外国人
雪だるま選手権から三日後。
白銀スノーパークの食堂では、いつものように作戦会議が開かれていた。
……といっても、机の上に並んでいるのは帳簿と資料ではなく、湯気の立つコーンポタージュと焼きたてのアップルパイだ。
「会議なのに毎回おやつがあるよね。」
千春が苦笑する。
「いいアイデアは、お腹いっぱいじゃないと浮かばないの!」
杏柚は真面目な顔で言い切った。
「ただ食べたいだけなのです。」
胡桃の鋭い一言に、その場が笑いに包まれる。
そんな穏やかな時間を破ったのは、受付から聞こえてきたしげの大きな声だった。
「杏柚ー! ちょっと来てくれ!」
「はーい!」
食堂を飛び出した杏柚は、受付で足を止めた。
そこには大きな旅行バッグを持った男女が立っていた。
金色の髪に青い瞳。
どう見ても海外からの旅行者だ。
「Hello!」
男性が笑顔で手を振る。
「……。」
杏柚も笑顔で手を振り返した。
「Hello!」
それ以上の言葉が出てこない。
「杏柚?」
千春たちも駆け寄ってきた。
「外国の人?」
「みたい……。」
男性はスマートフォンの画面を見せてくれた。
そこには白銀スノーパークのSNS。
夕日に染まるゲレンデの写真と、手作りコーンポタージュの投稿が表示されている。
「Oh!」
男性は親指を立てた。
「Beautiful!」
「きれい……?」
「雪!」
「あっ!」
杏柚はようやく理解した。
「SNSを見て来てくれたんだ!」
「Really?」
「う、うん!」
もちろん英語では伝わっていない。
それでも笑顔だけは通じた。
「どうしよう。」
杏柚が小声で言う。
「英語全然分からない。」
「私もなのです……。」
胡桃もお手上げだ。
そのときだった。
「少しでしたら、お手伝いできます。」
風夏が一歩前へ出た。
「えっ?」
「英会話教室に通っていましたので。」
風夏は旅行者へ向き直る。
「Welcome to Shiragane Snow Park.」
二人の表情がぱっと明るくなる。
「Thank you!」
「助かったぁ!」
杏柚は思わず風夏に抱きついた。
「く、苦しいです。」
◇ ◇ ◇
話を聞くと、二人はオーストラリアから来た夫婦だった。
日本旅行の途中、SNSで偶然白銀スノーパークを見つけたらしい。
「Big ski resort… many people.」
「Small… beautiful。」
風夏が通訳してくれる。
「大きなスキー場より、小さくて静かな場所を探していたそうです。」
「えっ。」
杏柚は少し驚いた。
自分たちは「小さいこと」が弱点だと思っていた。
でも、それを魅力だと言ってくれる人がいる。
「ありがとうございます!」
風夏が英語で伝えると、二人は嬉しそうに笑った。
◇ ◇ ◇
二人は午前中いっぱい滑り、昼過ぎに食堂へやってきた。
「おすすめは?」
風夏が尋ねられる。
「もちろん!」
杏柚は胸を張る。
「コーンポタージュ!」
英語では言えないので、ポタージュを指差した。
二人は一口飲み――
「Wow!」
目を丸くした。
「Delicious!」
「よかった!」
言葉は分からなくても、笑顔で十分伝わる。
さらに男性はスマートフォンを取り出し、ポタージュを撮影し始めた。
「SNSかな?」
千春がのぞき込む。
数分後。
「見て!」
風夏が画面を指差した。
海外向けのSNSに投稿されている。
『Amazing homemade corn soup after skiing in Japan!』
その投稿には、あっという間に「いいね」が増えていく。
「海外でも広がるかもしれません。」
風夏が静かに言った。
「えぇ!?」
杏柚は思わず固まる。
「そんなことあるの?」
◇ ◇ ◇
夕方。
二人は帰る前に受付へ立ち寄った。
そして、お土産売り場を見回して首をかしげる。
「Souvenir?」
「お土産?」
風夏が訳す。
「そういえば……。」
杏柚も売り場を見る。
キーホルダーが少し。
地元のお菓子が数種類。
それだけだった。
「少ないね。」
千春がぽつりと言う。
「もっと欲しいかも。」
杏柚は考え込んだ。
外国から来たなら、旅の思い出になるものが欲しいはずだ。
「……次の課題、決まり。」
「お土産なのです?」
「うん!」
杏柚は力強くうなずく。
「ここだけで買えるものを作ろう!」
「いいですね。」
風夏も賛成する。
「雪だるまのマスコットとか。」
「木で作ったストラップとか!」
「ポタージュ味のお菓子なのです!」
「それはどうなんだろう……。」
千春が苦笑した。
◇ ◇ ◇
帰り際。
オーストラリアの夫婦は杏柚たちへ向かって深く頭を下げた。
「Thank you!」
そして片言の日本語で言った。
「また……来ます。」
たった四文字。
でも杏柚の胸はいっぱいになった。
「また来てください!」
全員で手を振る。
車が見えなくなるまで、ずっと。
◇ ◇ ◇
閉店後。
杏柚は一人でゲレンデを歩いていた。
夕日を浴びた雪は今日も黄金色に輝いている。
「お父さん。」
誰もいないゲレンデで、小さくつぶやく。
「この景色って、日本の人だけじゃなくて、世界の人にもきれいなんだね。」
今まで当たり前だと思っていた景色。
毎日滑っていた雪。
それは世界中の誰かにとって、わざわざ飛行機に乗ってでも見たい景色だった。
「もっと知ってもらいたい。」
そんな気持ちが自然と湧いてくる。
そのとき、スマートフォンが鳴った。
白銀スノーパーク公式SNSの通知だった。
今日の外国人夫婦の投稿が紹介され、海外からのフォロワーが一気に増え始めている。
「すごい……。」
画面には英語や中国語、韓国語など、読めない言葉が次々と並んでいく。
その中で、一つだけ風夏が訳してくれたコメントがあった。
『いつか、この雪景色を見に行きたい。』
杏柚はスマートフォンを胸に抱きしめる。
「うん。」
「絶対に後悔させないスキー場にしてみせる。」
白銀スノーパークは、小さな町の小さなスキー場。
だけど、その雪は、少しずつ世界へ届き始めていた。
そして翌日、杏柚たちは「白銀スノーパーク限定のお土産作り」という、新たな挑戦に乗り出すことになる――。




