悪意への一本道 ②
――手ごたえの浅いダンジョンだ。
始めは、そう思ったのだという。
出てくるモンスターは雑魚ばかり。ドロップアイテムも取るに足らないものが多い。試験用のダンジョンだからそういうものなのかも知れないと思いつつ、正直に言うとつまらなかった、と。
だが、2人はいつの間にか思わぬ深みにはまっていた。
ダンジョンの最奥に待ち構えていた「それ」が一体どういうモンスターなのか、それすら分からないままに蹂躙され、つぐみだけが命からがら逃げ出すことが出来た。
「モンスターの正体が分からない? あなたたち2人共、解析スキル持ってないんですか?」
「持ってるよ。うちも、つばめも。でも分からなかった。『解析不能』って出てくるだけ」
対象モンスターが自分より遥かに高レベルだったり、あるいはステータス秘匿系のスキルを持っている場合は、解析不能という結果が出ることはある。
しかしつぐみは納得していないようだった。……正直、俺も納得いっていない。
中級パーティ免許の試験用ダンジョンに、そんなモンスターが出現するだろうか?
ダンジョンの奥にいる強いモンスター……双子が遭遇したのは、恐らくボスモンスターだ。
そのダンジョンの主ともいえるモンスターで、通常モンスターよりも段違いに強い。ただ、ボスモンスターの存在が確認されているダンジョンは、普通は高難易度ダンジョンに分類される。
この試験は、せいぜい基本プラスアルファの能力を求める試験だ。ダンジョンの難易度は高くても中級程度。
過去の試験傾向を見ても、出てくるモンスターもダンジョンの形状も、教科書通りからそう乖離することはない……はずだ。
「……不自然なことが多すぎる」
俺の呟きに、カレンが「ですよねえ」と同調する。
奇妙なダンジョン内構造。遮断された通信。いるはずのないボスモンスター。
あと、それと比べれば些細な違和感かも知れないが……
「なんかさっきから、雑魚ばっかじゃねえか? 『散火』!」
手のひらから迸った火花が、這い寄るブラックハンドを炎上させる。
さっきから出現モンスターが多いわりに、そのほとんどは初級ダンジョンに出てくるような雑魚ばかりだ。こうして、覚えたての炎魔法(しかも、一撃の攻撃力が低下するはずの範囲攻撃)でワンパンできるレベルの。
「仮にだ。何でか分からんが今回の試験だけ大幅に傾向が変わったんだとして、だぞ」
頭上から垂れさがるギークスパイダーの気配を察知し、ノールックで剣を振るう。いつのまにか気配察知のスキルレベルも上がり、気配だけでなくモンスターの種類も分かるようになっていた。ただし、これまでに戦ったことがあるモンスターに限るが。
ギークスパイダーの丸々と太った腹がふたつに裂け、飛び散った体液はありがたいことにカレンの結界が防いでくれる。
「おかしいよな。このダンジョンは、ボスモンスターがいるくらい高難度なんだろ? それなのに、雑魚モンスターが雑魚すぎる」
「そうですね。普通、ダンジョンの難易度とモンスターのレベルは比例しますから、高難易度ダンジョンなら通常モンスターもそれなりに強いはずです。確かにちょっと不自然かも……」
「不自然だらけだな」
ひとつひとつは些細な不自然でも、こうも重なると何かしらの意図を感じざるを得ない。
それこそカレンが言っていた――ダンジョンからの悪意。
「……埒があきませんね」
カレンが呟いて、俺と繋いでいない方の手――左手を、つぐみに差し出した。
つぐみは何を求められているのか理解できず、その手をきょとんと見る。
「手、しっかり握って」
言われた通り、素直に手を握るつぐみ。
カレンがぎゅっと脇を締めると、俺もつぐみもカレンに引き寄せられる。
「わ、な、何だよ」
「いちいち照れない! このまま雑魚の相手をしててもキリがないですから、廊下の先まで一気に行きます。掴まって下さい」
「掴まってって、どこに!」
「どこでも良いです。行きますよ!」
行きますと言われ、俺は慌ててカレンの肩に掴まった。つぐみも同じように肩に腕を回す。
と、胃に不快な浮遊感を覚える。身体が後ろへ引っ張られる感覚と共に視界が色の塊となり、耳元で風が鳴った。
「スキル――『滑空』!」
俺とつぐみの絶叫が、風の音と混じり合った。
カレンと、カレンに掴まった俺たち2人は地上50cmほどまでわずかに浮遊し、そのまま空中を滑るように進む。
まるで世界が丸ごと傾いて、急傾斜の滑り台を滑り降りているかのようだ。それはもう凄まじいスピードで。
長い廊下には無数の雑魚モンスターがおり、俺たちに気がつくと手やら脚やら触手やらを伸ばしてくるが、到底そんなものに捕まるようなスピードではない。
速い。あまりにも速い。
ていうか速すぎる。
「ちょ、おまこれ、ヤバいだろこのスピードは!」
「だいじょぶですって。たかだか時速100キロくらいですよ」
「時速100キロは高速道路だろうがよ!!!」
「え、そうなんですか? 高速道路って意外と低速なんですね」
「つーか『滑空』ってこういうんじゃねーだろ! グライダーとかそういう」
「せんぱ〜い、ごちゃごちゃ言ってると舌噛みますよ?」
振り落とされないよう必死にしがみつきながら、視線を上げる。桜色の髪をなびかせながら、カレンは清々しく笑っている。実に楽しそうだ。
……楽しそうなのは良いことなのだが。
カレンと繋いでいる左手の袖に、このエリアの地図が表示されている。さっきからずっと1本道の廊下を突き進んでいた、その表示の先に――
「カレン! 壁だ!」
「歯ァ食いしばって!」
カレンが叫び、俺は奥歯を噛み締めた。
ガシャン!
幾重にも重なったガラスが一斉に割れるような、凄まじい音がした。
痛みはなく、衝撃もそれほどない。よろめきながらもしっかり着地したカレンの隣で、俺とつぐみは床に崩れ落ちる。
長い廊下の突き当たりに扉があった。そこに衝突する寸前で、カレンが多重結界を発動したらしい。
結界は粉々に砕け、俺たちが時速100キロで壁に激突するのを防いでくれた。
「滑空スキル、使い勝手は良いんですけど減速機能がなくって。止まる時はいっつもこんな感じなんですよね。まあ、面白いから良いけど」
め、めちゃくちゃだコイツ……。
ケロッとしているカレンの足元に這いつくばったまま、真っ青を通り越して真っ白な顔色のつぐみが「こいつ何者?」と目線だけで訴えかけてくる。
俺はやはり床に這いつくばったまま、「分からん」と目線だけで返答する。
「さて、ほら。いつまで寝てんですか」
俺たちを引っ張って立たせてから、カレンは突き当たりの扉に堂々と向き直った。
俺も、息を整えてから同じように扉に向かう。
「この先ですよね? ボスがいるの」
つぐみが頷いた。その顔がまだ青ざめているのは、双子の片割れの安否に、希望を持てずにいるからだろうか。
「行こう」
彼女を励ますように、一言に力を込める。
事務室のような内装のダンジョンには似つかわしくない、重厚な両開きの扉を、俺はゆっくりと押し開けた。




