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テレビ

 「……テレビ?」


 杏柚は受話器を持ったまま固まっていた。


 売店に並んだ木製キーホルダーが好評だった翌日の夕方。


 一本の電話が、白銀スノーパークにかかってきたのだ。


「はい。」


 しげがうなずく。


「地元テレビ局の情報番組らしい。」


「えぇぇぇっ!?」


 食堂中に杏柚の声が響き渡る。


「なんで!?」


「SNSで話題になってる小さなスキー場を特集したいそうだ。」


 しげは苦笑しながら受話器を置いた。


「今週の日曜日に取材したいって。」


 その瞬間。


 四人は顔を見合わせる。


「すごいじゃん!」


 千春が笑顔になる。


「テレビに出るんだ!」


 胡桃は興奮して飛び跳ねている。


「全国放送ではありませんが、それでも大きな宣伝になりますね。」


 風夏も珍しく少し声が弾んでいた。


 しかし――


 杏柚だけは青ざめていた。


「どうしよう……。」


「え?」


「私、人前でしゃべるの苦手なんだけど!」


「今さら?」


 三人が同時にツッコむ。


「普段あれだけ大きな声で話してるじゃん。」


「友達とは違うもん!」


 杏柚は頭を抱えた。


「テレビなんて見られたら恥ずかしいよぉ!」


「大丈夫です。」


 風夏が優しく微笑む。


「いつもの杏柚さんで十分ですよ。」


「……そうかな?」


「ええ。」


 その一言で、杏柚の表情が少しだけ柔らかくなった。


     ◇ ◇ ◇


 翌日。


 放課後の作戦会議。


「テレビが来るなら。」


 千春がホワイトボードに書き始める。


『最高の一日を見せよう』


「せっかくなら、お客さんにも楽しんでもらいたい。」


「うん!」


 杏柚は力強くうなずく。


「撮影のためだけじゃなくて、本当に楽しい一日にしたい!」


「では準備を始めましょう。」


 風夏がメモを取り始める。


 やることは山ほどあった。


 食堂の掃除。


 売店のレイアウト変更。


 木工キーホルダーの補充。


 雪だるまフォトスポットの整備。


 コーンポタージュの仕込み。


 リフト乗り場の除雪。


「忙しいね。」


「忙しいのです!」


 胡桃はエプロン姿で気合十分だった。


     ◇ ◇ ◇


 土曜日。


 朝から全員総出で掃除が始まった。


「棚の上まできれいに!」


 杏柚は雑巾を持って走り回る。


「社長。」


 しげが笑う。


「そこは昨日掃除した。」


「え?」


「二回目だ。」


「うわぁ!」


 恥ずかしくなって顔を赤くする。


 そんな杏柚を見て、みんなが笑った。


 食堂では風夏が花を飾り、胡桃が手書きのメニューを書いている。


 千春は写真を撮りながら、SNS用の紹介文を考えていた。


 その頃にはフォロワーも千人を超えていた。


「最初は五十人だったのに。」


 杏柚がしみじみとつぶやく。


「続けるって大事だね。」


「うん。」


 千春も笑顔になる。


「毎日投稿した成果だよ。」


     ◇ ◇ ◇


 そして迎えた日曜日。


 朝八時。


 一台の中継車が駐車場へ入ってきた。


「来た……。」


 杏柚は思わず背筋を伸ばす。


 ディレクターらしき男性と、カメラマン、リポーターのお姉さん。


「本日はよろしくお願いします!」


 元気よく挨拶される。


「よ、よろしくお願いします!」


 杏柚も慌てて頭を下げた。


「まずは滑っている様子を撮りたいんですが。」


「はい!」


「杏柚さん、普段どおり滑ってください。」


「普段どおり……。」


 それなら簡単だ。


 杏柚はスキー板を履く。


 深呼吸を一つ。


 そして山頂から滑り始めた。


 風を切る音。


 雪煙。


 青空。


 いつもの景色。


 カメラの存在なんて忘れてしまうほど、気持ちよかった。


 滑り終えると、スタッフから拍手が起こる。


「すごい!」


「楽しそうに滑りますね!」


 杏柚は照れくさそうに笑った。


「この山、大好きなので!」


 その一言は、自然と口から出たものだった。


     ◇ ◇ ◇


 昼頃になると、食堂の撮影が始まる。


「こちらが話題の手作りコーンポタージュですね!」


 リポーターが一口飲む。


「……おいしい!」


 満面の笑み。


「体がぽかぽかになります!」


 食堂にいたお客さんからも拍手が起こった。


「この味ならまた来たくなりますね。」


 その言葉に杏柚は胸が熱くなる。


     ◇ ◇ ◇


 最後は杏柚へのインタビューだった。


「お父様から突然経営を任されたそうですね。」


「はい。」


「大変ではありませんか?」


 少しだけ考える。


 最初は不安しかなかった。


 お小遣いが五百円になるかもしれないと泣きそうにもなった。


 でも今は違う。


「もちろん大変です。」


 杏柚は笑った。


「でも、一人じゃありません。」


 隣を見る。


 千春。


 風夏。


 胡桃。


 しげ。


 そして食堂で働くスタッフたち。


「みんながいるから、毎日楽しいです。」


「私、このスキー場が大好きなんです。」


「だから。」


 一度、大きく息を吸う。


「来てくれた人が『また来たい』って思える場所にしたいです。」


 言い終えると、自然と拍手が起こった。


 照れくさくて、思わず頭をかく。


「ありがとうございました!」


 リポーターが笑顔で手を差し出す。


「きっと、その思いは皆さんに伝わります。」


     ◇ ◇ ◇


 撮影が終わる頃には、空は夕焼けに染まっていた。


「終わったぁ!」


 杏柚はベンチへ座り込む。


「緊張した?」


 千春が隣に腰掛ける。


「途中から忘れてた。」


「杏柚らしい。」


 二人で笑う。


 そこへしげが帳簿を持ってやってきた。


「今日の来場者数。」


「どうだった?」


「今年最高記録を更新した。」


「えっ!」


 杏柚は思わず立ち上がる。


「本当に!?」


「テレビの効果もあるだろう。」


 しげはうなずく。


「でも、それだけじゃない。」


「え?」


「みんなが積み重ねてきたことが、今日につながったんだ。」


 杏柚は夕日に染まるゲレンデを見つめた。


 最初は父の無責任な置き手紙から始まった。


 SNSを始めた。


 コーンポタージュを復活させた。


 雪だるま大会を開いた。


 木工のお土産を作った。


 一つひとつは小さなことだった。


 でも、その積み重ねが少しずつ人を呼び、町を笑顔に変えている。


「まだまだ、これから。」


 杏柚は拳をぎゅっと握る。


 そのとき、しげのスマートフォンが震えた。


 メールを読んだしげの表情が、少し驚いたものへと変わる。


「杏柚。」


「なに?」


「テレビを見たっていう旅行会社から連絡だ。」


「旅行会社?」


「来月、団体ツアーを組めないか相談したいそうだ。」


「……え?」


 杏柚たちは顔を見合わせる。


 個人のお客さんだけではない。


 今度は団体客。


 白銀スノーパークは、これまでにない新しい挑戦の扉を開こうとしていた。

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