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コンポタ

翌日の昼休み。


 杏柚はスマホを机の上に置いたまま、にやにやと画面を眺めていた。


「ふふふ……。」


「……怖い。」


 千春が少し距離を取る。


「その顔、何か企んでるでしょ。」


「違うよ!」


 杏柚は勢いよく顔を上げた。


「昨日の投稿ね、フォロワーが百五十人になった!」


「えっ?」


 風夏が驚く。


「一晩でそんなに増えたのですか?」


「うん!」


 杏柚は嬉しそうにスマホを見せた。


 昨日投稿した夕焼けのゲレンデの写真は、町内だけでなく近隣のスキー好きにも少しずつ拡散されていた。


 コメントには、


『雪質よさそう』


『穴場っぽい』


『子ども連れて行きたい』


 など、好意的な言葉が並んでいる。


「写真ってすごいねぇ。」


 杏柚は感心したように言う。


「でも。」


 千春は冷静だった。


「フォロワーが増えても、お客さんが増えなきゃ意味ないよ。」


「うっ……。」


 正論だった。


 教室が静かになる。


 すると胡桃が、小さく手を挙げた。


「あの……。」


「どうしたの?」


「昨日、コメント全部読んだのです。」


「全部?」


「その中に気になるものがあったのです。」


 胡桃はスマホを差し出した。


『帰りに飲んだコーンポタージュがおいしかった記憶があります』


 杏柚の目が丸くなる。


「コンポタ!」


「またコンポタだね。」


 千春が苦笑する。


 しかし風夏は真剣な顔だった。


「偶然ではないかもしれません。」


「え?」


「昨日も私たち全員、コンポタの話をしました。」


 確かにそうだった。


 杏柚は毎回飲んでいる。


 風夏も必ず飲む。


 胡桃は「世界一」と言っていた。


 千春ですら「たまに飲みたくなる」と言っていた。


「……あれ?」


 杏柚がぽつりとつぶやく。


「もしかして。」


「うん。」


 千春が笑う。


「名物候補じゃない?」


 その瞬間。


 杏柚の中で何かがつながった。


     ◇ ◇ ◇


 放課後。


 四人は再びスキー場の食堂へ集まった。


「しげさん!」


 杏柚が元気よく飛び込む。


「名物が決まった!」


「早いな。」


 しげは苦笑した。


「コンポタ!」


「……。」


「コンポタです!」


「……。」


「コーンポタージュなのです!」


 三人が勢いよく指をさす。


 しげは数秒固まり、


「自販機だけど?」


 当然のことを言った。


「あっ。」


 全員が固まる。


「……そうだった。」


 杏柚は頭を抱えた。


「自販機じゃ名物にならない!」


「なりませんね。」


 風夏が苦笑する。


「じゃあ、作ろう!」


 胡桃が元気よく言う。


「作る?」


「食堂で作ればいいのです!」


 しげが腕を組む。


「昔は作ってたぞ。」


「えっ?」


「十年以上前だけどな。」


「なんでやめちゃったの?」


「手間がかかるから。」


 しげは懐かしそうに笑う。


「朝から大鍋で作ってた。」


「おかわりする子どもも多かった。」


「でも人手が減って、自販機だけになった。」


 杏柚は食堂を見回した。


 広い厨房。


 使われていない大きな鍋。


 奥には少し埃をかぶった木の看板。


 そこには、


昔ながらの手作りコーンポタージュ


 と書かれていた。


「これ!」


 杏柚は目を輝かせる。


「絶対これ!」


 しげも笑う。


「久しぶりに作るか。」


     ◇ ◇ ◇


 翌週の土曜日。


 朝七時。


 まだ営業前の厨房は甘い香りでいっぱいだった。


「玉ねぎってこんなに炒めるんだ。」


「焦がしちゃダメなのです!」


「杏柚さん、牛乳をお願いします。」


「はい!」


 料理担当は風夏。


 味見担当は胡桃。


 邪魔担当……いや、応援担当が杏柚。


「杏柚、手が止まってる。」


 千春が呆れる。


「いい匂いでお腹空いた……。」


「仕事しなさい。」


 一時間後。


 ようやく完成した。


「いただきます!」


 四人で一口飲む。


「……。」


 静かになる。


「お、おいしい!」


 杏柚が叫んだ。


「濃厚なのです!」


「体が温まります。」


 風夏も思わず笑顔になる。


「これは売れる。」


 普段辛口な千春までうなずいた。


 しげは少しだけ目を潤ませていた。


「懐かしい味だ。」


「昔、お客さんが『これを飲みに来た』って言ってくれたんだ。」


 杏柚は決めた。


「これを復活させよう!」


     ◇ ◇ ◇


 その日のSNS。


 写真は湯気が立ち上る木のカップ。


 背景には真っ白なゲレンデ。


『本日から数量限定。


 白銀スノーパーク名物。


 手作りコーンポタージュ、復活しました!』


 投稿から三十分。


 一台の車が駐車場へ入ってきた。


「こんにちは。」


 若い夫婦だった。


「SNS見て来ました。」


 四人は顔を見合わせる。


「ほんとに!」


「手作りポタージュありますか?」


「あります!」


 杏柚が元気よく答える。


 二人は滑り終えたあと、食堂へやって来た。


「いただきます。」


 一口。


「……おいしい。」


 奥さんが笑う。


「体にしみるね。」


 旦那さんもうなずく。


「また来よう。」


 その何気ない一言に、杏柚の胸は熱くなった。


 ――また来よう。


 その言葉こそ、自分たちが一番欲しかったものだった。


     ◇ ◇ ◇


 営業が終わる頃。


 用意した三十杯は、すべて売り切れていた。


「完売……。」


 杏柚は信じられないという顔で看板を見つめる。


「全部なくなっちゃった。」


「最初は少なく作って正解でしたね。」


 風夏が売上表を書き込む。


 胡桃は嬉しそうにレジを閉める。


「今日はプリン十個分くらい売れたのです!」


「その例え分かりやすいような分かりにくいような……。」


 千春が笑う。


 すると、しげが一枚の紙を杏柚へ渡した。


「今日の売上だ。」


 食堂の売上は、先週の土曜日より二割増えていた。


「少しだけど。」


 しげは笑う。


「ちゃんと前に進んでる。」


 杏柚は紙をぎゅっと握りしめた。


「うん。」


 まだ赤字は続いている。


 でも、ほんの少しだけ光が見えた気がした。


 そしてその夜。


 SNSには一枚の写真が投稿される。


 湯気の立つコーンポタージュと、それを飲みながら笑う小さな男の子。


 コメントには短く書かれていた。


『寒い日に飲む一杯は、最高のごほうび。』


 その投稿は、これまでで一番多く「いいね」が押されることになる。


 杏柚たちもまだ知らない。


 この一杯のコーンポタージュが、白銀スノーパークの運命を少しずつ変え始めていることを――。

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