺突などの基本的な攻撃系スキル。魔法系スキルは、特に氷魔法を得意とする。そのほか、今は発動できない固有スキルや、戦闘には使用しないマッピングスキルなどなど……。

 どれも基本的なスキルばかりだ。知っていれば対処はできる。



「じゃ、バリア張ってあげますから」


 カレンはそう言って、つぐみの周りに結界を張る。つぐみの身体を白銀の幕が覆う。幕は足元まで降り切るとふわりと光り、透明になって見えなくなった。


「あなたは、片割れの回復に専念していてください」


 つぐみは頷き、いつでも走り出せるように姿勢を低く保つ。


「私は防御メインでいきます。先輩、攻撃は宜しくお願いしますね」

「……分かった」


 右手の剣を握り直す。回復が入るとはいえ、つばめの体力が心配だ。なるべく早めに片をつけたい。



 頭の中で手早くシミュレーションをする。本体がどこにいるのか分からない以上、今は見えている触手に攻撃するしかないだろう。触手にダメージを与えつつ、本体の居場所を探っていくのがベストだ。


 本音としては、本体などにかまけておらず、つばめを取り返したらさっさと撤退したいところだ。しかし本体を倒さずして、果たしてダンジョンから脱出できるのか。


 カレンの言うように、ダンジョンからの悪意というものが本当にあるのならば、敵が俺たちをみすみす逃がすとは思えない。一撃離脱ヒット・アンド・アウェイならぬ一救離脱レスキュー・アンド・アウェイは、困難を極めるだろう。

 そうなるとやはり、戦って倒すしか道はない。



(今はごちゃごちゃ考えてる場合じゃないな)


 気を取り直し、現実に集中する。

 視界の中に動くものがある。カレンに目配せをすると、カレンは無言で頷いた。つぐみもまた、「それ」に気が付いているようだ。


 つばめを捕まえているものとは違う、細く黒っぽい触手が、闇から滲み出るようにこちらへ這い寄っている。本体が使役しているんだろう、雑魚触手たちだ。


「合図をしたら、俺は右手……敵の左手側に走って攻撃を開始する。敵は俺に気を取られるだろうから、その隙につぐみは反対側から、つばめの所へ走れ」

「分かった」

「よし……じゃあ、行くぞ」


 すう、と息を吸って。


「今だ!」


 叫ぶと同時に、走り出した。



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