第五話 クリスマス事件 後編
『ごめん、急に仕事が入って。今日のデート、違う日に回して』
クリスマス前に別れるつもりが、なかなか慎一君と会えず。
電話やメールじゃなくて直接言ってやりたかったから。デート当日に待ち合わせ場所に来た慎一君を振ってやろう。
そう意気込んで迎えたクリスマス。慎一君との仲直りのデートの日。
待ち合わせ時間を15分過ぎたときにかかってきた慎一君からの電話。
断られることはわかっていた。だって、私は知っていたから。
*****
「……ありえないでしょ」
デート当日、待ち合わせ時間を過ぎてからのドタキャン。しかも、慎一君から。
「私のことをないがしろにしすぎじゃない……」
雪が降るほどでもないけれど、十分に寒い真冬の駅前。仮にも彼女を待たせといて、メールで、簡単にデートを断る彼氏。字面は最低だ。
そんな最低な彼氏でも、向こうからのドタキャンという最後の最後まで最低な慎一君の態度にショックを受けはしたけど。
別れる、と決めていたからか、そこまで気持ちが沈んだりはしなかった。ただ、これからしばらくの時間をもてあましてしまうから、どうしよう、と思うだけ。
「……居酒屋とかって、クリスマスだから空いてるのかな?」
今日はとことん飲んでやろうか。で、明日になったら、スッパリと慎一君と別れてやる。
そんなことを考えていたら、雨が降り出した。
ホワイトクリスマス、なんて事になったら、クソくらえ! って叫んでたかもしれないから、気分的には雪よりまし。でも、身体的には雪のほうがよかったかも。雨って、すぐにびしょびしょになるから。
「最悪、傘もってない」
「僕は傘を持ってますよ。それから、空いてるかはわからないけど、穴場の良いお店も知ってます」
独り言に答える声。それと同時に、頭上の雨がやんだ。誰かが横に立って、傘を差し出してくれている。
「こんばんは、浅賀さん」
「こ……んばんは。……井上君」
会社の同期の井上君。同期、といっても井上君は営業の外回り。私は総務。接点なんて、ほとんどない。
そんな井上君は私の返事も聞かずに私の腕をとって歩き出した。
「……井上君?」
「浅賀さん、クリスマスですよ? 一人より、二人のほうが楽しいですって。運の良いことに、僕は今彼女のいない寂しい独り者ですから」
おどけたようなその言葉は、自然と私を笑顔にさせる。思わず笑い声が出てしまって。
「あ、笑った。さっきから、寂しそうな顔してたから、気になってたんです。行きましょう」
「……うん」
優しい笑みを浮かべた井上君が、一度私の腕を放して再度手を差し伸べてきた。
私は思わず、反射的にその手をとった。
井上君は、少しびっくりした後「ここからなら5分くらい歩けばすぐですよ」と言って、つないだ手を引き寄せた。
慎一君に、罪悪感が無いわけじゃないけど。
でも、慎一君が合コンの誘いを断らず、私との約束を断ったのを知っていた。
つくづく救いようの無い私の彼に、遠慮をする必要なんか。
「そうですよ。僕、浅賀さんの彼とは知り合いなんです。仕事上の。……僕が言うのもなんですけど、やめたほうがいいと思います」
「あれ? 声に出てた?」
「はい、ばっちり」
「……わかってる……んだけど……なんでだろう? 今日はこっぴどく振ってやる! って決意したけど、結局成功しなかったし。……なんか決意しないと行動に移せないってことはまだ未練があるのかなぁ?」
「一度決意したのなら、僕が協力します。……だけど、せっかくのクリスマスですから、そんな嫌なことを忘れて、楽しみましょう?」
そういった、井上君の顔は、すごく楽しそうで、魅力的。
なんとなく、嫌なことも忘れられそうな気がした。
*****
目が覚めたら、知らない天井があった。
「……? ……えっ!?」
びっくりして飛び起きた。寝ていた場所は知らないベッド。
ベッドのすぐしたでは、井上君が仰向けで眠っている。その手には、空だと思われる、ビールの缶。
よく見れば、コタツの上、ゴミ箱、床、いろんなところにポツポツと転がっている。
生活感のある空間の中に井上君がいる、ということは、ここは井上君の自宅なのだろう。この部屋は、男の人にしてはそこそこきれいで、余分なものが一切無い。そんな部屋に、何でいるのかは記憶が無いからわからない。
「……何にも、無かったよね?」
他人ではない。だけど、友人とまではいかない異性と二人きりで、朝。
思わず自分の服装を確認した。
慎一君とのデートのためにきていたセーターとスカートはすごくしわになっていたけど、しっかりと身につけている。もちろん、タイツも。上着は、たぶん井上君がしてくれたのだろう、きれいにハンガーに掛かっていた。
「よかった、何もなかったっぽい」
「大丈夫。僕、酔った勢いとか、その場のノリとか、そういうの嫌いですから」
いつの間に起きていたのか、井上君は、ベッドの上でワタワタしていた私をじっと見ていた。
「おはよう、浅賀さん」
「……おはよう、井上君。私……昨日……?」
「記憶飛んでますか? 結構飲んでたから。二日酔いは?」
「うん、ちょっと頭痛いけど、それほどでもないかも。……あの、ごめんね?」
私の謝罪に、起き上がって空き缶を集めていた井上君が、不思議そうにこちらを見た。
「何への謝罪? 僕、謝られる様な事されてないですよ?」
「記憶は無いけど、たぶん、迷惑をかけてるから……」
その言葉に、井上君は小さく笑って、手に持っていた空き缶をビニール袋にまとめた。
「たぶん、謝らなきゃいけないのは、僕のほうです」
そういって、私へと手を差し出す。
その上に乗っているのは、私のケータイ。
「飲み屋から出た帰りのタクシーで、浅賀さん、寝ちゃって。僕、あなたの家は知らなかったから、とりあえず、ここに運びました。その後、目を覚ましたあなたと、またここで飲んでたんですけど……」
渡されたケータイを開く。特に変わったところは無い。
「ものすごい頻度で、ケータイがなって。相手はみんな同じみたいで。浅賀さん、その名前を見て泣くんです。どうして、って」
「……」
着信履歴を出してみる。3分おきくらいの間隔で、延々と続く慎一君の名前。
「別れたいって、泣きながら。僕に、今まであったことを話して、それで、浅賀さん、本当に眠ってしまって」
「……」
「僕、昨日、浅賀さんの彼があなた以外の人と遊びに行くこと、知ってました。待ちぼうけをくらってる浅賀さんを見つけたのは、偶然ですけど。でも、チャンスだとも思いました」
続いて、メールの受信箱。30分おきくらいに、誰といるのか問うメールが続いている。延々と。
「それで、浅賀さんの口から話を聞いて、あなたは寝てしまって、そのケータイは鳴り止まなくて……」
そういって、井上君の目線は、ケータイから私へと移る。
目が合った。
井上君はとても真剣で、だけど、どこか苦悩しているように見えた。
「思わず、ケータイを手にとって、話しました」
「……慎一君と?」
「はい。……すみません。僕、浅賀さんの事、入社した時から好きだったんです。浅賀さんは知らないみたいだったので黙ってましたけど、僕は慎一と同じ高校出身で、慎一はその当時からの友人です。彼は、貴方と僕が同じ会社に勤めている事を知って、僕が貴女に惚れているのを知ってから、まるで見せびらかすように貴方が慎一に向ける愛情の話をして、あなた以外の人としたデートや浮気の話をするんです」
井上君の告白は衝撃的だった。……井上君が私に好意を持っていた事も、慎一君との関係も。昨日の慎一君の行動を知っていたことも。
「僕は、すごい罪悪感でいっぱいだった。……浅賀さんを前にして、何も知らないフリをし続けて。僕は、あなたと対等ではいられなくて。思わず、敬語で話してしまうくらい。けれど、いい加減、動こうと思ったんです。浅賀さんは幸せそうじゃないし、慎一は、いい加減だったから」
だから、彼と、あなたのケータイで話しました。
重罪を告白するかのような声だった。
*****
「どういうことだよ」
私が呼び出して、待ち合わせしていた、あの公園へやってきた慎一君は、会うなり不機嫌を隠さない声でそういった。
「それは、私のセリフだと思う」
今日の私は、ものすごく強気で、普段からは想像ができないくらい冷ややかな声が出た。慎一君は、びっくりした顔でこちらを見る。
「でも、別に説明を聞こうとは思わない。慎一君とは別れたいから。嫌とは言わないでしょ? だって、私なんていてもいないようなものだったから。彼女なんて、名前だけだったでしょ?」
慎一君は、何もいえないみたいで、一度声をつまらせた後、視線をそらした。
浮気現場を目撃したこと。しおらしく言い訳していたこと。浮気なんかしょっちゅうだったこと、井上君に浮気を自慢していたこと。デートをすっぽかされたこと。段々と一方的な関係になっていた私たち。
井上君は、私にとって良い起爆剤になったと思う。今まで感じていた事を慎一君に伝えることは無いけど、別れを切り出すことができた。
「全ての原因が慎一君にあるとは思わない。だけど、お互いが努力しなくちゃいけなかったと思う。井上君は、良いきっかけをくれた」
「……」
慎一君は、今度も何も言わず、黙ったまま。そのことに、多少の悲しさはあるけど、でも、それでよかったとも思う。
「……本当に好きだったから、付き合い始めた。それは、本当」
「そっか、今までありがとう」
「……ごめん」
慎一君の言葉は、ここ最近では一番誠実で、嘘が無かった。
私は、笑顔で手を振って公園を出た。笑ったのは、たぶん私のプライドだと思う。
*****
自宅に帰ってから、井上君にお礼を言わなくちゃ、と思った。それから、部屋をきれいにしよう、とも。……思ったけど、なかなか動き出せなくて、ベッドへごろりと転がる。
そのまま、寝てしまおうかと考えているときに、ケータイがなった。相手は、知らない番号。
「……はい?」
『浅賀さん? 井上です。……勝手に慎一から電話番号聞いてすみません。……あの、慎一から連絡が来て、別れたって……たぶん、浅賀さんは傷ついてると思ったから……』
「ありがとう、井上君。別れを切り出せたのは、貴方のおかげだよ」
知らずに涙が頬を伝った。
大学時代からの長い付き合いだった慎一君。すっぱり別れると決めてから、切り出せずにいたのは、やっぱり心のどこかで好きだったから。
でも、別れて、すっきりした。きっと、慎一君のことで泣くのはこれが最後。
『まだ、好きでしたよね? だから、無理強いしたかなって思ってて……』
「……確かに、少しは心が残ってたけど。でも、すっきりした。井上君のおかげ。ありがとう。井上君がいたから、私、一歩踏み出せたと思う」
『……浅賀さんが好きです。だけど、付き合うより、まず、あなたと対等になりたいと思っていました』
『僕は、対等になれたのかな?』
「うん、井上君は、はじめから対等だよ。……今すぐに付き合うとかはちょっとできないけど、でも、まず、親しい友人として始めていきたいと思ってる」
私はたぶん、井上君に惹かれると思う。だけど、すぐに動き出せるほど切り替えが早くは無いから。
私の提案を、井上君は笑って了承してくれた。
それから、私たちはまずは友人としての付き合いが始まった。
対等を求めていた井上君は、なかなか敬語が抜けずにいる。
「だって、好きな人の前にいるから、緊張するんです」
異常で五話および恋愛短編集完結と相成りました。
この作品も未熟さが多々残ってますが、なんとなく愛着があります。
なので完結させる前にここにのせたいと考えていました。
読んでくださった皆様、ありがとうございました。